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叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧版  作者: tempp
第2章 橋屋撲殺事件

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柚を訪ねて

 公理さんの声に目を開けると、その顔は真っ青だった。

 紅茶を追加で頼み、動揺する公理さんが落ち着くのを待つ。その間に家の話を検証しようとしたら、公理さんには家の声が聞こえていないことがわかった。家の声は扉に挟まってる俺だけに聞こえるのかな。とりあえず橋屋の呪いを解くという方針を説明している間も、カップを持つ公理さんの指は少し震えていた。


「それでどうだった? 俺はリビングと和室の上の部屋は暗くてよく見えなかった」

「うん、ええと、まず正面の部屋はたくさんの幽霊が天井にぶら下がってて、床にもたくさんの死体が積み上がってて、物凄く気持ち悪かった。すごく嫌な感じはしたけどすぐに襲ってくるような気配はなかった。問題は和室の上」


 うわぁ。そんなにか。さすが呪いの家。青くなるのもわかる。

 ランチタイムでさわめく店内で、公理さんが口を開くのを静かに待つ。


「和室にあったアレは多分大型の冷蔵庫だ。そこに死体が詰め込まれている。幽霊じゃない。現実感がまるで違う。さっき見た風呂と同じ程度のリアリティ。多分風呂で友達が分解して、少しずつトイレに流してる。分解していない死体は冷蔵庫の中。歌菜の体も今は2階の冷蔵庫あそこだ。歌菜の気配がした気がする」

「1階の和室で歌菜の死体の有無を確認する、いいな」


 公理さんはわずかに頷き、手を差し伸べる。肝心の和室の襖はリビングに向かって開け放たれていたが、そこに死体はなかった。

 さっきまで2階にいたはずなのに目を開くとリビングにいた。やはり最初に目を閉じたときに入るのはリビングのようだ。俺に憑いてるのがリビングの扉だからかな?

 庭側を向いて公理さんにも和室を見せる。手はわずかにキュッと握られたが動揺はない。


「嫌な感じはするし幽霊がうろうろしてるけど、今はそこまでおかしくはないかな」


 リビングの南向きの窓は閉まっているように見えた。けれども家の言うとおり、端っこから少しだけ風が吹いているように感じる。手を差し伸べると、閉まった窓をすり抜けて隙間からするりと外に出ることができた。

 庭では穏やかな風が吹いている。ふと隣の家から嫌な視線を感じる。何だ? 何も見えないが何か隣家の塀の上が気持ち悪い。幽霊でもいるのかな。


「公理さん隣の家見て」


 振り返った瞬間に公理さんの手から力が抜け、目を開けると公理さんがドサリと音をたてて崩れ落ちた。鼻から机にダイブしたせいかゴンッという鈍い音がして、公理さんは赤くなった鼻をさすりながら顔をあげる。慌てて駆け寄る店員に問題ないと遮り、紅茶のお湯の追加を頼む。


「すごい不意打ち。……ああもう嫌。鬼がいた。なんなのあの辺やっぱ地獄なの?」

「鬼?」

「鬼、あれはもう鬼としか言いようがない」

「そこを詳しく」

「えぅー。塀あるでしょ、あの上に女の人が首だけ出してすっげぇ目でこっち睨んでた。視線で殺せるレベル。昨日会ったあの家自体以外だと一番インパクト強い」

「俺には見えなかったから幽霊だろうけど、新しそう?」

「うーん、新しいか新しくないかというと新しいんじゃないかな、全然古ぼけてない。でも血の風呂とか歌菜の死体よりは薄い。よくわかんないけど橋屋家の関係なのかな。その、毎日を繰り返してるっていう」


 図書館で借りてきた雑誌を開く。一番ゴシップに溢れて写真が多かった雑誌『スクープOK!』。被害者の写真が並ぶ中で公理さんは貝田弘江の写真を指し示す。


「大分人相変わってるけどこの人だと思う。誰これ」

「直近のあの家の被害者の写真」

「あれは被害者じゃなくてどうみても加害者の顔だったよ?」

「この人はあの家で一家が撲殺された時と同じ時に同じ場所で首を吊ってたんだ」

「このおばちゃんが殺した後首吊ったんじゃね?」

「そう思う? この写真の中で他の人はいた?」

「うーん、どうだろう、少なくとも男の人4人はいなかったような気がするけど確実とは言えないな。この主婦っぽい人はわからないなぁ、主婦っぽい幽霊って何人かいるし。そもそもこの家、意味がわからないレベルで幽霊だらけなんだよ」


 家はこの家で死んだ者が死んだ日を繰り返していると言っていた。なら今の時間帯は他の人物は会社や学校で不在なのかもしれない。会社とか学校とかある気もする。改めて柚の部屋で聞いた家の話をする。この家の呪いを解く方法。

 おおよそを聞いた公理さんは大きくため息をついた。


「じゃぁあの家でこのおばさんを捕まえて窓から外に出さないといけないわけ? その前に殺される気がする。俺、逃げちゃだめ?」

「公理さんが逃げると多分俺は死ぬ。見えないとどうしようも無いからな。俺が死んだら多分次は公理さんに呪いが移るかもな」

「待って待ってなんで?」

「家は公理さんを認識している。俺の嫌な方の予感はあたるぞ?」

「えっちょっとまじ無理」

「なら、俺が呪われてるうちになんとかするのがいいだろ?」

「……まじかぁ」


 公理さんは頭を押さえて大きく天井を仰ぐ。

 公理さんは基本的にチョロい。本当は公理さんが呪われるかはわからない。


「じゃあ急ごう、柚に話を聞いて俺は夕方にいったん寝て過去を探る。それで今夜、可能ならこれを解決したい」

「今夜?」

「そう、この事件の死亡推定時刻は午後8時半前後。この前に繰り返しを止める、俺と公理さんで」

「俺が? なんで? どうやって」

「それは夢の内容次第だな。ダメなら明日の夜リトライすればいい」

「うえぇ」


◇◇◇


「おはよう~」

「公理さんもう昼ですよ」


 柚は白いドレスシャツにアーガイルのベスト、それからグレーのスラックスを身に着けていた。ラフな昨夜と違って接客用なのか印象は涼やかで真面目な雰囲気だ。俺は公理さんと柚が話すのを向かいのショップからそれとなく聞いている。


「卒業式終わってちょっとゆっくりだよ、元気してた?」

「まぁまぁですね。また飲みにいきましょっか」

「いいねいいね。でもなんか顔色悪くない? 大丈夫? 新居おちつかないとか」

「やだなぁ、もう引っ越しで半年くらいですよ」

「そういや前は断っちゃったけどどんな家?」

「あ、公理さん来ます? いつでも歓迎です」

「や、さすがに女の子の家に突撃するわけにもいかないっしょ」

「前は来てたじゃないですか」

「前は雑居なアパートじゃん。今は住宅地の一軒家でしょ? あそこ。ちょっと遠慮しちゃう」


 さすが接客業、トークが滑らか。家の広さや庭の状況などを聞き出していく。

 でも次の一言で柚の表情が固まる。


「そういや新居お祝いって誰がいった? 俺の知り合いいる?」

「んん~どうだったかなぁ? 結構きてもらったし前の話だからわからないや」

「そっか~。歌菜ちゃんとか仲良かっ」

「来てませんよ」


 固まる空気。固まる笑顔。


「それより新作入荷したんですよ? 見てもらえません?」

「あ、うん」


 公理さんは新しい靴を購入して店から出てきた。公理さんチョロいな……。まあグイグイ押すタイプとは対極にあるからな、酔ってない時は。

 公理さんは俺に耳を寄せて尋ねる。


「あれは歌菜ちゃん呼んで殺した感じだよね……」

「少なくともそんな空気に感じた」

「やっぱヤバい人なのかな、今まで全然そんな感じはなかったんだけど」

「わからない、あの家の呪いでヤバくなった可能性はある。家は橋屋家が1番上の呪いと言っていたから、友達の件はまだ呪いには至っていないと思う。でも今も少なくとも死体は増えてるんだろうな。クラブ関係で消えた人いないか探っといて」

「わかった」


 呪いを解くには公理さんの目が必要だ。夢に入る時もやばい時は起こしてもらいたい。油断して夢に嵌ると死ぬ。だからしばらくは公理さんの家に世話になろう。夜に1人は無理だ。見張るのは誰でもいいわけじゃない。扉が見えて事情を知っている公理さんじゃないと。

 俺が飯を作るといえば公理さんは嬉々として承諾した。

 デパ地下で総菜と食材を購入して公理さんに持たせる。公理さんの金だから遠慮はしない。もともと巻き込まれたのは俺だからな。美味いものを作ると言ったら財布の紐はゆるんだ。やっぱりチョロい。


 公理さんとは一旦別れて着替えをとりに寮に戻る。寮は新谷坂という駅にあり、辻切からは電車で30分くらいだ。昼過ぎのこの時間帯は乗客は少なく、南向きの車窓からは斜めに柔らかな日差しが差し込んでいる。ガタガタと電車に揺られながら1人考える。


 最後の呪い、橋屋。新たな呪いの萌芽、柚。

 俺は家に呪われたが、おそらく橋屋に呪われたのではない。橋屋事件の呪いの中心はおそらく貝田弘江。他の男4人が中心の可能性もあるが、鬼と呼ばれるほどなら貝田弘江の可能性は高い気がする。

 柚はなんだろう。ざっと調べた記事では、橋屋事件、カルト教団事件、瀧本事件、位波事件では同じ時期に複数の死体が作られたようだ。柚は半年をかけて逐次死体を量産している。特殊なパターンなのだろうか。


 その場合に考えうる可能性。

 今のあの家に存在すると思われるものは橋屋の呪い、呪いの家の意思、柚、柚の作った死体。相関関係はどうなっているんだろうな。

 柚はもともと正常で橋屋の呪いで狂った。柚はもともと狂っていたが橋屋の呪いで加速した。柚の意思はすでになく橋屋の呪いが死体を量産している。他に可能性はあるかな。


 寮には春休みいっぱいの外泊届けを出す。公理さんを叔父とでもしておけばいい。友人にも不在の連絡をしてするべきことをすませる。

 さて、次にこの寮に帰るのはいつになることかな。

 寮の隣にある新谷坂高校には大きな桜がある。今は3分咲きだ。友人達と花見をする約束をしている。散り終わるまでには帰りたい。

 俺は日常に別れを告げて、呪いの家に1歩を踏み出した。

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