6-1、雲妃の励まし、皇帝のささやき
六、青龍宮の桃妃
瑞希が再び部屋にこもって二週間、訪ねてきたのは白虎宮の妃、雲妃だった。
その顔に、面紗はない。
「あ……肌、よくなったのですね」
「神女さまのおかげです。お食事を見直し、あのはちみつと酒粕を肌に塗ったら、この通り」
それで、と雲妃が言いにくそうに手を絡ませた。
「ありがとう存じます。あなたは確かに、神女さまなのだわ」
「私がそんなたいそうなこと……あの知識は、未来では当たり前のものなんです」
「未来……? 神女さまは、未来からいらした、とでも?」
しまった、と言わんばかりに、瑞希が動揺する。
雲妃はそれだけで、この話が本当なのだと悟る。
「神女さまの出自は……陛下には黙っておきます。言うと、なにか不都合があるのでしょう?」
「それは……そうなのですが。よいのですか?」
「いいもなにも。命の恩人に、恩返しするのは当然のことよ」
雲妃は、寝台に座る瑞希に近づき、その手を力強く、握った。
「白虎宮はわたくしが守ります。残るは、青龍の桃妃さま。この方は、陛下にとって特別なお方なのです」
「特別、とは」
あえてしらを切った。初恋の人、そう金栄から聞いていたのに。
「兄弟のように育った、いとこなのだと聞いております」
「いとこ……確かに、いとこは婚姻は許される姻戚でしたね」
「はい。ゆえに、複雑なのです。姉と弟のように育ったとは聞いておりますが……わたくしがみるに、あの関係は……」
はたと、瑞希の視線が雲妃の後ろにあることに気づき、雲妃は振り返る。
金栄の姿が、在った。
「わたしと桃妃が、なんだというのだ」
「いえ。なんでもございません」
雲妃は、そのまま麒麟宮をあとにする。
残された瑞希は、気まずさから金栄から顔をそらす。
寝台に横になり、布団を頭からかぶる――しかし、それを金栄が引っぺがした。
「なにをなさるのです」
「そなたは言った。引きこもっていたら気が病むと。夜妃も紅妃も案じている。麒麟さまも朱雀さまも。新たな白虎さまでさえ、そなたを案じているというのに」
金栄は、寝間着姿の瑞希の手を引き立ち上がらせて、麒麟宮へと連れていく。
麒麟宮には、麒麟、朱雀、玄武、白虎がそろい、雲妃、夜妃、紅妃もそろっていた。
やつれた瑞希を見て、みな、苦笑している。
「食べねば生きてゆけませぬよ。神女さま」
夜妃は、茶杯に菊花を入れてお湯を注ぐ。
玄武は心配そうに足元にすり寄り、麒麟が『みー』と鳴いている。
新しく生まれた白虎の赤子は、『あぶう』と雲妃になついて笑っている。
平和が、そこにあった。
「見ろ。そなたはないものばかり数えて、救ったものを見ていない」
「そう、ですね。そうです。ですが、陛下もおわかりでしょう? ひとは持ち得るものよりも、持たざるものに固執する」
「ならばもう、やめるか?」
「やめる?」
「神女を、降りろと言っている」
言われて、なんだか腹が立った。
この皇帝は、身勝手だ。
瑞希のことを神女だと定めたのは金栄のほうであるし、そうだ。
そもそも、瑞希がこの世界にこだわるのは。
「私、まだやることがあるんです。思い出しました」
瑞希は夫を愛している。誰よりも。今も過去も、これからも。
だから、ここで皇帝を死なせるわけにはいかないのだ。
皇帝の安泰は、すなわち霊獣の安泰。
「はあ、なんだかおなかが減ったわ。陛下、厨房をお借りしても?」
「やっと立ち直ったか。立ち直ってそうそうに料理とは、そなたらしい」
「それが私ですので。亀の甲より年の功、ってね。私より先に死んだ人なんて、同級生にも友達にも、ご近所さんにもたくさんいたわ」
だから瑞希は、今を大事に生きようと思う。
おじいさんが生きていたら、きっとそういうだろう。
『がうがう』
と白虎の赤ん坊が瑞希に吠える。
「神女さま。白虎さまったら、赤子なのに金の気の食べものを所望していて。なにか作っていただけませんか?」
「いいわね。じゃあ、久しぶりにあれにしますか。若者に爆裂人気の、『マーラータン』よ」
「あら? その響きは、この国の料理ね?」
夜妃が笑う。紅妃も笑って、今日も平和な麒麟宮である。




