7-4、祭祀のレシピ、作るわよさ!
そこは厳かな部屋だった。
玉でできた置物や、金銀の飾りが施された部屋。
金栄は卓をどかし、反物を机の上に並べていく。
「ま、まるで十二単をほうふつとさせるわね」
「なんだ、こういった装いは、なじみが?」
「ま、まあ……和服も苦しいは苦しいのだけれど」
日本の着物は、慣れないと帯が苦しい。しかし、慣れてしまうと不思議なもので、逆に腹を守る帯がないと心もとなく感じるものなのだ。
そういえば、最近は襦裙にも適応していた気がする。
ひらひらするのは恥ずかしいけれど、歩きにくさも多少は軽減された。
「して。東西南北、の順にまとい、最後に中央・麒麟さまの色をまとうわけだが」
つまり、色目は青、白、赤、黒の順だ。その上に、金色。
ふいに、帳の向こうに、きらびやかな衣装がかけてあるのが見えた。
「あちらが……陛下の衣で?」
金色の衣が衣文掛けのようなものにかかって広げられている。
そこには、青龍、朱雀、白虎、玄武、そして麒麟の文様に刺繍がされていた。
「重そう……刺繍の和服は華やかだけれど、重いのよねえ」
「ああ、あれだけで二十斤(十キロ)はあある」
「ひええ、もう大きいお米の袋とおんなじじゃないのよさ!」
「米が十キロ……? なんの呪文だ」
「いいえ、いえ。そうなれば、私の衣も」
「ああ、同じくらいにはなるだろうな」
「ひいい」
金栄がまず、青色の衣を手に取る。
「脱がせるわけにはいかぬからな。その衣の上から着付けてみよう」
そうして、青の衣を羽織らせて、
「うん、もう少し、厚みがあり上品なものが良いな」
「陛下? 色ごとに試すおつもりですか?」
「当たり前だ。そなたに一番似合う色味を探さねば」
青みの強さ、明るさ、黄色み赤みの混じり具合。
すべてを着終わるのに、一時間はかかった。
「青は……やはり春妃、あのものの実家の絹が一番よかったな」
「それ、最初から春妃さまのご実家のものにしませんか? 私も春妃さまのご実家の絹が上等なことは見ただけでわかりますし」
「いや、ここからが勝負だ。二枚、三枚と重ねる上で、色味の印象は変化する。どれ、白の衣を重ねていくか」
とまあ、こんな感じで、この皇帝、妥協というものを知らないのである。
結局丸一日かけて色味を合わせて、何度も着ては脱ぎ、着ては脱ぎを繰り返したため、両手と足腰が痛かった。
「いたた。もう、年寄りをこき使うなんて!」
「なにを言う。本来ならば、七日はかけて決めるところを、一日で決めたわたしに感謝しろ?」
「ええ? 一週間で決めるのですか!?」
ふん、と得意げに金栄が鼻を鳴らす。
「私はこう見えて、色を見る目がある」
そういえば、確かに瑞希がこの世界に来た時、初めて襦裙をあつらえた際には、瑞希に一番似合うのが『黄色』だと見抜いていた。
「それにしても。陛下は金色の衣なんて……お金がかかっていそうだわ」
「祭祀だから仕方がない。本当はわたしも、先帝の衣にしたかったのだが。何分、今回は霊獣さまの沽券にかかわる。もしわたしが衣に妥協し手を抜けば、周りの宰相たちは、『霊獣が気を弱めているから侮っている』と言われかねん」
なるほど、と瑞希は思う。
そこまで考えていたとは、瑞希は自分の浅はかさを恥じた。
確かに今、霊獣たちは赤子と化してしまった。だからこそ、今まで以上に、『丁重に扱っている』ところを見せつけなければならない。
政治とは難しいものだ。
「では、私もお料理で一泡吹かせましょうかね!」
「いや!? そなたが祭祀の料理は作れぬからな!?」
「そりゃあ、作りませんが。レシピくらい考えられますし。ここの料理人さまたち、腕がいいので覚えられると思いますよ!」
くたくたのはずなのに、瑞希はその足で厨房へと向かう。
料理人たちに疎まれているのはわかる。わかるけれど、金栄の役に立ちたい気持ちが勝った。
この国に四季が戻り、食材も増えてきた。となれば、金栄の権力を誇示するためにも、豪華な料理は必須だろう。
厨房は、一日の料理を作り終えて、一息ついているところだった。
厨房の作業台をきれいにしたり、生ごみを運び出す料理人たちが、瑞希を見て「げ」と言葉を漏らした。
「あの! 祭祀のお料理のご相談に来ました!」
にぱっと言われて、しかし面白くないのは料理長である。
「我々の料理では、頼りないと?」
「あ、いえ……そういうわけでは」
力を合わせたいな、なんて瑞希が言うものだから、料理長はふうとため息をつく。
「いくら神女さまとて、料理に口出しなど」
「しかし。祭祀の料理となれば」
「今年は、厳しい年だったから、質素にと。陛下のご意思だ」
「質素に?」
祭祀であれば、様々な中華料理――トンポーローだとか鯉の膾、それにアヒルのあつもの、それから、月餅に揚げ菓子に、とふるまわれるのが常であるはずだ。
「確かに、私は思い至りませんでした」
「そうです、四季が戻ったとはいえ、まだ農民は収穫真っただ中で。後宮の料理だって、本当は材料が」
「料理長!」
「ん、ああ、つい。とにかく、今回は質素にとのお達しが出た」
しかし、瑞希は顎に手を当てて、なにか思案している。
料理長は嫌な予感がする。
こういうとき、この神女はろくなことを言い出さない。
「それでは、体に優しく、おいしいものをお出しするのは?」
「体に優しい……とは」
「はい……高麗人参の砂糖煮に、牛乳寒天、それから、糸寒天の酢の物に、海苔の天ぷら。お汁粉に、さつまいもの蒸しパン、胡瓜のコールスロー」
これらは、五行のすべての材料を取り入れた献立だった。
この一瞬で。料理長も閉口する。
高麗人参は火の朱雀と土の麒麟を、牛乳は金の白虎を、海苔は水の玄武を、胡瓜は木の青龍を。
しかもこれらは、庶民でも手に入る食材だ。
ただ、料理名からは調理方法がわからない。
「この一瞬で料理を考えるその知識。神女さまは何者なんです?」
「私はしがない管理栄養士さね。ま、亀の甲より年の劫、ってね。じゃあ、作り方を教えるから、覚えられるかい?」
ここまでおぜん立てされて、乗らないのは男ではない。
料理長は「もちろん!」と返事をする。
なんだか、友情みたいなものが芽生えた気もする。
料理長は気難しい人に見えるけれど、同じ料理人同士、瑞希にはわかる。
「未知の料理を自分の知識にした時の高揚感ったら、ないわよねえ」
「わかります! 神女さま、わかる方でしたか!」
そして、瑞希の料理指導が始まるのだった。




