3-8、市井の呪い?違うわね、これは原因があるはずよ!
急激に気温が上がったことで、農民は上を下への大騒ぎだ。
水は潤った、土も肥えた。さらに気温が上がり、農作物は豊作だ。
「ああ、困った、困りましたな」
今日も麒麟宮では、麒麟さまをはじめとする、霊獣たちがおしゃべりをする。
『もう、それは私のだって言ってるでしょう?』
『みー! みー!』
『わたしの供物を取るな、麒麟』
といった具合で、それはもう騒がしい、いや、かわいらしい。
兄弟げんかは日常茶飯事で、麒麟宮には夜妃、紅妃、瑞希が集まりお茶を飲むようになっていた。
「紅妃さま、夏バテはもうよろしいですか?」
「ま、まあ。神女さまのお料理のおかげ、と言わなくもないのですけれど。とにかく、今はどんなものも食べられますわ」
「それはよかったです。夜妃さまは、頭痛はいかがです?」
「よくなっているわ。神女さまのすとれっち。あれがよく効きますの」
麒麟宮の主は金栄であるはずなのに、いつの間にか主が瑞希にすげ変わっている気がする。
金栄などそっちのけで、女子会と子育てよろしく、ワイワイと今日もにぎやかだ。
そんな中、内官が山積みの上書を金栄に持ってきたのだった。
「流行り病、だと?」
「はい、陛下。民の間で、不審な発疹が」
発疹、と聞いて、立ち上がったのは瑞希である。
「中り(アレルギー)ですか?」
「さ、さようでございます、神女さま」
内官が恭しく瑞希にこうべを垂れた。
中り、だとしたら、夏ゆえの食中毒だろうか?
「どのような方が?」
「それが……医官も、共通事項も、食物でもないと」
「食べ物ではないのに、中るのですか?」
症状からして、食物アレルギーか花粉のアレルギーか、なにかの植物にかぶれたか。
最近、金栄の政のおかげで、民の暮らしは幾分かよくなったと聞いている。
「今年は農作物が豊作だから……なにか、毒植物を誤食した……?」
「おい、声に出ているぞ。妃たちが不安がる」
「申し訳ありません」
しかし、この流行り病、なにか裏がありそうだ。
「陛下。外出ってできますか?」
「そなた、立場をわきまえろ。神女がそうそう王宮外になど」
『がるる』
『なんでしゅか』
『わたしのお姉ちゃんの言うことが聞けないの?』
しかし、麒麟と朱雀、玄武の圧に金栄は押し負けた。
「あ、ああ……許可しよう。しかし、条件付きだ」
「条件?」
それがまさか、こんなことになるなんて。
金栄は民を思う名君だ。それは最初に会った時にはわからないことだった。
なにしろ、初めて会った時は冷淡で、しかしそれは、『あれ』が原因だと、断定できそうだと瑞希は思う。
「なぜ、貴族のふりを」
「最近、盗賊が出ているそうでな。輿に乗るにはそれなりの身分は必須」
「し、しかし! こんな! 夫婦のようにふるまう必要はありましたか!?」
前にも同じようなことがあったというのに、瑞希は料理のこと以外は無頓着だ。
市井をめおとが通る、「お似合いねえ」「いやあ、若いとはいいものだな」なんて、民に言われる始末。
「だから! 私はおじいさん一筋だとあれほど!」
「はっ、またその話か。老人の妾などどうでもよいではないか。わたしのほうがどんなにか男前」
「いいえ、いいえ。顔は同じでも、おじいさんのほうが男前でした! 断じて!」
こんな孫ほども年の離れた男の子にだまし討ちされるなんて、自分はなんてのんきな!
瑞希はばれないようにため息をつく。
「さて、と。まずは、あの家か」
金栄は知らん顔で話を進める。
市井に出て、実際に中った家を調査することにしたのだが、いかんせん、みな『隠したがる』。
つまり、家で『中った』ものが出たとなれば、その家は村八分にされる。なにしろ原因がわからないから、移されたらたまらないと、肉も野菜も買えなくなってしまうのだ。
「あの」
「ひっ、うちは誰も中ってないですよ! 貴族が寄ってたかってなんなんだ!」
最初の家には、鶏が飼われていた。毎朝卵を産むからと、最近は農民でも鶏を飼うものも増えてきた。
加えて、軒下には干し肉。
「肉……それ、私も食べていいですか?」
「なん、図々しいにもほどがある!」
しかし、瑞希が金子を渡すと、案外あっさりと干し肉と交換してくれた。
「そなたまさか、それを食すのか?」
「食べますよ、じゃなきゃ、原因がわかりませんもの」
がぶ、と豪快に肉にかじりつく瑞希に苦笑しつつ、輿は次の家に向かう。
猫が家の下で寝ていた。
「本当に、どこから聞いてくるんだか。うちは……確かに中ったよ。でも、私だけで、旦那と子供は中ってない」
「同じものを食べたのに?」
「そうさ。だからね、これは」
奥さんが、瑞希の耳元に顔を寄せる。
「霊獣の呪いなんだってさ。後宮の青龍さまは病んでいらっしゃる。青龍さまは春で木を司るだろう? だから、村人は木を切り倒して対策しているのさ」
市井まで霊獣の話が及んでいるとは。
「ありがとうございました」
何件か回って、中った食材をもらって、瑞希と金栄は王宮へと帰っていく。
「さて。これをどう証明するかなんだわねえ」
中った食材を片っ端から食べてみたものの、瑞希に異常は出ない。
金栄も食べると言ってきかなかったのだが、腐っても皇帝に毒味させられるはずがない。
「だったら、私に免疫があるから?」
でも、食中毒に免疫は関係ない。
免疫と言えば。
「最近、肉食が増えた」
朱雀さまが回復したことで、夏が来て作物は豊かに実り、肉を食せるくらいには豊かな暮らしになってきたのだ。
中には、家畜を買う人間も出てきた。
「家畜……鶏と、あと、猫もいたわね」
管理栄養士としての知識を総動員する。
食物アレルギーには、後発的に発症するものが多々存在する。
先の、スパイスとブタクサの花粉症のように。
「鶏と、猫……あっ!」
思い出した、鳥を飼育していると、加熱不十分な卵や鶏肉のアレルギーがでる、バード・エッグ症候群。猫を飼育していると起こる、ポークキャット症候群。
つまり、裕福になったことで、家畜からのアレルギーを発症する人が増えたのだ。
さらに不運だったのは、
「免疫……日本のように、発酵食品は普及していないし」
アレルギーなどは免疫を高めることで症状を軽くすることができる。ヨーグルトや味噌、納豆、ごぼうなどだ。
「でも、原因が分かったのだから、なんとかなるわね」
早速金栄に中り(アレルギー)の原因を伝えて、家畜に近づく際は、面紗で口を覆うこと、肉で中ったひとは、今後肉を避けることを触書として出すのだった。




