第2話 【システム・ダウン】私が承認ボタンを押さないと王国が停止するらしい(※通知は切ってあります)
「どういうことだ! なぜ王宮内の魔導具がすべて停止している!?」
王都・ルミナス王国の執務室。
アルヴィン王太子は、薄暗い部屋の中で声を荒げていた。
冷暖房を管理する魔石エアコン、書類を各部署に送る転送シューター、さらには夜の王都を照らす魔導街灯まで、あらゆるインフラが沈黙している。
「それが……魔導具のコアに刻まれていた『最適化コード』が、すべて初期化されておりまして……」
「初期化だと!? 専門の宮廷魔術師を呼んで直させろ!」
「呼んだのですが、『こんな複雑な術式、見たこともない。ブラックボックスすぎて手が出せない』と、全員が匙を投げました」
報告に来た文官の言葉に、アルヴィンはギリッと歯を噛み締める。
これまでは、あの地味でつまらない公爵令嬢・セシリアが、裏でチマチマとメンテナンスをしていたはずだ。あいつがいなくなった途端、なぜ国中のインフラがバグり始めるのだ。
「ええい、魔導具は後回しだ! それより、隣国との貿易決済はどうなっている!」
「そ、それが……王宮の予算承認プロセスが完全にストップしておりまして。決裁待ちの書類が、すでに1,000件を超えております!」
文官が指差した先には、山のように積まれた未処理の羊皮紙。
これまで、セシリアが『マクロ機能』と呼ばれる謎の魔法で一瞬にして処理していた膨大な事務作業。それが今、すべて手作業でアルヴィンの元に押し寄せているのだ。
「……これを、俺が全部手書きでサインするのか?」
「はい。なお、物流ギルドからの未払い請求も滞っており、明日には王都の食料供給が完全に停止する見込みです」
「ふ、ふざけるなああああっ!!」
アルヴィンの絶叫が、暗く冷え切った執務室に虚しく響き渡った。
――同時刻。辺境領・ソラリス。
「ん〜っ! この『王室御用達・極上マカロン』、最高に美味しい〜!」
私は修繕されたばかりのふかふかのソファでゴロゴロしながら、お取り寄せした高級スイーツに舌鼓を打っていた。
昨日の『全自動せどりシステム』は一晩で凄まじい利益を叩き出し、私の口座には使い切れないほどのゴールドがプールされている。
『Task.Completed(オチャ、ハイリマシタ)』
メイド仕様にカスタマイズした自動化ゴーレムが、絶妙な温度の紅茶を運んでくる。
最高。まさに至福。労働とは無縁のユートピアがここにある。
ふと、空間に展開したモニタリング・ツールのウィンドウに目をやると、王宮のインフラ稼働率が「0%」を示す真っ赤なエラーログで埋め尽くされていた。
「あーあ。私が組んだ『自動デフラグ(最適化)』のシステム、私が定期的にログインしないとセキュリティロックがかかる仕様にしておいたのよね」
今頃、手作業で山のような書類と格闘しているであろう元婚約者の顔を想像すると、マカロンがさらに美味しく感じる。
「まあ、私を『無能』って言って追放したんだから、自力でなんとかするでしょ。……よし、このログもうるさいから『非表示』っと」
ピッ、と私は王国崩壊の危機をスワイプして消し飛ばし、二つ目のマカロンに手を伸ばした。
――一方その頃。商人ギルド本部。
「ダメだ……この国はもう、物理的にも経済的にも終わっている」
若き天才会計士シリルは、王都の崩壊を示す絶望的なグラフを前に、静かに荷物をまとめていた。
泥舟に乗ったまま沈む趣味はない。
彼の視線は、たった一つの希望――辺境のソラリス領から流れ込んでくる、完璧な商流のデータに向けられていた。
「この完璧な『自動化』を組み上げた謎の天才……。直接会いに行き、この目でシステムを見るしかない!」
シリルは王国のバッジをゴミ箱に捨てると、狂気にも似た情熱を瞳に宿し、辺境行きの馬車へと飛び乗るのだった。




