5-5、皇帝との気分転換と桃妃との秘密
気分転換に、との申し出は正直ありがたかったため、瑞希は中級貴族の格好をさせられて、市井に繰り出す。
しかし。
「へ、陛下! 馬、怖いです!」
「なに、輿が使えぬゆえ、少しでも早く走るのは馬がよい」
「そういう問題では!」
「大丈夫だ、私は文武両道、馬の扱いは王宮一だ」
ああもう、マイペースな金栄にのまれていく。
破天荒な一面を持ち合わせるうら若い青年に、慰められるなんてふがいない。
本当は、金栄だって白虎の死を悼んでいるはずなのに。
それよりも、雲妃のほうが。
「ついたぞ!」
夏真っ盛り。
朱雀が回復したことにより、草木は咲き誇り、あたりはあたたかな光に包まれている。
蓮畑だ。
「古代蓮……! きれい」
「知っているか? 蓮は咲く際、音がする」
「音が?」
ああ、と金栄が耳に手を当てて畑のほうに傾ける。
瑞希もならってそうすると、ふわりと耳にくすぐったい音がした。
「本当ですね。蓮ってこんなにきれいなのですね」
「ああ……そなた、この先のことだが」
ここでそれを切り出すのはずるい。
金栄は瑞希の両肩をそっとつかむ。
「星読みに頼んで、どうにかそなたを元の世界に戻せるよう計らおう」
「……それは、先ほど無理だとおっしゃっていましたよね」
霊獣が回復しなければ、瑞希は神女としてこの世界に縛られ続ける。
それは、多少なりとも瑞希が霊獣に触れあう中で、『直感的に』も正しいと感じていた。
「私……途中で投げ出しはしません。ただ」
「ただ?」
「もう少し、時間が欲しいのです」
おじいさんのことも、白虎のことも。
簡単に割り切れるはずがない。
「私、おじいさんが亡くなってから、抜け殻のように割烹を営んできて。忙しさでおじいさんを忘れるように努めましたけれど」
「ああ」
「でも、ずっと、悲しみのとげが刺さったまま。心がとまっているんです。おばあちゃんなのに」
「……さようか」
おばあちゃん、とは、瑞希が八十二年生きてきたからだろう、と金栄は思った。
見た目は金栄よりふたつ上なだけなのに、発言は確かに重みがある。そこらの二十五のおなごにしては、この神女は達観しすぎている。
だからこそ、人とのつながりを恐れる。
長く、長く、人とふれあってきたからこそ。
「だが、そう時間はやれぬ。霊獣さまの命がかかっているのでな」
「わかっております……それに、赤ちゃんたちのお世話も……」
指さした金栄の手には、ひっかき傷がたくさんある。霊獣にやられたのだ。
それでも金栄は、嫌われようがなんだろうが、霊獣を世話している。
「本来は私の役割なのに。みなさんに押し付けてしまってますね」
「いい。そなたは少し、抱え込みすぎなのだ」
金栄が蓮畑を見る。
「残る青龍宮の桃妃は……」
「桃妃さまは?」
「わたしの初恋の、相手だ」
ひゅっと風が吹き抜ける。
それをなんで、瑞希に言うのだろうか。
瑞希の手を、金栄が握った。あたたかい。
「だが、初恋はあくまで初恋。いまは別に、慕う者たちが、いる」
『たち』というからには、後宮妃たちなのだろうな、と瑞希は思う。
断じてその感情は、瑞希に向けられてはならない。
瑞希は、神女として、いつか妃たちの中から皇后を選ばなければならない。
そうしたとき、妃たちとの仲は今まで通りにいくのだろうか。
「陛下は意地の悪い。おじいさんとは似ても似つきませんね」
「ああ、私は『老人』ではないからな」
そうして、少しばかりの息抜きを終えて、瑞希は再び麒麟宮に閉じこもる。
やはり、息抜きをしたといったって、誰かの死に、慣れることはあるはずもない




