7-5、高麗人参の砂糖煮、海苔の天ぷら、糸寒天の酢の物、餅ぜんざい、さつまいもの蒸しパン、コールスロー
厨房にずらりと材料が並ぶ。
まずは、高麗人参の砂糖煮。
「高麗人参なんて、煎じて飲むくらいしか思い至りませんでしたよ」
「そうさね。韓国なんかでは、柚子を甘く煮こんでお茶にするんだわ」
高麗人参をスライスして、大量の砂糖を加えてからからになるまで煮込む。
「煮込んだら、竹ざるに広げて干して。砂糖が浮くくらいまで乾かしたらいいわね。持ちろん、煮あがったこの時点でも、おいしいわよ
料理長が味見する。
苦味が、砂糖によって中和されている。
「高麗人参は滋養強壮にいいからね。消化吸収をよくする作用もあるから、最初に出すのがいいわ」
「薬膳の知識まで」
「はは。まあ、いろいろあったんだわ。さて、次は」
牛乳寒天はいたって簡単。
最初に水に寒天を入れて火にかけて、よく沸騰させたら牛乳と砂糖を加えてひと煮たちさせる。それを型に流して固めれば完成だ。
「寒天は水のみでよく沸騰させなければ固まりにくくなる。神女さまは料理の基本に忠実な調理をなさる」
「料理長さまこそ、そういった些細なことに気づく観察眼、恐れ入るわ」
そうして次は、糸寒天の酢の物。
糸寒天を水で戻して三杯酢に和えるだけの簡単なものだが、この甘酸っぱい三杯酢がいい。
そして、海苔の天ぷらだ。
この時代の海苔は、丸く厚いため、天ぷらにすると食感も出ておいしいだろう。
海苔に醤油と少量の砂糖で味をつけ、衣をつけて揚げる。
天ぷらの衣は、小麦粉に卵、冷たい水。
「コツは、衣を混ぜすぎないことだわよ。氷があったら氷水を入れたらいいのだけれどね。粉けが残るくらいで混ぜるのをやめるのよ」
そうして、味付けした海苔を衣にくぐらせて、中温の油でからりと揚げる。
「海苔をあつものでなく、かように」
「はい。海苔は栄養たっぷりですし、カロリーも低いので。まあ、天ぷらはカロリーが高くなってしまいますが」
揚げ物は高級品。だから、今回は揚げ焼きの方法を教えた。
なにも、揚げ物とは鍋一杯の油でなくてはならないことはない。
鍋底から二センチほどの油でも、ひっくり返しながら揚げれば海苔の天ぷらは十分に仕上がる。
「なるほど、これくらいの油の量ならば、贅沢ともいわれないですね」
「そうさね。油は大切に使いたいものねえ」
料理長に、瑞希が海苔の天ぷらをさらに載せて差し出した。
箸を使う間もなく、手づかみで食べてしまったのは、料理長の好奇心の表れだ。
「海苔に味がついていることで、うまみが……! この衣も、よいです」
「そうでしょう? この国でもフリッター的なものはあるでしょうけれど。塩味ですからねえ」
次に、ぜんざい。
小豆を煮たら砂糖で甘くして、焼いた餅を入れる簡単なものだ。
この時代の餅は、小麦粉をこねたものを指す。米を餅にする発想はないらしく、瑞希は炊いたもち米をたたき、餅にする手順を料理人たちによく教え込んだ。
「餡に油を入れずに水で伸ばしてあつもののように……ここに米をたたいた餅、と……!」
にょん、と伸びる餅をほふる料理長は、頬が落ちんばかりにおいしそうにぜんざいを食べている。
「この、餅。うまいですな」
「そうでしょう? ただ、のどに詰まりやすいのだけ注意してくださいね」
さらに、さつまいもの蒸しパンだ。
さつまいもを角切りにして、さっと水に浸けてあく抜きをしたら、ひたひたの水で茹でる。
ゆであがったら砂糖を加えて、水分が飛ぶまで煮詰める。
「湯煎にかけてもったりするまで泡立てた卵に、小麦粉と砂糖を混ぜて生地をつくって、せいろで蒸したら完成さね」
マントウはどちらかというとパンの部類だ。生地は丸めてせいろに入れて蒸すが、蒸しパンは流動性のある生地のため型に流して蒸す。水気が多い分、もちもちの仕上がりになる。
また、マントウには添加物としてかんすいを入れる。
この時代のマントウや蒸しパンのふくらみは、発酵種によるものだ。
つまり、前に作ったマントウの生地を少し取り分けておいて、次の生地作りに混ぜる。
また次のために生地の一部を取り分けて、といった具合に発酵種を使いまわすので、どうしても乳酸発酵で酸味が出る。
「マントウの発酵種の酸を中和するのにかんすいを入れると、色や味が変わるからねえ。今回は膨らみのために、卵を利用したのよ」
今回は生地の量を減らして、卵の泡立ての工程を少しでも軽くする。
そのために、今回はさつまいもの蒸しパンにした。
かんすいとは、瑞希の世界にも残っている、中華麺の添加物だ。
かんすいはアルカリ性の性質を持ち、小麦粉と混ぜると黄色く変色する。また、中華麺のあの独特の風味とコシもかんすいのものだ。
だから、古代の中華のマントウは、もちもちよりはむちむちの食感だし、どうやったって酸味やかんすいの味が生地に混じる。
「なんと……甘くやわらかな生地ですね。さつまいもの食感がまた、飽きさせない」
料理長はまたもや一足先に味見して、この感想である。
「まあ、鬼まんじゅうでもよかったのですが。卵を入れて栄養価も上がりますしね」
最後に、胡瓜のコールスロー。
本来はキャベツで作るが、この時代の野菜は限られるため、胡瓜で代用する。
「胡瓜は限りなく薄く」
トントントンと、瑞希の包丁さばきに料理長が目を見開いた。
「これは、玄人のそれだ」
がやがやと、ほかの料理人も落ち着かない。
料理の腕は、包丁さばきを見ればわかる。
「あと何年、包丁を握れば、この域に達すると……?」
料理長が自分の人差し指にある包丁のタコを撫でつけた。
そんなこと気づく様子もなく、瑞希は胡瓜を塩もみし、さて。
「マヨネーズを作りますよ」
器に卵黄と少量の塩、酢を混ぜたら、一合の油を――
「ま、待ってください! 神女さま!? これはさすがに」
「大丈夫です。陛下も召し上がって、おいしかったと」
「へ、陛下が……?」
半信半疑のようで、しかし瑞希はお構いなしに、卵黄に油を混ぜていく。
本来、油と水は混ざり合わない。
しかし、卵黄に含まれるレシチンという成分が乳化剤の作用を果たして、卵黄と油が混ざり合うのだ。
これをエマルジョンという。有名なのは、化粧品だ。これらも乳化を利用して作られている。
そうこうするうちにマヨネーズが出来上がる。
「さて。コールスローはここに」
酢とレモン汁、胡椒に、砂糖を多めに加えて混ぜて、塩もみした胡瓜を洗って、絞り、このドレッシングを混ぜれば。
「コールスローサラダの完成ですよ!」
「ええ、なんだか……味気ない色味ですね」
しかし、地味に見えてこの料理、奥が深い。
「今回は、酢だけでなくレモンを加えることで、よりさっぱり食せるのですよ」
ほら、と気後れする料理人たちに味見を促す。
最初に口をつけたのは料理長だ。
目を瞑って、はく、と胡瓜を口に入れると。
「すっぱくて……甘みがある。あれ、おいしい」
「そうでしょう? 本当はトウモロコシとかハムを入れたらおいしいのですが」
「なるほど。肉でうまみを」
「よくお分かりで」
ほかの料理人たちも目を真ん丸にして料理を見ている。
ほうら、料理ってこんなにも面白い。瑞希は料理人たちの反応を楽しんでいる。
「おいしかったです。ところで神女さま」
「なんです?」
「もしよろしければ」
なにか、気に入らなかったのだろうか、と瑞希が構えるも、そうではないようだった。
「弟子にしてください! 神女さま!」
拱手礼をする料理長にならい、ほかの料理人も同意を示すように頭を下げた。
「ええ、私は……いずれここを去るので」
「それまででいいです。あなたさまの料理の腕。これは、並みの努力では手に入るものではありません。しかも薬膳の賭け合わせまで。ここまでの腕のものを、ひいては、かように美味なるものを、わたしは食べたことがありません!」
むずむずと、瑞希は笑いをこらえた。
う、うれしい。料理人同士、通じ合えたうれしさもそうだが。
「女は……料理人にはなれないでしょう?」
この時代は特に。
しかし、料理長も引かない。
「それは……しかし。その腕を腐らせるのは、国のなによりの損失」
「そ、損失」
あと一押しだな、と料理人は瑞希に迫った。
「あなたさまも、料理をしたいとお思いなのでは!? これほどの腕ならば。料理は人生、命も同然。わたしは、あなたさまが作った料理……いえ、料理人にとって分身も同然、あなたさまの味を、わたしに継がせてください!」
ああ、もう。
こんな口説き文句、おじいさんでも言わなかったのに。
「それでは、時々ならば」
瑞希が折れたその時である。
「ならぬ」
響いたのは、金栄その人の声だった。
「陛下!」
料理人たちが頭を下げる。瑞希は金栄を振り返り、ジトっとした目を向けた。
「なぜダメなのですか」
「そなたは神女。料理人ではない」
「ですが。私が料理を教えれば、いずれ私がいなくなった際も、陛下への五行の料理が……」
「ならぬものはならぬ!」
金栄が声を張り上げて、瑞希の手を取り歩き出す。
この金栄という皇帝は、どこか過保護だ。
瑞希は料理長に「ごめんなさい」と口だけ動かして、厨房をあとにする。




