1-4、麒麟さまが赤ちゃんに!?
「麒麟さま。土の食べ物をお持ちしました」
皇帝が拝礼すると、麒麟がよろめきながら瑞希のほうに歩いてくる。
そして、差し出す前に、瑞希の手にある膳から、その大学芋を口に含んだ。
「麒麟さまが、召し上がった……」
「皇帝陛下?」
「なにを献上しても、召し上がらなかったというのに」
そして、瑞希と皇帝は、供物の膳を床に置くと、いよいよ麒麟は本格的に料理を屠る。
時々、なんとも形容しがたい鳴き声をあげて、山盛りに作った供物のすべてを平らげると、
『美味であった』
「え……? 今の声」
「なんだ、そなた。麒麟さまの声が聞こえる、のか?」
それは隣にいる皇帝も同じようだった。
「霊獣の声が聞こえるのは、皇帝であるわたしと、後宮妃のみ……だとしたら、そなたやはり、五行の神女……?」
ずい、と皇帝が迫った時である。
『きゅ~』
と、なんともかわいらしい鳴き声とともに、麒麟の姿が幼く、幼く、幼く――
「え、かわいい!」
赤子のように、小さな小さな姿に変わったのだった。
これには皇帝も面食らう。
「よもや……」
しかし、瑞希は自分の手の中に甘えるようにすり寄る麒麟を抱き上げて、
「懐かしい。孫を抱いた時もこんな感じだったわね」
「そなた、これの意味が分からぬのか?」
「はい?」
皇帝が頭を抱えている。
そして、ふうとため息をついたかと思えば、
「霊獣さまは、力が弱まっていた。かろうじて、五行の神女の供物で生きながらえたが……その姿。霊獣の力を現しているのだろう。赤子のように、霊獣の力が弱まっていると」
「まあ、じゃあ。もっとたくさん召し上がってもらわないと」
「そんな簡単な話ではない。この調子では、ほかの後宮の霊獣も、相当力が弱まっているということ。そなた。名は瑞希といったか」
「はい」
「正式に、五行の神女として、霊獣の食事を作ってほしい」
「ま、任せてくださいな! なにせ皇帝陛下はおじいさんのご先祖さまなのですから!」
そうして、瑞希は後宮の神女として、正式に雇われたのだった。
赤ちゃんと化した麒麟さまは、たいそう瑞希になついている。
「そなた、ほかの後宮に行くにも、まずは衣を整えんと」
「ええ、私はこの服でいいです。おじいさんとの思い出の服なんです」
「その、ちょこちょこ出てくるおじいさん、というのはなんなのだ」
はあ、と不可解な瑞希の発言に皇帝がため息をついた。
「おじさんは……皇帝陛下の子孫です」
「まて。わたしはまだ誰も生んでいない」
「さようですか? ですが、妃はいらっしゃると」
「ああ。いるはいるが。そもそも、自己紹介がまだだったな。わたしは金栄。この国の第二十五代皇帝だ」
「二十五代。なるほど」
時代的には、割と古い時代であることは分かった。
だったら、ともかく今は、この金栄の『あれ』をどうにかしないと。
「陛下。それでは、まず、陛下の体調のため、加味逍遙散をおやめください」
「……それは五行の神女とて、言葉が過ぎるぞ?」
そういうところだ、と瑞希は動揺もしない。
加味逍遙散を飲むのは、おそらく神経の高ぶりから来るイライラ。そしてそれらは、瑞希が先日作った料理――ビタミンB1やカルシウム、トリプトファンでよくなることが多い。
古代の食生活なんて、偏っていて当たり前だ。
豪華な食事は権力を現す。権力を現すには、食事がかたよる。
「わかりました。では、私の料理は召し上がってくださるのですよね?」
「それは……あのように美味なるものを食したら、ほかはもう目に入らぬ」
うん、と瑞希はうなずいた。
手の中で麒麟の赤ちゃんが『みー』と鳴いている。
「さてさて。麒麟ちゃんには、ミルクをあげましょねえ」
「おい、霊獣をそのような呼び方など」
「いいじゃないですか。かわいいんですもの。陛下だって、本当は抱っこしたいのでしょう?」
そわ、と皇帝が目をそらした。
しかし、麒麟は金栄を見て威嚇している。つまり、麒麟は金栄を嫌っている。
というのは、供物が気に入らなかったからかもしれないし、単純に、母のようになついている瑞希を取られないためなのかもしれない。
「はあい、ミルクですよ~」
「そなた、本当にあやすのがうまいな」
「何年生きてきたと」
「どう見てもわたしと同年代だが!?」
「細かいことは言わないでくださいな。はあい、お口拭きましょうね」
みぃみぃとかわいらしい麒麟は、ミルクを飲んで満足したのか、すやすやと寝息を立てている。
「はあ。子育てなど、皇帝のわたしが」
「なにを言うのです。麒麟ちゃん――さま、は陛下の管理する霊獣なのでしょう?」
そういって、瑞希は立ち上がる。
「待て、どこへ行く?」
「この前、中り(アレルギー)が呪いだとおっしゃっていた件を調べようかと」
「待て。わたしも行く」
「なりません。陛下は、麒麟さまが起きたら、ミルクをあげてくださいな」
「だから、それがどれだけ難しいと!」
金栄は、服の袖をめくりあげる。
麒麟の赤子に引っかかれた生傷がたくさんあった。
「ああ。ふふふ。そうでしたね。では、陛下。陛下の権限で、呪いの件を操作できるよう、口添え願えますか?」
「そ、そなた……皇帝であるわたしと取引を」
「さあ。若い者にはまだまだ負けませんよ。それで、いかがなさいます?」
しかして、金栄が折れて、麒麟の世話は、そば付きの内官に任せて呪いの真相を明かしに出かけるのだった。




