5-3、え。なんで。
「白虎さま。神女? の瑞希、参りました」
『入りたもれ』
その声は、しわがれていた。
きいと扉を開けてそこに入ると、大きな老白虎が、そこに寝ころんでいた。
前足を交差させて、その上に顎をのせている。
息苦しそうに目を細め、しかし雲妃を見て、笑った。
『やっと逢いに来てくれたか、雲』
「白虎……さま」
霊獣の妃と霊獣には、確かにただならぬえにしは、ある。
一目見て、雲妃は自分が間違っていたことに気づく。
「供物を作らず、わたくしを……待っていてくださったのですね」
『ああ。雲。そなたの霊獣じゃからな。そして神女よ。礼を言う。わしは死ぬ前に、雲に会えた』
「し、死ぬなどと!」
雲妃が慌てて白虎にすがる。体温は、ない。
供物を与えられない霊獣は、弱り果てて死んでいく。しかし、その供物だって、瑞希が『正しく』作らなければ、わずかばかりの栄養にしかならない。
白虎の気をただすのは、金の食べ物。つまり、白い食べ物や辛い食べ物だ。
「雲妃さま、そのまま白虎さまの意識を保つために、語り続けてください!」
「神女さま!?」
「すぐに戻ります! 白虎さまを救う手立てがあるのです!」
老齢の白虎は死するのが自然の理。
それでも、雲妃とのわだかまりが解けて間もない今、死なせるわけにはいかない。
たとえ理に背こうとも、瑞希は白虎を助けたかった。
白虎宮から牡蠣のミルク煮とアーモンド寒天を持ってきて、瑞希はそれを白虎にささげた。
「お召し上がりください」
『ああ、最後の食事には、もってこいのごちそうだな』
白虎が震える足で立ち上がり、瑞希の作った料理を口に入れる。
瞬間、白虎の体が光り――しかし、その姿が麒麟たちのように、『幼く』なることはなかった。
ばたり、と、白虎が、倒れた。
「白虎さま!?」
雲妃が白虎に走り寄る。その首に抱き着いて、別れを惜しむ。
『雲。私のかわいい妃。我が息子を……頼む……』
そのまま、白虎は息を引き取った。
「え……?」
とは、瑞希の間抜けな声である。
「なんで? 麒麟さまや玄武さま、朱雀さまは、『幼い姿』になったのに」
助けられると、おごっていた。
供物をささげれば、助かると。
「なんで。なんで? ちゃんと供物、召し上がったじゃない」
立ち尽くす瑞希に、しかし気丈にふるまうのは、雲妃のほうだった。
「神女さま。白虎さまの最期に立ち会えたこと。感謝します。そして私は、後宮を去り――」
『みゃう』
聞こえた鳴き声に雲妃が振り返る。
亡骸の向こうに、小さな白虎の姿があった。
「白虎さま……?」
雲妃が、生まれたての白虎の赤子に歩み寄る。『みゃう』と鳴いて、白虎は雲妃の前にひざまずいた。
「わたくしを……こんなわたくしを主と認めてくださるのですね。……神女さま」
「……はい」
「わたくしは、この白虎さまのために、後宮に骨をうずめます。ゆえに、供物を。供物の作り方を、教えていただけませんか?」
いつもの瑞希なら、喜んで返事をするところだが、なにぶん、目の前の大きな白虎の亡骸が、それを阻んだ。
「私……」
おじいさんを思い出す。
あの日もおじいさんは、普通に病院のベッドに寝ていた。
不可思議な先祖の話をした時だって、元気そうに見えた。
死とは、あっけなく訪れる。
後悔はいつだって、身を焦がす。
「あっ、神女さま!?」
瑞希は白虎宮を走り出ていた。
「なんで、なんで。なんで。どうして? 死ぬの? 私はいつだって、なにも、できない!」
無力感に打ちひしがれて、瑞希は麒麟宮へと走っていった。




