4-3、キャロットケーキ、なつめいりハーブティー、
いったん王宮に戻り、手に入った材料を見渡す。
「なつめ……生のなつめをハーブティーに入れて……西洋人参も手に入った。スポンジケーキは……」
厨房の料理人たちは、昼休憩で今はいない――というよりは、瑞希が来ると知って散っていった。
また、メレンゲだのを所望されるのはわかり切ったことだからだ。
「さすがに、スポンジケーキの泡立てと、生クリームの泡立てをひとりでやるのは骨が折れるし」
ハンドミキサーなどない時代だから、本当に重労働なのだ。
「あ! キャロットケーキにしましょうかね!」
早速瑞希は料理にとりかかる。
キャロットケーキは、戦中の、砂糖が貴重品となった時代に生まれたともいわれている。
砂糖の代わりに、甘みのある野菜である人参をたくさん入れたケーキは、日本でも一時期大ブームになった。
「人参をすりおろして。スパイスと小麦粉を混ぜる。ああ、スパイスアレルギーも考えて、クミンはだめね。カルダモン、丁子に、あとはシナモン」
油は植物油だ。それから、ベーキングパウダーや重曹の代わりに、木灰を入れる。
多少味に影響はあるが、人参の重たい生地にはふくらし粉は必須だ。
「混ぜたら丸い型に流し込んで、ダッチオーブン!」
ダッチオーブンは画期的だ。
分厚い蓋つきの鉄鍋を、上と下から加熱することでオーブンのように上火と下火で加熱することができる。
「まあるい型もいただいてきたし」
今日のは形よくできそうだ。
焼いている間に、フロスティングを作る。これは、クリームチーズに砂糖とレモン汁を加えて作るものだ。
クリームチーズはもらい損ねたから、ヨーグルトを水切りして、レモン汁と砂糖を加える。
「焼きあがったら……本当は一晩おきたいけれど」
フロスティングを上にたっぷり塗って、キャロットケーキの完成だ。
折よく、金栄がやってくる。
「陛下。ちょうどよかったです。今できたところで」
「なるほど、かようなかぐわしいにおい……」
「ええ。切り分けて、麒麟宮にもっていきますので、お待ちくださいませ?」
しかし、そわそわと金栄は落ち着かない。
はあ、と瑞希はため息をついて。
「では、一口だけですよ?」
切り分けたキャロットケーキを一口大にし、フォークに刺して金栄に渡した。
西洋のカトラリーがあるのはさすが王宮といったところである。
「んん!? これは……素朴な甘さがなんとも美味だ」
「これ、ほとんど人参の甘さ――あ、人参とは高麗人参ではなく、西洋人参です」
「なるほど、野菜でかような甘みを?」
「はい、意外な組み合わせですよね」
瑞希が笑うと、金栄があからさまに顔をそらした。
自分から話題をふっておいて、なんで気まずい雰囲気になるのか。
それでも、瑞希は気にしない。
西洋のきれいなケーキ皿にケーキを盛り付けて、配膳係に渡していく。
「たくさん焼いたので、女官さまや料理人さまたちも、召し上がってくださいね!」
厨房の奥でひっそりと瑞希を見ていた料理人たちに、声を大きく伝える。
「ひっ、見つかっていた!?」
「おまえが身を乗り出すから」
「しかし、神女さまの料理は、勉強になる」
いつの時代も料理人とは、こうなのだ。
「まあ、亀の甲より年の功ってね。私だって、見知らぬ料理を作る料理人を前に、好奇心なんて抑えられないもの」
途中から、瑞希は料理人たちの気配に気づいていた。気づいていて、わざと見えぬふりをした。そのくせ、手際が見えるようにアングルを工夫して――つまり、瑞希の手元が見えるように立って、料理人たちにわざわざ調理過程を見せていたのだった。
麒麟宮に行くと、夜妃と紅妃が、玄武や朱雀、麒麟とともに今か今かと待ちわびていた。
「おなかが減ったわ」
「わたくしも」
『みゃあ』
『まったく。遅いわ、瑞希』
「おいしいものは時間がかかるんだわよ」
卓の上にケーキとハーブティーを載せて、銀色のフォークを添える。
紅妃が、待ってましたとフォークでケーキを切り取って、大きな口に放り込んだ。
「あまぁ! 幸せ! いつも思うけれど、お姉ちゃんのお料理は、おいしいのよ。なにが違うのかしら」
「わたくしもそれは思います。きっと、愛情が隠し味なのですわね」
夜妃も至福の表情でキャロットケーキを食している。
傍ら、金栄は先に霊獣たちに供物をささげる。
『みー!』
「いてて。麒麟さま、わたしがまだお嫌いですか」
「それよりも……甘えているのかもしれませんね」
瑞希もキャロットケーキを食べながら、何の気なしに言った。
「甘える? ひっかくのが?」
「ええ。その。子犬の甘噛みみたいなものかと」
麒麟は、瑞希を取られまいと金栄をひっかくのかと瑞希も思っていたのだが、この様子からはそうは見えない。
麒麟は笑っている。
「じゃれているのかも。同じ『子供』として」
「なに? わたしは大人だが」
「まあ、たかだか二十三の若い男でしょうに。私から見たら、麒麟さまも陛下も、十分に子供だわね」
「だからそなた、そなたとは二つしか変わらぬ……」
この論議は何度やっても無駄だ。
なぜだかこの神女には言いくるめられてしまう。
もしかすると本当に、瑞希は長い年月を生きたのやも。だからこそ、神女に選ばれたのやも。そういった思いがぬぐい切れず、金栄はいつもあやふやになる。
「さて。わたしも食すとしよう」
ふう、とため息をつく金栄のまなざしに、最初のころのような冷たさはない。
「やはり、原因は食、なのだわね」
「なにか言ったか?」
「いいえ」
栄養改革への道のりは、始まったばかりだ。




