4-2、西洋館のヨーグルト、ジャムとハーブ。あ、コーヒーはお嫌いなのね
西洋館に来て、金栄があいさつすると、西洋館の主、ケイトが出迎えた。
「ケイトと申しまス」
流ちょうな言葉に驚く。
瑞希を見て、その手の甲に口づけると、金栄が咳払いして瑞希の前に出た。
「久しいな。ケイト卿」
「久しぶりです、皇帝陛下」
いいながら、ケイトは紅妃や夜妃の手の甲にも口づけるのに、先ほどのように金栄は『取り乱さない』。
この皇帝の考えがわからない。
「かばうべきは、後宮妃さまのほうなのに。私、頼りない……?」
なにか、粗相をすると思われたのだろうか。だから、ケイトとの距離を取られた。
そう解釈して、瑞希は肩を落とす、こともなく。
「ケイト卿。ヨーグルトを仕入れたいのですが」
「オウ、ヨーグルト? この国では、乳製品は嫌われるノニ」
ヨーグルトは酸味もあるし、乳製品だって、東洋で食べられるようになったのは近代化が進んでからだ。
それでも、発酵食品で体を整える必要がある。
でなければ、肉アレルギーなどを発症するような、『免疫』状態を改善できない。
栄養改革の第一歩は、食生活の和洋折衷化。
日本人の歴史上、もっとも栄養のバランスが良かった時代は、昭和中期。
給食ではクジラの肉やシチューが出されるような時代。
週に何回か、給食でパンが出された時代。
家では魚中心の食事を、給食で週に何回かの西洋料理を。
そんな食生活の時代こそが、もっともバランスの良かった時代とされる。
皮肉なものだ。
戦後経済成長で西洋文化が入ってきた初期の、和の食事と西洋の食事が混ざり合い始めたその時機こそが、理想の食卓だとは、管理栄養士ならだれもが知っている。
バランスの取れた一汁三菜の食卓は、今後、中大国も見習いたいところである。
なにしろ中大国の食事は色どりこそいいものの、脂っこく、品数が多い。
「では、ヨーグルトに……ジャムも! コーヒーも体にいいので欲しいです」
とはいえ、カフェインは摂りすぎれば毒になる。
コーヒーには血管を丈夫にしたり、血糖値を下げる働きがあると言われている。ただし、妊婦は飲めない、ということは、カフェインが本来は人間にとって毒であることを物語るのは十分だ。
人間は、長い歴史の中で毒を分解する力を手に入れた。
例えば、ネギなどは犬には禁忌であるが、犬にとって毒である成分も、人間は難なく消化できてしまう。そういうふうに、毒を無毒化する体に進化した人間の食への探求心は、とどまるところをしらない。
「これは……まよねいずをほうふつとさせる」
ケイトが器にヨーグルトを盛り付けて持ってくる。
しかめっ面で、金栄がそれを口に入れた。
「酸い……! やはり、これはまよねいずの再来だ」
「まあまあ。あの、ケイト卿、ジャムはありますか?」
「ありまス」
そういって、ケイトはすべてを察したかのように、ヨーグルトの中にジャムを載せた。
「これは……?」
「西洋のイチゴ、ブルーベリーなど果物ののジャムです」
「ジャム……?」
「果物を大量の砂糖で煮詰めた保存食品です。マントウに載せても美味しいですよ?」
さて。
夜妃たちもおそるおそる、ジャムを載せたヨーグルトを口に入れる。
甘みが酸味を消して、乳製品のまろみを際立たせている。
「おいしい!」
と、一番に適応したのは紅妃だ。まだ十五歳の育ちざかりは、異国の文化へのなじみも早い。
一般的に、人間は大人になると味に鈍くなる。
小さい頃は嫌いだった食べ物が、大人になると食べられるようになるのはこのせいだ。
味蕾という細胞が舌にはあって、その細胞は年とともに減る。
だから、ピーマンが嫌いな子供でも、大人になればそれを難なく食せるようになる。
「まあ、でも。紅妃さまは、子供ゆえの好奇心が、味蕾に勝った、ってところかねえ」
しみじみしながら、瑞希もヨーグルトを口にする。
すっぱいが、本来の力強い味を感じる。
未来世界でのヨーグルトは、各社が工夫を凝らして食べやすくしているから、今食べたヨーグルトほど癖がない。
「ああ、これが本場のヨーグルトの味なのだわね!」
「なんだそなた、そなたも食したことがなかったのか?」
「いいえ。本場のものはないだけで、ヨーグルトは日常でしたよ」
これを水切りすれば、簡易的なレアチーズケーキにもなるし。と瑞希がつぶやいたのを、金栄は聞き逃さなかった。
「ケーキ、とは。甘味のことだな」
「耳だけはいいんですから。はい、さようです。ヨーグルトを使ったレアチーズケーキは、それはもうおいしいものですよ」
「わ、私! 瑞希おねえちゃんのけえき、楽しみだわ!」
「わたくしも!」
いつの間にか、紅妃が瑞希を『お姉ちゃん』と呼んでいる。玄武の影響だ。
しかし、誰もそれを責めない。
妃たちは異国の料理を気に入ったようで、ヨーグルトはあっという間になくなっていた。
「あとは……ハーブも欲しいですね」
香辛料のアレルギーはまだ時々症状が出るものがいるから注意は必要だが。肉の臭み消しにローズマリーやタイムなど、これがあることでだいぶ料理の幅が広がる。
「それでは、ハーブも用意いたしマス」
ケイト卿が、ガサゴソと裏で探し物をする間、使用人たちが黒い液体をカップになみなみと持ってくる。
コーヒーだ。
「わ、コーヒーね」
「なんだこの、……真っ黒な液体は」
やや引き気味に、金栄はコーヒーを飲む瑞希を見ている。
これにはさすがの紅妃も、
「苦い! 私これ嫌」
「わたくしも……これは飲めませんわ」
「さすがに、一度に多くの文化を取り込むのは難しいわね」
コーヒーをもう一口飲みながら、瑞希は苦笑している。
コーヒーは今では当たり前の飲料だが、西洋でだって、紅茶がコーヒーにとって代わるか時には、様々な反応があったようだし。
ケイト卿がハーブを持ってきて、その場に広げる。
「タイム、ローズマリー、バジルに、こんなにハーブが!」
「はい。ミントのお茶を、用意してまス」
先ほどのコーヒーは、ケイト卿も受け入れられないことを見越していたのだろう。
なみなみカップに残ったコーヒーを片付けて、持ってこられたのは温かいハーブティーだった。
ミント、カモミール、ハイビスカス。
目にも鮮やかなハーブティーだ。
「さあ、ドウゾ」
ケイト卿にすすめられたものの、コーヒーの件があり、誰も口をつけたがらない。
笑い、瑞希が最初にそれを飲んだ。
「苦味はありませんよ。これはどちらかというと……香辛料を煮だしたようなものですから」
「な、ならば……」
妃たちに威厳を示すためにも、金栄が先に口をつける。
「うまい……?」
「そうでしょう? 優しい甘味があります」
「ああ。酸味もほのかに」
「ハイビスカスの味ですね」
紅妃が、覚悟を決めて、目を瞑って一口。そのあと、夜妃も。
「あれ。おいしい?」
紅妃の顔がパッと軽くなる。わかりやすくてかわいい子だ。
「おいしいですわね。わたくし、コーヒーは無理ですが、こちらは好きです」
夜妃の顔も明るい。
「ハーブには美肌効果もありますし」
西洋の果物――りんごなどをもらって、紅茶やハーブティーに入れて出したら、妃たちも喜ぶだろう。
「あの、果物も輸入したく」
瑞希が頼み出るも、ノンノン、とケイト卿は首を横に振った。
「果物は、輸入できないのでス」
「ああ、確かに。長い旅でしおれてしまいますものね」
失念してた。
この時代の貿易はシルクロードか船旅。
見たところ航海の時代はまだ先のようだから、シルクロードともなれば、生鮮品は手に入らないだろう。
「なんだ、そなた。果物でなにを」
「いえ……ハーブティーや紅茶に入れると、おいしいので」
でも、そうだ。生の果物がダメなら。
「じゃあ、ジャムの輸入は?」
「おーけー、おーけー。いけます!」
紅茶にジャムを入れる飲み方もあったのだった。
それに、ジャムがあれば、ケーキも作れる。
スポンジケーキを作って、ジャムを挟んで生クリームでコーティングしたら、ここにいる妃たちはどんな反応を見せるだろうか。
「わくわくするわね、料理を披露する瞬間ときたら」
瑞希がなにを目論むのかわからないながらも、金栄の心も弾んでいる。
つぎなる料理は、どんなにうまいものなのだろうか。
「ここに来たかいがあったというものだな」
「陛下?」
「ああ。そなたは料理をしている時が一番生き生きしているな」
「はい! 私は管理栄養士ですからね!」




