3-3、ギャップ萌え紅妃
朱雀宮には、紅妃はいなかった。
「紅妃さまは?」
「それが……朱雀の間に行っており」
「朝食は?」
「今朝は水さえも」
まずい。
瑞希は膳を後宮に置き、先に『あるもの』を作ってから朱雀の間へと向かう。
「陛下は先に、朱雀の間へ! 紅妃さまを、涼しい部屋に移してください!」
夏バテで食事どころか飲み物ものどを通らない。
その状態で朱雀の熱に当てられたら。
案の定、紅妃はぐったりとした状態で、金栄によって後宮へと運ばれてきた。
「意識は?」
「呼びかけには応じるが。もうろうとしている」
寝台に横に寝かせて、瑞希は紅妃の額、わきの下、足の付け根を触る。
「熱がこもっている……! 氷を! 応急措置で、濡らした布を!」
そして、あらかじめ作っておいた、電解水――水に砂糖大さじ一と、塩ふたつまみ。それから、飲みやすくするためにかんきつの汁を混ぜたものを、紅妃にのませる。
「ん……はっ」
ようやく、紅妃の意識がはっきりしてきたようで、ごくごくごく、と勢いよく電解水を飲み干した。
「は……わたくしは……」
しかし、そばに金栄がいることに気づくと、紅妃は慌てて起き上がり、その場に拱手礼した。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまい」
「よい、楽にせよ」
「氷をお持ちしました!」
折よく、紅妃の女官が氷を持ってくる。
「さらしにくるんで、わきの下と足の付け根を冷やしてください」
「やめてっ……! わたくしは朱雀さまのところに行かないとっ」
しかし、この妃、どこまでも気丈にふるまう。
どう見ても、熱中症の一歩手前だ。
瑞希が静止するも、紅妃は起き上がる。
しかし、金栄がそれをいさめた。
「自己管理も妃のつとめぞ?」
「へい、か……」
んん? あれ?
瑞希に対する態度と違いが明らかだった。
「陛下。ですが、わたし、陛下の役に立ちたいんですっ!」
「ならば、五行神女のいうことを聞け」
「むう。五行神女さまは、陛下のなんのです」
「……? 神女は神女に変わりないだろう?」
つまりは、たぶん。
「わ、わかるわあ……私も、旦那さまと付き合っていたころ、旦那さまが誰かにとられやしないかと、ひやひやしましたもの」
「旦那さま……? 神女さまには、旦那さまが?」
「はい。六十年連れ添った旦那さま一筋です」
「一筋? じゃあ、陛下のことは?」
「陛下は……陛下を助けないと、旦那さまも死んでしまうので、仕方なく」
「な、なんだぁ……」
と、脱力して、紅妃はおとなしく氷を脇したに抱え込んだ。
「て、てか! 別にわたくし、陛下のことは……たまたま妃に選ばれて、陛下の妃になっただけですのよ!?」
あー、かわいい。
瑞希はこれが、今時の若者が言っているギャップ萌えなのだろうなとひそやかに笑った。
「では、私は電解水をもう少し作ってきます。一時間――四半刻ごとに一合飲んでください」
そう言って、後宮を出ようとしたのもつかの間。
ぎゅるるる、と、紅妃のおなかが鳴った。
「こ、これは……その。今朝はなにも食べてないから。決して、神女さまの料理だからお腹がすいたわけでは」
卓に載った、瑞希の料理を見て、紅妃が頬を赤らめた。
「ふふ。では、私は電解水を作ってくるので、好きなものだけ召し上がってください」
夏バテには、ビタミンB1が必要だ。
夏バテだと簡単な食べ物で済ませがちになる。そうめんやうどん、冷やし茶漬け。
そうなると、たんぱく質が不足する。糖質過多で、先の金栄のようにビタミンB1が不足して、糖質がエネルギーに変換されなくなる。
するとだるさが出てきて、余計に夏バテで動けなくなる。
夏には酸味や辛いもの、は定番だ。
タラモサラダの里芋にはビタミンが豊富だし、いわしもそうだ。本来はアンチョビを使いたかったが、今回は手軽ないわしで代用した。いわしは栄養が豊富だ。
チキン南蛮はスタミナ満点の肉料理だ。甘酢やタルタルソースが食欲をそそるし、今日はあえてさっぱりした胸肉で作ったから、夏バテした胃に少しは優しいだろう。




