7-3、祭祀の襦裙をあつらえませんと!
霊獣が回復し、五行の霊獣が出そろう。
とはいえ、その姿はみな赤子で、これから先、妃と神女、金栄が力を合わせて育てていく必要がある。
世界には四季が戻り、夏の終わりの涼やかな風が吹くようになった。
「もうすぐ秋ですねえ」
瑞希がのんきに菊花茶を飲む傍らで、玄武、白虎、朱雀、青龍、麒麟を世話する後宮妃たちは大慌てで襦裙用の絹の反物を吟味している。
それは様々な色味を帯び、きれいな刺繍のものや、模様を描いたもの、さらにグラデーションに染めたものまであって、いつの世も女生徒はきれいなものがすきなんだよなあ、と瑞希はのんきに考えた。
「神女さま。神女さまはもう、襦裙はお決まりで?」
「へ? もう、何着もありますよ?」
しかし、夜妃がははとため息をつくと、瑞希の菊花茶を奪うように取った。そのまま、よほど喉が渇いていたのだろう、夜妃は菊花茶をごくごくと飲み干して、瑞希に迫った。
「先帝の御陵に参りますのよ? 祭祀用の一等の衣をあつらえねば」
「ええ、しかし。襦裙は立派なものを、陛下が何枚も」
しかし、紅妃は麒麟宮の瑞希のタンスを勝手にあさり、はあとため息をこぼした。
夜妃と言い、みんな瑞希に期待しすぎなのだ。
「これは普段着です。それに、御陵に参ったあとは、霊獣さまの披露目の儀式もありますよ? それはまた別の襦裙が必要です」
「ええ、私も参加するのですか?」
夜妃に飲まれてしまったため、瑞希は立ち上がり、新しい菊花を卓の上から持ってきて、お湯を注いで妃たちを見た。
部屋の向こうでは、霊獣たちが仲良くじゃれあっている。
最近、妃や瑞希たちの手を離れて、霊獣たちは各々で遊ぶようになってきた。
イヤイヤ期も近いのだろうから――いや、霊獣にそれがあるのかはわからないが、今のうちにたくさん愛でないと。
菊花茶もそこそこに、瑞希は霊獣たちを抱きしめに行く。
『みぃ』
『ぎゅう』
かわいらしくすり寄る我が子同然の霊獣に、瑞希のみならず後宮妃たちも一瞬動きが止まる。
「じゃなかったわ。神女さま。では、わたくし『たち』が見繕いますので、仕立てに参りましょう!」
とは、雲妃である。
春妃もうなずいている。
「では、私の行きつけの商人を呼びましょうか」
春妃の言葉に、みながそちらを見た。
春妃は決して身分は高くない。けれど、この好意を断れば、春妃が傷つくだろう。
そう、ほかの妃は考えて、なにも答えられなかった。
のだが。
「まあ! 春妃さまが? それなら、断るわけにはいきませんねえ。ああ、そうだ! ほかの妃さまのお抱えの商人もここに呼んではどうでしょうか」
瑞希の提案である。
瑞希は、気後れしていた紅妃、夜妃、雲妃にウィンクで合図を送る。うまくやったわよ、とのことだが、ウィンクなんてこの時代には通じない。
「目にゴミが?」
夜妃が手巾を瑞希に渡す。
「はは、ありがとう存じます」
伝わっていなかったことに苦笑しつつ、なんとかその場を切り抜けて、麒麟宮の一角に襦裙の反物の仕立てを行う商人を呼ぶ流れとなった。
三日後。
「まあ、春妃さまの行きつけとは、都一のあの、絹商人でしたの!?」
夜妃が驚くのも無理はない。
その商人は、都で一番有名で、予約の取れない仕立て屋でもあった。
「実は……私の実家なのです」
「ええ!? 道理で」
いつも春妃の着ている襦裙は、それは美しかった。絹の質感もそうだが、仕立てがなによりもいい。
色合わせも帯も、飾りも完璧で、なるほど都一の絹商人の娘なだけある。
「で、では……この中から選んでもよろしいの?」
「もちろん。お父さま、お母さま。私とともに妃を務める方々よ。右から、夜妃さま」
「夜妃です、お初にお目にかかりますわ」
「隣が紅妃さま」
「紅です。春妃さまにはお世話になっているわ」
「その隣は雲妃さま」
「わたくしが、雲妃です。春妃さまは、控えめながら気の利くお方で」
みな、仲良く笑いあって、最後に紹介されたのは瑞希である。
「そして、なんと! こちらのお方がかの、神女の瑞希さまです!」
じゃん!と春妃だけでなく、すべての後宮妃が瑞希を取り囲むものだから、気恥しくて手を胸の前でもじもじさせる。
「瑞希です。本当に、若い子に囲まれて私も刺激をもらっており」
「はっは、神女さまはおもしろい方だと聞いていましたが、若いとは。神女さまこそ、春よりもだいぶお若い!」
春妃は二十八だから、十分に若いのに。
とも思って、そういえば今の瑞希の姿は、二十五歳なのだと思い出す。
なるべく、後宮外の人間には正体は知られないほうがいい、のだろうか。
「あはは。私、少し抜ているといわれることがあるのだわ」
「さようですか。さあ、神女さまも反物をどうぞ」
どうぞと言われても、なにがどういいのかわからない。
祭祀用の襦裙は、吉祥文様が入ったものがいいらしい、とは聞いているが。
「神女さま。霊獣さまのお披露目では、わたくしたちは霊獣さまを冠するお色の襦裙なんですの」
夜妃が説明する。
まず、麒麟は黄色――金色だ。これは皇帝に許された特権の色。
玄武は黒を司り、朱雀は赤を。白虎は白を司り、青龍は青を司る。
「だったら、私の色はそれ以外を?」
「いいえ。神女さまは、唯一すべての色をお召しになると」
ええ、と瑞希が一歩引いた。
なんとなくわかる。すべての色をまとうならば。
「そうだ。そなたは五つの衣を重ねてきて、髪には霊獣を模したかんざしを挿す」
音もなく現れた金栄に、春妃の父母は「ははー」と地べたに頭をこすりつけた。
「なんだ、かような集まりがあると聞いて来てみれば。そなた、神女の装いのことも知らぬのか」
「し、知りませんよ。大体、陛下はなぜ、私がなんでも知っている前提で話を進めるのですか。私はこの世界のものでは……」
とまで言いかけて、口を結んだ。
秘密は守らねば。春妃の父母が見ている。
「それでは、後宮妃たちは見る目もあるようだから任せるが……神女、そなたはわたしが見繕うゆえ、別室に祭祀の襦裙を運び出すよう」
ぱん、と金栄が手をたたくと、どこからともなく女官たちが現れて、春妃の父母のものだけでなく、後宮妃が呼んだ商人の衣をすべて、金栄の皇宮へと運ばせる。
「ええ、どこへ」
「よい、ついてこい」
かくして瑞希は、この世界に来て初めて、金栄の皇宮へと足を踏み入れた。




