6-4、妃たちとお料理します!管理栄養士の知識は呪文だわ……
「だから私は、疎まれて……焼き印を押されたこともあったのよ」
それでも、さすが朱雀の妃だ。
「ここに」
と、腕をまくり上げたため、金栄が顔をそらす。律義な。
しかし、紅妃のそこに、傷跡なんてない。
「ここにあった焼印は、朱雀さまが初日に消してくださったの」
「そんなこともできるのですね」
「そうなの。だから私、朱雀さまをなんとしても助けたかったの」
だから、気をうまく扱えない朱雀のもとに通い続け、結果、暑気を受けて夏バテの状態になってしまったのだ。
「でも、瑞希お姉ちゃんのお料理で回復して……お食事のありがたみを知ったの。それに、お姉ちゃんの料理のおいしさときたら……! 私のそば付きの女官たちにも評判なの。それでね」
紅妃の苦労話は、あっさりと紅妃自身の手で終わらされた。あとくされのない、いい性格だ。
いじめられたことを、今はもうすっかり乗り越えている。というよりは、気にも留めていない。
好ましい少女だ。屈託のない笑顔も、かわいらしい。
あと五年もすれば、金栄も驚くほどの素敵な女性に育つだろう。
「それで、お姉ちゃん。わたしにもお料理を教えてほしいの!」
「え。ええ!?」
「無理かしら? でも、そうでもしないと、女官たちに、おいしいお料理をふるまえないし」
「え、っと。その話だと、紅妃さまが、下のものに料理をふるまうと?」
そんなこと、普通の後宮妃はしないというのに。どこまでもお人よしで、人間臭い。
しかし、雲妃も、夜妃も、うん、とうなずく。
「わたくしも、教えていただきたいわ」
「わたくしも。肌のぱっくも、自分で作れるようになりたいし……なにより、自分で霊獣さまに供物を作れてこそ、後宮妃として一人前ですもの」
かくして、瑞希は三人の妃に料理を教えることとなった。
「久しいわねえ。このわくわく。腕が鳴るわね」
瑞希はノリノリである。
麒麟宮の厨房に移動して、まず前掛けをして手を洗う。
「手指に傷があるときは、絶対に料理をしてはなりません」
「なぜ? 包丁で傷くらい、料理人なら」
「いいえ。黄色ブドウ球菌という食中毒菌が、手の膿には存在します。この菌は、加熱すれば死にますが、菌が生み出した毒素は加熱でもなくなりません。普通の食中毒菌は、中心温度七十五度で一分で死にますが、黄色ブドウ球菌だけは別です」
「ええと、はい。つまり、手の毒がついてしまうので、料理をしてはならぬと」
夜妃は呑み込みが早い。そして、瑞希の言いたいことの要点をまとめる才能があった。
「わかったわ。じゃ、お姉ちゃん、次は?」
「次は、立ち方。まな板に対して、利き腕の足を半歩後ろに引いて立ちます」
そうすると、右手がまな板の右から左、全体を使えるようになる。
まな板に対して平行に立つと、右手がまな板に対して斜めになるから、有効的な使い方ができない。
「本当だわ、この立ち方だと、まな板の右から左に向かって、手を動かせる!」
雲妃が包丁をもって、実際に切るしぐさをする。
「お姉ちゃん、早く包丁!」
「紅妃さまはせっかちね。じゃあ、包丁をもって」
中華包丁は、切る、つぶす、ができる大きな包丁だ。その重さを利用すれば、食材はきれいに切りそろえることができる。
そばにあった手頃な生姜を切っていく。
基本的に、中華の薄切りは縦ではなく横にスライスする。
スライスしたら、端からとんとんとリズミカルに千切りにする。鮮やかな手つきにみなが見とれた。
「すごい……! 生姜の千切りがこんなに均等に、細く」
「はい。包丁は基本中の基本。千切りの練習は欠かさずに」
それから、中華鍋を持ってきて、軽くチャーハンを作ることにする。
「昨日の残りの焼き豚を角切りにして。長ネギはみじん切り。ご飯はもうすぐ炊けるから」
先に卵を鍋に入れて、素早くかき混ぜたらご飯を加える。それを、豪快に振って、ご飯をパラパラにするために、火にあてるようにあおる。
これがまた、一苦労だ。
女には中華鍋は重く、隣の妃たちはひとたびすらあおることができない。
そうこうするうちに、パラパラのチャーハンの出来上がりだ。
「ささ、熱いうちに召し上がれ?」
出された、山の形を模した料理を、レンゲで口に入れる妃たち。
「んふう! おねえちゃん、これ、お米のお料理の中で一番好きです」
「これは……癖になりますわね。パラパラの食感がいいわ」
「わたくしも……肌が気になるので、たくさんは無理ですが……米料理の一品に加えたいです」
雲妃の肌荒れは、油や糖質を制限するように、と指導したばかりなのに、雲妃はそれをちゃんと守っているようで、瑞希はそれがなんだかうれしかった。
栄養指導をしたところで、それを守るか守らないかは個々人による。
けれど、食事とは生きること。生きる上で食事を制限されたら、誰だって耐えられなくなる。
「雲妃さま。おそらく、肌のほうも、それほど厳しくしなくとも。亜鉛とミネラルを摂られれば、糖質と脂質はほどほどにすれば食べられますよ」
「まあ、そうなの? よかった。食養生、少しだけつらかったのです」
そりゃあ、糖質と油はうまみの塊だ。制限なんてできるはずもない。
十九歳といえばまだまだ食べ盛り。
「それでは、今日はこの辺で」
その日以来、少しずつ瑞希の料理を妃に教える時間ができていく。
けれどなにぶん、青龍さまの体調が、気がかりだ。




