3-6、抹茶淡雪、セロリとパン粉の卵スープ、羊肉とごぼうの八幡巻き
厨房を借りて、瑞希が料理を始める。
心配した夜妃もそばにいる。
「まずは茶葉。紅茶やウーロン茶はあるので、それを発酵させる前の緑茶の段階で仕入たものを乳鉢で粉状にして」
その間に、料理人たち総出でメレンゲを作ってもらう。
古代のお菓子作りは男の仕事、とされたのは、これが理由なのである。バターをクリーム状にするのもそうだし、メレンゲも、バターを分離させるのも、半日がかりの男たちの大仕事だったのである。
金栄の監視もあり、料理人たちは素直に瑞希に従い汗だくでメレンゲを作り終える。
「粉状にした茶葉を水に溶かして、砂糖と寒天を混ぜてよく沸騰させます」
その熱々のシロップを、メレンゲにそっと注ぎ入れる。
後はその生地を、四角い型に流し込んで冷やせば完成だ。
「まあ、冷蔵庫はないようなので……壺に入れて密封して、気化冷却で冷やします」
壺を二重に重ねて、間に濡らした砂を入れる。
その中に寒天液を流した型を入れたら、抹茶淡雪寒の完成だ。
寒天は三十度ほどで固まるが、今は夏のため今回は気化冷却の方法をとった。
「次にセロリの卵スープ」
火の食べ物は赤いものや苦いものだ。ゴーヤが手に入ったらよかったが、今回は手に入らないためセロリを使う。
「セロリは薄く切って、白湯で煮込んだら」
前日の残り物の、からからになったマントウをすりおろしてパン粉にする。
「なんだ、マントウをすりおろす……? まさか、あつものに入れるのか?」
「まあまあ。見ていてください」
すりおろしたパン粉と卵を混ぜ合わせて、セロリのスープに流し入れる。
固まったら混ぜてほぐせば、ふわっふわのセロリ入り卵スープの完成だ。
「なん……見損なったぞ。このような料理」
「わたくしも……これはおいしくないと思いますわ」
夜妃までもが怪訝な目を向けている。
そうだ、誰だって未知のものは怖い。
しかし、未知のものに出会って、それを『おいしい』と知った時、人間はなににも代えがたい喜びを感じることも知っている。
瑞希はふたりに、セロリの卵スープをよそって渡す。
恐る恐る、金栄が匙で卵をすくって口に入れた。
「なんだこの、得も言われぬ食感は」
夜妃も倣って、卵を口に運ぶ。その顔がかんきに染まっていく。
「花卵は、滑らかな来ぬような触感でしたが。こちらは、ワタのようにふわりとした触感……おいしいわ」
「食わず嫌いは損ですよ。これ、私だけの秘伝の卵スープなんです」
瑞希の世界では、コンソメと玉ねぎ、ベーコンを入れてパン粉を混ぜた卵を落とす。
「かように、料理とは自由なものなのだな」
「そうです。すごいでしょう? 料理している時だけは、私は自由に羽ばたけるんです」
それを縛ってしまっているのは自分なのだと、金栄の顔が少しだけ曇る。
しかし、気づいたのは夜妃だけで、瑞希は鼻歌交じりに料理を再開している。
「さて。最後にごぼうを」
「待て。漢方を食すというのか?」
「ああ。そうでしたね。この国では漢方ですが、ごぼうはれっきとした食材です!」
たたきごぼうにするか、きんぴらごぼうにするか迷ったのだが、やはりデザート、スープと来たのでメインディッシュにすることにした。
「八幡巻きを作ります」
「また難解なものを」
八幡巻きにはさまざまあって、鶏肉を使うものと牛肉を使ものがあるのだが、今日は羊肉にした。
羊は火の食材だ。鶏は木、牛肉は土だから、今回は補いたい火である羊を。
羊は癖のある食材だが、八幡巻きのようにこっくりした味付けにすることで臭みが消える。
「羊の肉を観音開きにして厚さを均一にします」
そこに、白湯と塩で下茹でしたごぼうを載せて、巻いていく。
タコ糸で巻いたら、肉に塩を振って焼き付ける。
「よく焼きつけて、油をふき取ったら、白湯、醤油、砂糖で煮込みます」
煮込んだら、しばらく煮汁の中で冷まして完成だ。
出来上がった八幡巻きからタコ糸を取り、一センチ厚さに切り分ける。
「本当は人参を入れると色どりもいいのですが」
人参は西洋のもののためこの国にはない。
どちらにせよ、ごぼうと羊の肉の組み合わせで、目にもおいしい八幡巻きの完成だ。
そわ、と夜妃がよだれをすする。
「召し上がりますか?」
「よろしいの?」
「もちろん!」
切り分けた八幡巻きを、夜妃と金栄に渡す。
照り照りの皮には焼き目がついていて香ばしい。
はく、と口に入れると、味付けしたごぼうと羊の肉が合わさって、口のなかではじける。
「ごぼうが臭みを消しているな」
「そうでしょう? ごぼうってお肉と相性いいんです。漢方だけなんてもったいない」
「本当に。ごぼうのせんじ薬は好きではありませんが、このお料理は、わたくしは好きです」
夜妃もにっこりだった。
最後に、固まった抹茶淡雪。
「不思議だわ。卵白がかようにおいしいものになるなんて」
雪のようにふわりとしたメレンゲが上部に、下部には抹茶の寒天が固まって煮そうになっている。
食感の対比も美味しく、なにより、発酵させない緑茶のうまみに二人は驚いていたようだった。




