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2-1、玄武宮の夜妃の呪いとなつめのパウンドケーキ、サバのパン粉焼き、豆腐のすり流し

二、玄武宮の夜妃


 巷では、荷運びの男たちに奇妙な病が流行っていた。

 力が入らず、荷運びどころか歩行もままならないのだ、と。

 瑞希はそんな噂を聞きながら、水を司る玄武宮の妃、夜妃を訪ねていた。


「お初にお目にかかります。五行神女? の瑞希と申します」

「瑞希さま。お話は聞いております」


 頭を押さえて、夜妃は寝台を起き上がった。しかし、気持ち悪そうに口元を抑えて、そば付きの女官が肩をもんで背中をさすっている。


「見ての通り。わたくしが呪われているばかりに、玄武さまのお食事をろくに作れず……そもそも、玄武さまはお食事をおとりにならない」


 そもそも、霊獣とは、管理者である皇帝や妃たちとなにか言いえぬえにしがあるらしい。

 金栄の麒麟が、金栄の体調の回復とともに、赤子から幼児まで瞬く間に育ったように。


「夜妃さま。最近のお食事をうかがっても?」

「ええ。最近は陛下のお力で土が気力を取り戻したから。土の粥や芋、それから魚や肉も」


 なるほど、金栄ほど乱れてはいないが、この症状は、慢性的な頭痛だ。


「夜妃さま。無礼を承知で伺います。頭が痛いのではないですか?」

「え、ええ。それはみなが知るところよ。玄武さまを支えられない私へ、天が罰しているものだと」


 天が罰して頭痛なんて起こるはずもない。

 瑞希は夜妃に一歩近づく。


「頭痛は、冷やすと和らぎますか? 温めると和らぎますか?」

「え? ええと。湯殿に入ると、多少は」


 なるほど、と瑞希がつぶやく。

 これは、緊張型頭痛だ。

 慢性頭痛には二つあって、有名なのは片頭痛。これは、頭の片側が痛み、脈打つように痛むのも特徴の一つだ。

 そして、片頭痛は冷やすとよくなる。

 対して、緊張型頭痛は、肩こりや目の疲れなど、筋肉の緊張から症状が出る。

 周りを見ると、夜妃は書物を書き写したり、刺繍をするのが好きなようで、どちらも目や肩を酷使する作業だった。


「夜妃さま。しばらく書物や刺繍はお休みになり……そして、私が頭痛をやわらげるお食事を作ってもよろしいでしょうか?」


 慣れない拱手礼をして、瑞希は夜妃を見る。

 ほんらい、気の優しい妃なのだろう、にこりと笑んで、


「わたくしのために、なんてありがたいのかしら。五行神女さまのお力は陛下より聞き及んでいます。ぜひ、わたくしの呪いを、お解きくださいませ」


 呪いなんて、存在しない。

 この国に医官はいるが、何分、時代が古いせいで体調不良と呪術が結び付きやすいようだった。

 なにより、霊獣の存在が、それを助長しているらしい。


「では、後宮の厨房をお借りしますね!」


 力こぶを作る瑞希に、夜妃が控えめに笑った。



 しかし、玄武宮の厨房には、金栄の姿があった。


「なんで陛下がいらっしゃるのです」

「どうせ、そなたはまた、力業(りょうり)で解決すると思ってな」

「だって……呪いなど、存在するはずがないのです」

「は、そのようなことを言って。市井で流行っている、力が入らぬ病こそが、霊獣の呪いではないのか?」

「違います」


 ぴしゃりと言い放って、瑞希は前掛けをして手を洗う。傍ら、金栄は面白くない。


「なぜ言い切る」

「塩です」

「塩?」

「おそらく、荷運びの男たちは、汗をかくために塩が必要なのですが……これはあくまで私の予想ですが。土の麒麟さまのお力が戻ったことで、土が抑える水の力がさらに弱まってしまった。つまり、市民に塩がいきわたらず……塩が不足すると、筋肉がうまく動かなくなるのです。だからこれは、病は病でも、食養生で治ります。あるいは」

「玄武の妃、夜妃が霊獣の管理に戻れれば、おのずと水の気が回復し、塩が民にもいきわたる、と」

「察しがいいですね。やはり皇帝ともなると頭が切れる」


 今日の献立は、なつめのパウンドケーキに、サバのパン粉焼き、豆腐のすり流しだ。


「まず、なつめは干していないものをスライスして」

「すらいす?」

「薄く切って。牛酪(バター)と卵、薄力粉を同量混ぜ合わせて、なつめも混ぜます」

「西洋の焼き菓子か」

「はい。パウンドケーキは、材料すべてが一パウンド(453.592グラム)ずつで作るからそう名前がついたので。作るのは簡単なんです」


 それを、牛酪を塗って薄力粉をはたいた型に入れて焼くのだが、今日は型がないので適当な耐熱の茶碗に流す。


「そして、ダッチオーブンの要領で。この鉄なべを竈の火にかけ、その中に型に流した生地を置きます。鉄の蓋をしたら、よく熱した炭を鉄蓋の上に置いて、上下から加熱すれば、完成です」

「鉄鍋をかようにつかうなんて」


 金栄がほう、とうなっている。

 パウンドケーキを焼く間に、サバに塩を振る。

 塩を振ったら三十分、そのまま置く。臭みの水分を出すためだ。


「鯉もそうだが、このひと手間が、魚の臭みを抜くのだと、料理人たちから聞いた」

「はい。料理は手間暇を惜しんだらダメです」


 本当は、香草パン粉焼きにしたかったが、香辛料のアレルギーの件で手に入らないため、パン粉をはたいて、多めの油で揚げ焼きにする。


「本当は、檸檬を絞って食べたらおいしいのですが、緊張型頭痛にレモンは禁忌なので添えません」


 サバを焼く間に、すり流し。

 これは簡単だ。

 豆腐を裏ごししたら、だし汁で伸ばすだけ。アクセントにアーモンドを砕いたものをトッピングする。

 ナッツ類は、食べ過ぎれば頭痛を悪化させるが、適量なら頭痛をやわらげる。

 すべて作り終えて、瑞希は夜妃のもとへ料理を運ぶ。


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