3-1、夏らしくない夏に夏バテする朱雀宮の紅妃
三、朱雀宮の紅妃
夏だというのに、夏らしい暑さがこない。
だというのに、朱雀宮の主、紅妃は夏バテに臥せっているのだった。
瑞希が朱雀宮を訪ねると、ぐったりとした紅妃は椅子に座り、女官にうちわであおがれていた。
「紅妃さま。神女? の瑞希にございます」
「……」
「紅妃さま?」
「聞こえているわよ。ああもう、なんなの、陛下といい、神女と言い。わたくしだけじゃ、朱雀様を助けられないとお思い……で……」
椅子を立ち上がったかと思えば、そのまま紅妃はへなへなと椅子に座ってしまう。
立ち眩みを起こしたようだった。
聞いた話、紅妃は夏バテで食事もままならないのだとか。
それなのに、毎日朱雀のために供物を作り、ささげているのだから根性だけは大したものである。
しかし、今までの経験からすると。
「紅妃さま。朱雀様にはなにをお供えで?」
「いくら神女でも、無礼が過ぎるわ。わたくしの料理に文句でも?」
少しやりにくい子だ。
後宮妃のかなでも最年少、十五歳と聞いている。
ちなみに、夜妃は二十一で、皇帝は二十三らしい。どちらも歳下――この体よりも若い。
「ですが、朱雀様には、火の食べ物をささげませんと」
「そんなのわかっているわ!」
ばしゃ、と菊花茶を瑞希の顔にかけられて、瑞希は面食らった。
「お、女の子なのに、強い……!」
昔の女は、会社ではお茶くみ、コピーしかやらせてもらえなかった。
結婚したって、旦那に「おーい」と言われたら、なにを所望するのか察してその場にもっていかねばならない。
とはいえ、瑞希の夫はそういうことはなかった。
「瑞希、お茶を入れるけれど、瑞希も飲むかい?」
「あなた、お茶は私がやるのに」
「瑞希は俺の姫君だからね」
そういえば、昔からそんな、よくわからなないことを言っていた気がする。
あの時から、おじいさんは自分の先祖が皇帝だと知っていたのだろうか。
だから、死んだあとこの世界に瑞希を飛ばしたのだろうか。
「紅妃さま。夏バテはともかく、食べねば治りませぬゆえ。私に料理を作らせていただけませんか?」
しかし、紅妃は首を縦には振らなかった。
そば付きの女官がおろおろしている。
「……今日は帰りますね。それでは」
食い下がっても無駄だ。こういう子は、食い下がれば食い下がるほど心を閉ざす。
瑞希は朱雀宮を出て、息を吐き出した。
「思春期、ね。娘を思い出すわ」
十五と言ったら、まだ子供と大人のはざまの年齢。
右も左もわからない少女に、説教をするつもりもないし、諭すつもりもない。
「まあ、一応」
と、向かったのは、朱雀宮の洗濯場だった。
洗濯の下女を捕まえて、瑞希は紅妃の現状を聞きだす。
「紅妃さまのお好きな食べ物はありますか?」
「紅妃さまの……ああ、でも。朱雀宮の主にふさわしく、火の気がお強く」
「火の気、とは」
「四柱(しちゅう・星読み)です。なんでも、八個ある星の内、七個が火なのだとか」
「ああ。ええと、四柱は確か、薬膳でもあったわ……四柱推命ね。なるほど、ありがとうございます」
次の女官は、
「冷たいものをお好みです……ここだけの話、朱雀さまは弱っていらっしゃるとは言え、火の霊獣さまなので、朱雀の間で供物をささげた後は、大汗をかいていらっしゃって」
「なるほど……! それで夏バテを……!」
この国の四季は、霊獣が弱っているためにかってないようなものだった。
しかし、なぜ紅妃が夏バテを起こしたのかと言えば、朱雀の霊獣が火のように熱いからだ。
「まじめな方、なのね」
紅妃は、供物をささげ、食べ終わるまでずっとそばにいるのだという。
そういう責任感から、他者を遠ざけるようになってしまった。
つまり、努力に見合った結果が出ないのは、自分のせいだ。それを他者に助けてもらうなんて、後宮妃としてあってはならない。そう、考えているのだろう。
「夏バテ、ね。じゃあ、私も腕によりをかけないと……!」
その足で、金栄に頼んで食材を調達してもらい、瑞希は翌日、厨房に立った。




