6-7、青龍さまの不可解な不調。胡瓜のパリパリ漬け、檸檬パイ
青龍宮を出て、瑞希はその足で青龍の間へと向かった。
「おい、姉上の許可なしに勝手な行動を」
「姉上呼び。ずいぶん仲がよろしいのですね」
「勘違いをするな!? 私と姉上は兄弟も同然の仲で」
聞いた話によれば、桃妃は金栄の父の妹の娘。
歳は五つ離れているのだとか。
「陛下。桃妃さまのことを詳しくお聞かせ願えますか?」
「そなた……遠慮というものを」
「……陛下が話さないのなら、青龍さまに聞くまでです」
青龍の間の扉を開けて、瑞希はずかずかと入っていく。
青龍が、ぐるぐると体を巻いて、部屋の真ん中にうずくまっている。
ぐう、ぐう、と腹の虫が鳴いていて、どうにかしてあげたいと瑞希は思う。
「青龍さま。神女? の瑞希と申します」
『ああ、来たか。神女』
その声は、若い男性をほうふつとさせた。
青龍が起き上がると、向こうにある供物を瑞希に押しやった。
「これは」
『あの娘が供えたものだ。しかし、わたしはこれを食すことができぬ』
「なぜですか」
『それは……んぐっ』
核心に触れかけた時、青龍の口が閉じられてしまう。まるでそれは、見えぬ手に押さえつけられているかのようだった。
『かように、わたしは誤ったものを口にし、口封じをされている』
「口封じ? 誰が? なんの目的で」
しかし、青龍はそれ以上しゃべれなかった。
これは早急に、謎を解かねばならない。その前に。
「青龍さま。私の供物は召し上がれますか?」
『ああ。供物ならば大丈夫だ』
「わかりました。少々お待ちくださいね。木の気を回復するお料理を作ってまいります」
そのまま、瑞希は走り出す。
青龍がしゃべれないのは、あれはまるで『本物の呪い』だ。瑞希にも解明できない、謎。
「そなた、青龍さまの不調の原因が分かったのか?」
「いいえ、これっぽっちも。しかし、わかったこともあります」
それは、桃妃が金栄に『なにかを隠している』こと。そして、今も『誰かを』を思っていること。
言葉にしなくても、態度でわかる。
「女の勘、ってやつさね」
「なんだ、今日は亀の甲ではないのか」
「たまには、ね」
瑞希は桃妃のことを考えながら、厨房に移る。
夏野菜の胡瓜を使い、パリパリ漬けを作る。
胡瓜を厚めの輪切りにしたら、酢・醤油・砂糖を沸騰させた調味液にいれて、火を止める。
冷めたら胡瓜を取り出し調味液を再沸騰させて再び胡瓜を入れて火を止める。これを三、四回繰り返す。
「あとは。レモンカスタードを覚えていますか?」
「む。わたしに最初に出した土の料理だな」
「はい。あれをパイ生地に敷き詰めて、上にメレンゲを載せてダッチオーブンで焼いた檸檬パイを作ります」
今日も瑞希のそばでは男たちがメレンゲ作りに駆り出されている。
「人使いの荒い神女さまだ」
「なにか言ったか?」
「いいえ、陛下! お役に立ててうれしいです!」
木の酸味と野菜の料理も完成して、金栄は味見をする。
まずはパリパリ漬けだ。胡瓜は加熱しても食感が残ることは知っているが、これはなかなか。
「独特の食感になるな。味も良い」
「はい、お漬物は日持ちもします」
次に食べたのは檸檬パイだ。
正直、抹茶淡雪の時といい、メレンゲを菓子にするという発想は東洋にはない。
だから余計に、うまい。
「檸檬かすたあどとパイ生地、それにメレンゲが一体となって、口の中で溶けていくな」
「はい。これ、私もお気に入りなんです」
おじいさんの好物だったから、よく手作りしたのだ。
「わたしはそなたの料理の中で、この檸檬パイが一番好きだ」
わしゃあ、ばあさんの檸檬パイが一番好きじゃあ。
おじいさんが重なって、思わず顔をそらしてしまう。
「地味に傷つくのだが」
「あ、いえ……私の旦那さまも、これが好きだったものでしてね」
涙をぬぐうのを、金栄は見て見ぬふりをした。
さて。
ふたりは料理をもって青龍の間に再び向かう。
青龍の前まで着て、瑞希はそれを、自分の手で青龍の口に運んだ。
もくもくと咀嚼する青龍を見て、瑞希はほっと胸をなでおろした。
「生きて、いらっしゃる」
「青龍さまはまだお若いからな。しかし」
なぜだか、麒麟や朱雀、玄武の時のように『気の大きさに合った体にならない』。
つまり、今の体のままでは体力の消耗が激しく、いくら供物を持ってきても足りない。
なぜ、青龍だけこんなことになっているのだろうか。
「陛下。桃妃さまが供物をささげた時、なにか不自然なことはありましたか?」
「いや……そういえば、姉上の生まれは、木の四柱などないと聞いていたのだが……」
後宮の妃は、星読みが決める。それは、生まれ持った星を見るのだ。
朱雀の紅妃は、本当に火が強く、八個の星の内七つが火の星なのだという。
しかし、桃妃には木の星がない。
「そういえば、陛下。最近は加味逍遙散、飲んでいないのでしょう?」
「なぜわかる」
「なぜ……そうですね。白状します。私が内官さまに頼みました。加味逍遙散の山梔子を抜くこと。それから、私の処方した食事を一日一回から二回はお出しすること」
「それは、土の気を整える食事だからだろう?」
「はい。それもありますが……ビタミンB1やミネラルは、神経の高ぶりを抑える作用があるのです」
「道理で」
初めて会った時から気になっていた。金栄は腹が弱いしすぐイライラする。
そのことから、瑞希は金栄に不足する栄養素を食事で補わせ、同時に加味逍遙散から山梔子を抜いた。
「山梔子は、五年以上服用すると腸間膜静脈硬化症を起こします。つまりおなかの病気なのですが。陛下はまだ三年だったので、山梔子のみ抜いて出すように、内官さまに頼みました」
「……加味逍遙散は……姉上が遣わせた侍医の処方、だが……」
そこではたと、つながった。
桃妃の女官が持ち込んだのは、やはり山梔子。
もしも加味逍遙散の山梔子を、意図的に増やして処方していたら。
そのせいで、腹痛が常態化していたら。
そして、五年以上服薬すると、重篤な副作用で、最悪、死ぬ。
さらに言えば。
「あの、青龍宮の妃さまの選抜の際、本当はほかにめぼしいひめぎみがいたのでは?」
「あ、ああ……わたしも、姉上ではなく、木の気に愛されたひめだと思っていたのだが……そのひめは、最終選抜の前に、首をくくって死したと。後宮妃などなりたくないと」
すべてがつながる。
これは、桃妃の――いや、桃妃の親のはかりごとだ。
桃妃の母は、先帝の姉。
だったら、桃妃の兄弟が、皇位についてもおかしくはない。
「桃妃さまには、兄君か弟君がいらっしゃるのでは?」
「あ、ああ。そうだが、なぜ話していないのにわかる?」
「青龍宮へ急ぎましょう。逃げられてしまうかもしれません!」
瑞希は金栄の手を握って、さっそうと走り出す。
この娘は本当に肝の据わった。




