6-5、ヨーグルトのレアチーズケーキ、ワインのラタトゥイユ、わかめの酢の物
翌日。
妃たちたっての希望で、先日手に入れた西洋の材料で料理をふるまうことが決まったのだった。
「ヨーグルトは、さらしをした竹ざるにおいて一晩水切りしました」
「まあ、触感が変わりましたわね。固い」
「はい。レアチーズケーキにしてもいいですし、生クリームと半々で混ぜても美味しいです」
今回はレアチーズケーキと、ショートケーキも作ろう。乳製品は白虎さまの金を補う料理だし。
現状、白虎さまが一番幼く、力が弱い。
「この水切りヨーグルトに砂糖を混ぜておき、下に敷くクッキーを焼きましょうかね」
牛酪を角切りにして、小麦粉と砂糖を混ぜたところに入れて、手でこすり合わせるように混ぜる。
今日は卵を使わない、ショートブレッドの生地だ。
「これを丸く形作って、ダッチオーブンで焼きます」
その間に、香草だ。
「バジルは……ワインでラタトゥイユにしましょうかね」
西洋のワインを輸入できた。
西洋でトマトが発達するのはまだ先のことだ。
だからワインをふんだんに使い、夏野菜、胡瓜とかぼちゃ、なすを炒めてワインで煮込む。この時、たっぷりのバジルを入れると香りがよくなる。
「ワインは朱雀さまの食べ物です。赤い食材なので」
「こんなに真っ赤なのだものね。朱雀さまも喜ぶわね!」
紅妃は満足そうに言った。
「水の玄武様のお食事は……ないのかしら」
夜妃が不安げに瑞希を見る。瑞希は柔和に笑った。
「まあまあ。玄武さまには」
日いずる国から輸入したわかめに、胡瓜の薄切りを合わせて、三倍酢で合わせたわかめの酢のものだ。
「これは……あつものではなく?」
わかめはスープが主流の中、あえて副菜にしたのだ。
不安げな夜妃に、わかめの酢の物を味見させる。
「甘酸っぱくて、おいしいわ」
「箸休めにいいですよ」
「なるほど。食事の合間に味を変えるのですね」
夜妃は満足そうにわかめの酢の物を盛り付ける。
そこでショートブレッドが折よく焼きあがり、冷ましたところに、丸型の底に敷き詰めて、水切りしたヨーグルトを流し込む。
「あとは。壺を二重にして、間に濡らした砂を入れて冷やし固めたら、完成だわよ」
レアチーズケーキ、ラタトゥイユ、わかめの酢の物が完成し、妃たちはわあと声を上げている。
「いつも思いますが、神女さまのお料理って、どれも不思議な見た目なのに、どれもおいしいのよね」
夜妃が膳に盛り付けしながら笑っている。
紅妃はつまみ食いして顔をパッと明るくし、雲妃は膳を運び歩きだしている。
麒麟宮に行くと、恨めしそうに霊獣の世話を押し付けられた金栄がこちらを見ていた。
右肩に朱雀、左肩に白虎、手には麒麟と玄武を抱きかかえている。
『みゃう』
『がう』
『こら。みんな。皇帝が困ってるでしょう!』
まとめるのは玄武だ。
玄武はいいお姉さん役だ。
それでも幼いことには変わりなく、
『雲! 来たのね! しかもその供物……雲の作ったものなのね!』
ほかの霊獣も気付いているらしく、今日の料理を卓に置くだけで、はくはくとすぐさま食いついた。
「はは、わたしの苦労もかいがあったというものだ」
「陛下。申し訳ありません。しかし、ご覧くださいませ。わたくしたちも、玄武さまをはじめとする、霊獣さまの供物を作れましたのよ?」
わかめの酢の物を指さして、夜妃が笑った。
それに、と続ける。
「料理には熱量があるのだろうです。かろりぃ。それは、たんぱく質、つまり肉と油と炭水化物で違ってくるのだと。それをPFC比率というものにあてがって、炭水化物が五、六割、脂質が二、三割、たんぱく質が二割といった配合で料理するのだと」
「待て待て、夜妃。発言が神女に毒されているぞ?」
とはいえ、ゆんゆんゆんと、夜妃も紅妃も、雲妃も、遠い目をしている。
瑞希は苦笑する。
「ほかには、ミネラルや微量元素といったものも、体には必要で。つまり、陛下のご病状に必要だったのが、それです。ビタミンもそうですね。それらが不足すると肉体だけでなく精神にも影響が出ます。陛下のご病状や、妃さまたちのそれも。だから、五行の食べ物で、かつそれらの栄養を満たす料理を伝授いたしました」
瑞希が栄養学を『唱えている』。
ゆんゆんゆん、と金栄の目が遠くなる。
まるで呪文を聞いているように、右から左に言葉抜けていく。
まったく、なにを言っているのかわからない。
「例えばカルシウムはビタミンDと共に摂取すると吸収率があがります。しいたけなどですね。そして面白いのは、人体は太陽光を浴びると体内でビタミンDを生産すること。さらに、しいたけもまた、太陽光に干すとビタミンDが増えるのですよ。つまり、太陽とは万物の親。これは、五行思想にも通じていて! 管理栄養士の資格をとり、近年になって薬膳の資格も浸透する中で、私も常に最新の情報をと薬膳師の資格を取りましたが、それがこの世界の霊獣さまにも役にたつとは。長生きはするもんですねぇ」
一息に言って、瑞希は満足気に「いただきます」と手を合わせた。
かたわら、妃だけでなく金栄も遠くを見ていた。
「そなたの話は食事をまずくする。さて、食するとしよう」
夜妃たちが、期待のまなざしを向けている。金栄がはてと首をかしげると、
「今日のお料理は、妃さまたちがつくりました」
瑞希が耳打ちする。
「先も夜妃が言っていたな……神女の料理を、わがものにしたか」
「そんなに早く、私の技術を盗まれたらたまったもんじゃないわね」
瑞希が卓につくと、それまで供物を屠っていた霊獣たちが一度食事をやめて、そうして、ふ、と、一様にこうべを垂れた。
「なるほど、な。腐っても神女」
「だから、私はただの料理人に過ぎないので。買いかぶりすぎです」
だとしても、その料理を霊獣が気に入っているのだから、確かに神女なのだと金栄は思う。
歴代の神女は、気を宿していたり、星が読めたり、医術に通じていたりと様々なのだが、そのどれもが、霊獣に気に入られたのだというのは、ここにいる妃たちも知る伝承だ。
しかし、今代の皇帝、つまり金栄の世になって、霊獣の力が弱まったのは、なにが原因だったのか。
「そなた。霊獣さまたちの気が弱まった理由に心当たりはあるか?」
それは、瑞希にもわからない。
わからないなりに、考えてみる。
結果。
「おそらく、陛下の食の乱れがすべての根源かと」
「わたしの……?」
「はい。……いえ、陛下が悪いのではなく。陛下はおなかが弱くいらっしゃいましたね?」
「それは……」
そのせいで、薬膳師が誤った処方をした
脾や胃が悪いのは、土の気が病んでいるからだ。だから、土のものを摂ればいい。
しかし、金栄の腹痛には、別の理由があった。飲み合わせの悪い漢方というものが、まだこの時代には確立されていないらしい。あるいは。
「最近は、腹を下さなくなった」
「そうでしょうね。意図的に陛下は、土の過剰摂取をさせられていたのです。そして、霊獣の主は霊獣とつながっている、というのが私の見立てです」
つまり、金栄の体調不良を手始めとして、夜妃、紅妃、雲妃の体調不良が、霊獣たちに影響を与えいた。
「だから、わたくしたちの『食養生』を?」
「いえ……気づいたのは今です。ですが、そうですね。麒麟さまは霊獣さまのなかでも別格。中央を司る、別名『瑞獣』」
「なるほど。幹が腐れば枝葉も腐る。わたしの不徳が、後宮妃にまで及んだと。すまなかった、夜妃、紅妃、雲妃」
ふ、と頭を下げた金栄に、妃たちよりも驚いたのは瑞希である。
「陛下がかようなことをなさらないでくださいませ!」
夜妃が頭をあげさせる。金栄は眉を下げて瑞希を見ていた。
瑞希はなにも言えなくなる。
あまりにも、あまりにも。
「おじいさん……!」
思い出してしまう。おじさんの最期の日、同じような顔をしていた。
申し訳なさそうに笑うその顔が、今でも脳裏に焼き付いて離れない。
瑞希は食事もそこそこに、麒麟宮を走り出た。




