3-2、生姜の酢漬け、里芋タラモ詰めフランスパン、胸肉のチキン南蛮
「なんだ、小麦粉に、からすみ? 生姜と酢……鶏肉? まるで想像がつかぬ」
今日のメニューは、食べやすく、さっぱりと。でもスタミナを。
まず、生姜は皮をむいて薄く切り、二、三分湯がいてから、酢一カップと砂糖大さじ一、塩小さじ一を混ぜた調味液に浸す。
「ガリにしてもいいけれど。砂糖は糖質代謝でエネルギーを使うから。さっぱりした紅ショウガの味付けにして」
「生姜を酢に? そなた、正気か? 生姜は調味料……むぐ」
黙らせるように、生姜の酢漬けを金栄の口に入れると、金栄は咀嚼して、「ふむ」とうなった。
「まだ酢に漬かり切っていないが……生姜の辛味が適度に抜け、酢が食欲を増進させるな」
「そうでしょう? これを刻んで、マヨネーズに入れてもおいしいですよ」
「まよ?」
「まあ、西洋風ジャンですね」
雑に説明されて金栄が不貞腐れる。
しかし瑞希は気にしない。
「昨日仕込んだ、パン生地です」
「マントウの生地をくれというからなにかと思えば。これをどうするのだ?」
「はい。パウンドケーキの時のように、ダッチオーブンで焼きます」
細長く形作って、切り込みを入れて。手に水をつけてこれでもかと振りかける。本当は霧吹きがあったらよかったのだが、ないものは工夫すればいい。
マントウの生地だから多少食感は違ってくるが、瑞希が作っているのはフランスパンだ。
「フランスパンを焼いている間に、里芋を茹でてつぶして、からすみと、イワシをごま油でよく焼いてほぐしたものを混ぜておきます」
「なんだその、まとまりのない献立は」
「まあまあ。で、ここに入れるのが、マヨネーズです」
じゃーん、と出されたのは、白くもったりとした奇妙な物体である。
これには金栄も引き気味に、まるでナメクジでも見るかのような冷ややかな視線を瑞希に向けた。
「これは……食べ物ではない」
「いいえ、これはマヨネーズという、ソースです」
「いいや、このような気持ちの悪い触感の食べ物など!」
そのもったりしたソースを、先ほどの里芋に大量に混ぜる。
「そ、そなた! 後宮妃にさように奇妙なものを! 許すと思うか!」
しかし、瑞希は出来上がった『タラモ』をレンゲにすくって、金栄のほうに差し出した。
「だまされたと思って、どうぞ?」
「し、しかし、あれを混ぜたぞ……?」
「ですが、芋類にあうのです。さあ」
押し負けて、金栄はタラモを口に入れる。
里芋の甘み、いわしの香ばしい味、からすみの塩気。それらを、あのもったりしたものがまとめている。
「う、うまい……?」
「そうでしょう? 食文化って、人生なんですよ」
その昔、日本にマヨネーズが伝来したばかりのころ、マヨネーズはなかなか広まらなかった。
現代のマヨネーズよりも酸味も強く、日本人にはなじみのない味だったからだ。
それが広まったのは、日本の会社が日本人に向けて酸味をマイルドにしたマヨネーズを開発してからのことだった。
「どれ、そのまよねいず、とやらも味見しよう」
「や、それはやめたほうが良いです!」
しかし、止めるのも間に合わず、金栄はマヨネーズを指にすくい口に入れた。
「まずい!」
「ああ、もう……最初はそのままだとそうなりますって」
なにしろ材料は、卵黄に塩、酢を入れて、たっぷりの油を乳化させながら混ぜていくソースなのだ。
この世界には西洋の国も存在するが、中華世界では野菜を生で食べる習慣がないため、ドレッシングなどの文化は発達しなかった。
ゆえに、マヨネーズやドレッシングのような、酸味のある味付けはなじみがない。
「ま、まよねいず、恐ろしいな。里芋のほうは、あんなに美味であったのに」
「まあ、お芋とマヨネーズはあいますから。本当は、じゃがいものほうがおいしいんですけれどね」
さて。
そうこうするうちに、フランスパンが焼きあがる。
「あつ、パリパリに焼けたわ」
フランスパンを取り出して、半分に切って、中身をくりぬく。
中身は後で、まかないで揚げてクルトンか揚げパンにしようと瑞希は思った。
「中身をくりぬいては、食べるところがないではないか」
「まあまあ。このくりぬいたところに、タラモを入れて」
詰めて、とんとんとたたいて奥までタラモを落とす。
全部詰めたら、二センチほどの厚さに切れば、見た目も食欲をそそる、フランスパンのタラモサラダ詰めの出来上がりだ。
「見た目はよいな」
「味もいいですって。味見したいならそう言えばいいのに」
「なにか言ったか?」
「いいえ。一切れ召し上がっていいですよ。私はその間に」
鶏むね肉をたたいて厚さを均等にして、塩を振る。
「タラモ、恐るべし……!」
「気が散るので向こうでやっていただけます?」
「なんだ、つれないな。そなたの料理は、本当に恐ろしいほど美味だ」
タラモサラダとパリパリのフランスパンが、よく合う。
「して、その鶏肉は?」
「はい。小麦粉をはたいて卵にくぐらせたら、揚げます」
「は? 普通は逆では? 卵にくぐらせて小麦粉をはたくのでは?」
「これが『本場』の作り方なんです」
じゅう、と鶏肉を上げている間に、茹で卵と、甘酢を作る。
茹で卵には、先ほどの酢漬けのしょうがをみじん切りにして入れる。玉ねぎもあったため、それのみじん切りにして混ぜ込んだ。
「揚げた鶏肉を甘酢に浸けてから、一口大に切って盛り付けます」
最後にタルタルをかけたら、チキン南蛮の完成だ。
「これは……夏バテの紅妃にはきついのでは?」
「そうですね。全部食べてほしいわけではなく。どれか一つでも、食べられたらと思い、作っております」
熱々のチキン南蛮を見る金栄に、瑞希は箸を渡した。
「一切れだけですよ?」
「ふむ。わかっている」
一切れ挟んで、南蛮酢とタルタルをたっぷりつけて、大きな口でガブリ。
「んんふ! なんだこれは、揚げた肉なのにさっぱりしている。まよねいずが、まよねいずがいい味を出しているのだな」
「適応するの早いですね。そうですね、タルタルソースはなんにでもあいますから」
熱々の料理を膳に載せて、瑞希は朱雀宮に急ぐのだった。




