1-6、神女のお披露目と、四人の妃
瑞希が正式に五行の神女と認められて、さて後宮は上を下への大騒ぎである。
「大変だわ。神女さまがいらしたなんて」
「ええ。上等の襦裙を仕立てませんと」
瑞希は朝から女官たちにあちこち触られて、体の採寸に大忙しだ。
「恥ずかしいわ……私、襦裙なんて仮装みたいで……!」
「なにを言うか。そなたの衣……足がふくらはぎから下をあのように見せ、体に沿う仕立て……まるで花街の女のようだ」
はあ、と金栄がため息をつく。
珍妙な衣のワンピースなるものなど、聞いたことがない。
どこの出自なのだろうか。見たところ、衣は西洋のものにも見えるが。
「先の衣は、西洋のものだな?」
「え? ああ、はい、洋服です」
「洋の服。また、名前からして凝っている」
脱いであった瑞希のワンピースは、レトロモダンなAラインのワンピースだ。ウエストが絞ってあって、上半身は体のラインを拾う。
おおよそ、おじいさんがプロポーズしそうな雰囲気を察して、当時の一張羅を着て出かけたのが、この服なのだ。
ゆえに瑞希は、瑞希の洋服を触ろうとする金栄を静止した。
「触ってはだめです」
「なにを……わたしは皇帝……」
「陛下でもだめです。これは、旦那さまとの思い出のワンピース……何人たりとも、触らせるわけには」
思い出は胸の内にしまい込みたい。このワンピースの存在とともに。
けれど、よりによってなぜ、あの日の服と姿かたちでこの世界に来てしまったのだろうか。
「私が……確かに、老人だったら、陛下に門前払いにされていたかもしれないわね」
「なにをぶつぶつと」
女官たちの採寸が終わり、次は襦裙の色選びだ。
「そなた……黄色だな。黄色がよく似合う」
「……! そりゃあ……おじいさんも同じこと言っていましたからね」
先ほど金栄から取り上げたワンピースも黄色だ。
「襦裙は最上級の絹で。形も、最先端のものを用意するように」
「御意」
女官たちが拱手礼をして、金栄はようやく瑞希のもとを離れていく。
「はあ……私、今日からここに住むといったって」
あてがわれたのは、麒麟宮の一角だった。
麒麟宮は基本的に皇帝が管理する、五行の中央に位置する最重要の宮だ。
しかし、皇帝は基本的に皇宮に住むから、この麒麟宮は実質、五行の神女が現れた際の後宮なのだという。
「後宮住まいなんて……後宮って言ったら、ハーレムみたいなものでしょう?」
けれど、実際瑞希はそのようなことは強要されない。
神女は後宮に住まうが妃ではなく、あくまで神女。神の力を宿す仙女。
「神女さま。かんざしはいかがいたしましょう」
「あらまあ、かんざし。懐かしい」
けれどどれも、派手だ。
しゃらしなゃらと揺れる下がりが長く垂れ、それらは金銀でできている。
「べっ甲や琥珀、サンゴはないのかしらね」
「さ、さすが五行の神女さまです。さように高価なものでないと、見合わぬと……」
「あ、いえ。あの! こちらの揺れるかんざしでよいわ!」
どうやらこの世界でもサンゴやべっ甲は高級品らしい。
確かに、瑞希だって成人して働き始めてから、お金をためてキラキラのべっ甲のかんざしを買った。
あれを挿して、おじいさんとのお見合いに向かったのだった。
見合いの席は、瑞希の時代は和服が基本だった。
「まあ、懐かしいことを思い出してしまったわ」
しんみりとする瑞希をよそに、女官たちが瑞希の髪を結い上げるのだった。
一通り試着を済ませて、再び金栄が麒麟宮に呼ばれる。
「ああもう、昔のお化粧品って、重たいしにおいがきついわさ」
「ほう……そなた、正装すれば、そこいらのおなごよりも……」
しかし、瑞希の耳にそれらは入ってこない。
引きずる襦裙で歩きにくそうに、てってと金栄に歩み寄る。
「これ、恥ずかしいので、和服はありませんか?」
「和服……とは?」
「えーと、隣国の島国の」
「ああ、日いずる国の」
通じたようでよかったが、ぴしゃりと金栄に断じられた。
「無理だな。神女が異国の衣など。それに、襦裙のほうが上品で似合うではないか」
「似合……陛下は人たらしなのですね」
そんなこと、おじいさん以外に言われたことがなかった。だから動揺する。
おじいさんと同じ顔で、同じようなことを言わないでほしい。
きれいな黒髪、なのに瞳はヘーゼルの色。
すごく儚くて、生前はそれは、もてた。
「ああ、もう。おじいさん、私をこの世界に送ってどうしろと!」
「そなたは時々、老人の名を出すが、なんなのだ、いったい」
「聞きたいのはこちらですよ!」
しかして、衣をあつらえ終えた七日後、神女を霊獣に知らしめる祭祀が行われる。
その場には、四つの宮の妃が同席するのだった。
中華の儀式とは、厳かで肩がこる。
王宮の広い中庭で、冕冠をかぶった金栄が長々と口上を述べている。
その両脇に卓が並べられ、上座から、瑞希、左丞相、右丞相、反対側には、朱雀宮の紅妃、白虎宮の雲妃、玄武宮の夜妃、青龍宮の桃妃。
見たところ、みななにか、瑞希に『痛々しい』視線を向けている。
「わ、私、粗相をしたのかしら?」
静かに座って、ひたすら口上に耳を傾けていただけなのだが、それがよくなかったのか。
紅妃は顔が赤みを帯び、夜妃は吐きそうなのか口元をおさえている。雲妃に至っては、面紗で顔を隠していて、後宮で『なにか』が起こっていることを嫌でも感じさせる。
「呪われた妃さまたちも、神女さまが来たのだから、治るやも」
「いいえ、きっと神女さまの罰なのよ、霊獣を世話できない妃さまへの呪いよ」
と、そばの女官たちがひそひそ話すのを聞いて、ふむ、と瑞希は思案する。
つまり、妃たちはなんらかの『病』にかかっているのだ。
金栄が口上を終えると、歓談しながらの食事に入る。
しかし、いかんせん食べ物が不足していて、ふるまわれたのは米菓子と、濁り酒と飴くらいのものだった。
「神女さまは、陛下をお選びになるのですか?」
隣にいた、左丞相が瑞希ににたりといやらしい笑みを浮かべた。
「選ぶ?」
「ああ、いや。知らぬのなら……もし。わたしの息子を婿にどうですかね?」
「いや、断りますけど?」
なにを初対面でそのようなことを言うのか。
ぴしゃりと言われ、左丞相の顔が引きつる。それを、右丞相が笑いをこらえて見ている。
と、こちらに金栄が歩いてきて、瑞希の手を取り、妃たちのほうへと連れて歩く。
「そなたらの主だ。挨拶せよ」
女の子の前で、しかも自分の妃になんという口の利き方だろうか。
しかし、相手が皇帝のため瑞希は口出しできない。
「朱雀宮の、紅です」
「白虎宮の雲と申します」
「玄武宮の夜妃でございます」
「青龍宮の、桃」
ああ、本当に。
挨拶とは人となりを現す。
最後の桃妃は、明らかに敵意を見せているし、紅妃は見たところ最年少で思春期。
夜妃は穏やかな妃で、雲妃に至っては、他者と距離を置きたがるタイプだ。
「初めまして、神女? の瑞希と申します。と言っても、私にできることなどないのですが」
謙遜したつもりはないのだが、突っかかったのは桃妃である。
「しかし、土の気が神女さまのおかげで戻ったと、麒麟さまの件を伺いましたが? それでなぜ、なにもできないとおっしゃるので?」
「ああ、えーと。私はただ、料理をふるまっただけでして」
しん、と無言の時間が流れた。
やらかしてしまった。と瑞希は縮こまる。
「そなたら、神女になんという態度だ? もとはと言えば、そなたらが霊獣の管理をできぬがゆえに、神女を呼んだというに」
「それは、陛下も同じでしょうに」
言い返したのは、やはり桃妃だった。
つんと顔をそらして、しかし金栄はなにも言えない。
どうやら、桃妃はこの四人の仲でもなにか『特別』なようだ。
しかし、深入りはしない。
後宮のどろどろは、嫌というほど見てきた。ドラマで。
「で、では、よろしくお願いします、妃さまたち」
ぺこ、と瑞希が頭を下げたのが意外だったらしく、妃のすべてが目を見開いた。
それは隣にいた金栄も同じだった。
「そなた、示しがつかぬ」
「え?」
「言ったであろう? そなたは妃たちを統べるもの。そなたのほうが位は上なのだから、頭など下げるな」
そう言って、金栄は瑞希をもとの席へと引き連れていく。
「む、難しい。位とかしきたりとか……私はただの、割烹の女将の管理栄養士なだけなのに……!」
そうして、四人の妃との顔合わせの後、下級の妃への全体挨拶と顔見せを終え、瑞希はあてがわれた麒麟宮に帰り、
「やってられないわ! 陛下も妃さまたちも、わからない!」
不安な後宮生活に、泣きたくなった。




