5-4、神女だって無力
麒麟宮の隣には、瑞希の居所が与えられている。
その部屋にこもり、瑞希はしゃがみこんで頭を抱えた。
「おじいさん、帰りたい。おじいさん。なんで私がこの世界に? おじいさんの導きなの? ねえ、おじいさん、教えてくださいよ」
音もなく、扉が開かれる。
「なんだ、そなた。そなたでも霊獣の死には動揺するのだな」
振り向き、思わずその胸に縋りつく。
「おじいさん! 私、おじいさんが幸せだったのだと、自分に言い聞かせてきましたけれど。本当は、自信なんてなくてっ!」
「ああ。『おじいさん』は幸せだったに違いない」
「でも、でも。わたしより先に死ぬなんて、あんまりだわ」
「そうだな。残されたものは、みな大なり小なり苦しむ」
そこではたと、瑞希は縋った相手が金栄なのだと気づく。
「も、申し訳ありません。取り乱しました」
「そなたの夫は、死んでいたのだな」
「そ、それは……」
「いい。この際そのことは。白虎さまのことは雲妃から聞いた。そなたにはなんの落ち度もない」
「……そう、でしょうか」
心を込めて作った料理でなければ、供物は意味をなさない。ならばあの料理は、瑞希のおごりの産物ではないのだろうか。
雲妃を救いたいなんて建前で、自分の知識をひけらかしたいだけだったのやも。
昔を思い出す。
栄養士の制度ができたばかりのころは、認知度もなく、苦労した。
なにが栄養指導だ、と馬鹿にされた。
管理栄養士が国家試験制度になったらなったで、無試験で管理栄養士になったと気後れして。
おじいさんと営んでいた割烹は楽しかった。けれどどこかで、料理に関係ない人生を送っていたら、どんな人生になったのかと考えることもあった。
「そなた……雲妃のことは、礼を言う。そなたの料理は、美味であったと申していた」
「召し上がった、のですね」
「ああ。はちみつと酒粕のさらしも。使うと申していた」
「それは、ようございました。陛下、無礼を承知で申し上げます。しばらくひとりにさせてください」
「……ああ、それがいいだろう。そなたのそのような顔、霊獣たちも心配するだろう」
金栄は瑞希を置いて、部屋を出ていった。
麒麟宮の隣の部屋からは、霊獣たちの喧嘩する声が聞こえる。それをたしなめる夜妃、紅妃の声も。
「あちらの世界から私がいなくなって、子供たちは悲しんでいるのかしら?」
今までが楽観的過ぎた。
この世界に来たということは、あちらの世界の瑞希はいなくなった、ということなのだろうか。
だとしたら、あちらの瑞希は死んだ。と考えるのが自然だ。
「私、帰らないと」
だけれど、どうやれば元の世界に帰れるのか、瑞希には皆目見当もつかなかった。
そうして、金栄も許可して瑞希をひとりにしたのだが、いかんせん、本当に瑞希はどこにも顔を出さない。
麒麟宮には女官たちが食事を運ぶが、扉の前に置かせるだけで、誰も中に入れないのだという。
最初は金栄も我慢した。
神女としての自覚がないのかと思っていたのだが、どうやら白虎が死したことに相当参っているようだった。
だから、傷が癒えるまで待とうと思っていた。
のだが。
「一週間、と、二日。さすがに」
食事はとっているようだったが、さすがになんの音沙汰もないと、金栄は我慢できなくなる。
政務を早々に切り上げて――そもそも、瑞希のことが頭から離れず、政務どころではないため、金栄は麒麟宮へと足を向ける。
「神女、いるか!?」
どん、と扉をたたいても、中から返事はない。
もう一度たたくが、返事はない。
扉の前には、半分だけ食べた食事の食器が置かれている。
このままでいいわけがない。
金栄は半ば無理やり、麒麟宮の扉を開けるのだった。
「陛下!?」
「そなた……そのようにやつれて」
そ、と寝台に座る瑞希の頬に手を添えて、そのまま額、首の裏に手を当てて熱を測る。
「熱はない、体調は?」
「体調は……なにもありませんよ。ただ私が、精神的に弱いだけです」
神女だという自覚は今もない。ないのに、なぜだか白虎が死んだことが今でも信じられなくて、瑞希はずっと、寝台でゴロゴロしながら天井を眺める毎日だった。
あの白虎さまを助けられなかったことが、なぜだかおじいさんの最期と重なる。
おじいさんは、なにを思って自分の先祖は皇帝などと言ったのだろう。
なにを思って、瑞希をこの世界に連れてきたのだろう。
もしも、瑞希の考えが的外れだったら。つまり、金栄がおじいさんの先祖でもなんでもない、ただの他人の空似だったら、この世界に居続ける理由なんてない。
ということに、今さら気づいた。
気づいたけれど、遅すぎた。
去るにしても、この世界に愛着がわきすぎた。
霊獣に、妃たちに、そして目の前にいる、金栄に。
「陛下。私はもう、帰りたいので。ここを訪ねるのはおやめください」
「帰るにしても、星読みによれば、霊獣、五神そろいしとき、と言われたのだが?」
つまり、残りの霊獣の気も回復させなければ、瑞希は元の世界に帰れないらしい。そんな馬鹿な。
「陛下。それでも私は、帰りたいです」
「……思えば、そなたはこの世界の人間ではないのだったな。どれ」
ぱん、と金栄が手をたたくと、女官たちが襦裙と化粧品をもって部屋に入ってくる。
「陛下!?」
「市井を案内しよう。なに、ただの気分転換だ。外の空気を吸えば、多少は気持ちも楽になろう」
そんな風に、柔らかに笑わないでほしかった。
後宮にあまたの妃を召し抱えているくせに、神女ひとりのために、市井に出かけるなんてこと。
おじいさん、これは決して、浮気ではないのですよ……。




