1-3、大学芋、栗きんとんの茶巾絞り、かぼちゃポタージュ
皇帝に案内されて、後宮の一角、皇帝が管理する麒麟宮に案内される。
道すがら、この国には霊獣がいることを説明された。
東を守る青龍、南を守る朱雀、西を守る白虎、北を守る玄武。
後宮には妃が様々いるが、その中から選ばれた妃が、この四つの霊獣を管理するのだという。
青龍には桃妃、朱雀には紅妃、白虎には雲妃、玄武には夜妃。
しかし、その妃たち、どれも『不可解な』体調不良に悩まされている。
「頭痛、肌のただれ、めまいなど、妃たちは霊獣を管理できる状態にない。そこで、我が国に伝わる術で、五行の神女を呼んだのだが。そなたのような、若き女人とは」
聞いていて、瑞希はやはり、首を傾げた。
現代で言えば、不定愁訴と呼ばれる症状や、医学の知識で治せる『病』。それらを、この国の人間は『呪い』を呼んでいる。
「ついた。麒麟さま、お目通りをお許しください」
中央の後宮の扉を開けると、暗いその奥に、一匹の動物がうずくまっていた。
それを見て瑞希はなにも言えなくなった。
「本当に、麒麟だ」
「これ、『さま』をつけぬか」
「申し訳ございません。しかし、弱っておいでですね」
「ああ。麒麟さまは最近、お食事をおとりにならない。他の後宮の霊獣もそうだ。なにがよくないのか……」
そして、霊獣が病めば、司る気が滞り、民にも影響を及ぼす。
麒麟は土を、玄武は水を、朱雀は火を、白虎は金を、青龍は木を。
それぞれ司るものが弱り、この国は今、重大な危機に瀕しているのだという。
「後宮妃の霊獣はさておき。中央を司る麒麟さまを最初にお救いせねば、どうにもならぬ」
「なるほど。普段はなにをお供えで?」
「今は……粥に月餅、マントウに春餅、それから」
「ま、待ってください。じゃあ、皇帝陛下と同じようなお食事を?」
「ああ。そうだが」
つまり、この霊獣もまた、糖質過多。
人間ではないから確証は持てないが、霊獣もまた、栄養素の過不足で体調を崩す、のだとしたら。
「どうだ、できるか」
「やるだけやってみます」
「最初に言っておくが。霊獣さまのお供えは、基本的に司る五行の料理と決まっている」
「ええ、そんな。それじゃあ、よくなるものもよくなりませんよ」
「なんだ、そなた。五行の神女ではないのか?」
「……し、しかたないわね。無茶ぶりは慣れっこですよ。おじいさんが皇帝陛下に変わっただけですし。見ていてください、亀の甲より年の功、ってものを見せてあげましょう」
かくして、瑞希は再び厨房に立つ。
厨房に向かうさなか、誰かが倒れた、と騒ぎが起きていた。
「皇帝陛下、あの」
「よい、呪いで倒れるなど、後宮では日常茶飯事」
それにしては、あの症状は。
「呪い、なんですか? あの、失礼ですが、最近呪いがよくあるということでしょうか?」
「ああ。そうだな。最近は、なぜだか肉でも魚でもなく、中る(アレルギー)人間が多くて」
「肉でも魚でもなく、あたる」
「ほれ。麒麟さまの供物を作らぬか」
「人使いの荒いことで」
「なんだ」
「いいえ。ああ、それから」
瑞希は、皇帝陛下のそばにいる内官に耳打ちする。
「加味逍遙散は、やめるようにしてください」
「それは、わたくしからは」
「では、内密に。――を抜くことは?」
瑞希には、皇帝のある症状に懸念があった。
「これ、なにをひそひそと」
「いいえ。では、作り始めましょうかね」
瑞希は思案する。
土の食べ物は、黄色い食べ物と炭水化物。
でも、霊獣も皇帝と同じように、糖質がエネルギーに変換されていなかった。
「では、さつまいもと栗、かぼちゃを使ってみましょうかね」
「なんだ、そのような庶民の野菜を?」
「ええ。これらには、土の糖質だけでなく、ビタミンB1も含まれるのですよ」
「びた……? しかし、粗末なものしかできぬだろうに」
瑞希はすでに、動き出していた。
さつまいもを乱切りにして水にさらし、水を切ったらよく拭いて、多めの油で揚げ焼きにする。
「揚げ芋、ね」
「ふふ、見ていてください。これはおいしくなりますよ」
揚げた芋を取り出したら、鍋の油をふいて、砂糖、水あめ、醤油、酢を混ぜたものを鍋に入れて煮詰める。
この時、酢を入れることで砂糖が焦げて飴状に固まることを防ぐ。
「煮詰めた蜜に、揚げたサツマイモを絡めれば」
大学芋の完成だ。
さつまいもには、皮の部分に栄養が多い。だから皮ごと揚げて、甘い蜜でコーティング。醤油の塩気がアクセントになる。
見た目をよくするために最後に黒ゴマを振れば、栄養満点の一品が仕上がる。
「なんと……つやよく、飴のようだ」
「味見しますか?」
「んん、そのようなことは」
先ほど食事をとったばかりだというのに、皇帝はしかし、その熱々のサツマイモを屠っていた。
外はかりっと、仲はホクホク。絡んだ蜜は甘じょっぱくておいしい。
「かような料理、どこで」
「はい、では、次に行きますね」
栗の甘露煮が折よく厨房にあったため、ゆでたさつまいもを裏ごしして、砂糖と水あめを混ぜて練り合わせ、甘露煮のシロップの中で温めた栗を入れる。
「このまま大皿盛りもいいのですが」
これを、濡らしたさらしで茶巾絞りにして、上に栗を載せれば、片手で食べられるお手軽おやつ、茶巾絞りの栗きんとんの完成だ。
「なるほど、これなら麒麟さまも、食べやすいな」
「でしょう? 味見していてよいですよ。私は次を作りますね」
さつまいもを一センチ角に切って、水にさらしたあと水けをきる。そこに砂糖とひとつまみの塩をまぶして、三十分置く。
「なぜ、生のさつまいもに砂糖を?」
「この後、蒸すんですが。先に味をつけておくのです」
「生のさつまいもに……」
ホクホク、と茶巾絞りを食べながら、皇帝が瑞希の手際に目を見張る。
砂糖をまぶしたさつまいもから水分が出る。ここに薄力粉を混ぜて、薄力粉がさつまいもにまとわりつくくらいの濃度になるよう、少量の水分を足す。
「これを、濡れ布巾の上に、小さく丸く載せたら、蒸し器で蒸します」
蒸すこと二十分。
せいろを開けると、ほっかほっかとおいしいさつまいもと薄力粉のにおいが立ち込める。
「鬼まんじゅうの出来上がりです」
「鬼まんじゅう……饅頭というより、ただのサツマイモを蒸したものにしか」
「でしょう? ですが、ほら」
熱々のそれを、瑞希が皇帝に渡す。
皇帝は落としそうになりながら、それを手に取り、かぷ、とかじりつく。
「もちもちしている!」
「はい、薄い衣がもちもちで、さつまいものほくほくとの対比がおいしいでしょう?」
「ああ……饅頭とは、皮で餡を包むものという概念が崩された」
「ふふ、そうでしょうそうでしょう」
最後に、かぼちゃだ。
かぼちゃは茹でて裏ごしして、牛乳で伸ばして、塩と醤油で味をつける、ポタージュにした。
今回は、糖質過多にならないように、バターと薄力粉でとろみはつけずに、かぼちゃ本来の味を楽しめるポタージュだ。
「かようなあつものは……あたたまる」
「はい、皇帝陛下は、今後このような、黄色の野菜を取り入れると、体調も良くなるかと」
「なんと、先ほどの肉や魚だけでなく、これらも『食養生』なのか?」
「はい、さようです」
さて。
出来立て熱々の料理を、皇帝と瑞希の二人で麒麟宮に運んでいく。
きい、と扉を開けると、先ほどとは違い、麒麟がその香りに立ち上がるのがわかった。




