第16話 【新市場開拓】二度寝していたら、海を越えた「暗黒大陸」からスパム(宣戦布告)が届いた
「セシリア様! 大変です! 我が中央サーバー神殿の最外殻ファイアウォールに対し、海を越えた未開の地『暗黒大陸』を支配する魔族の軍勢から、大量の不正パケット――もとい、数万の『魔獣軍団』による物理的なスパム攻撃(宣戦布告)が検知されました!」
私が幻の魔導天糸で作られた極上のキングサイズベッドで、16時間目の二度寝を満喫していた時のことだ。
システム保守担当のシリルが、今や世界最高峰のスペックとなった魔導キーボードを凄まじいタイピング音で叩きながら、嬉々としてログを報告してきた。
空中ウィンドウを開くと、そこには真っ黒な海を渡り、こちらの経済圏へ向かって咆哮を上げる禍々しい魔獣たちと、それを率いる「魔王軍の四天王」とかいうオブジェクトが映し出されている。
『愚かな人間どもよ! 貴様らが辺境の令嬢のシステムとやらにうつつを抜かし、牙を抜かれたと聞いて攻め込んできてやったわ! この暗黒の力で、貴様らの軟弱なインフラごと貪り尽くしてくれる!』
画面の向こうで、禍々しい鎧を着た四天王がこれ以上ないほどベタな悪役のセリフを吐いている。
「……ふわぁ。シリル、うるさいわ。画面の輝度をさらに下げてって言ったでしょう。暗黒大陸だか何だか知らないけれど、わざわざ海を渡って迷惑メール(宣戦布告)を送りつけてくるなんて、スパム業者並みにモラルが低いのね」
私は高級枕に顔を埋めたまま、完全に寝ぼけた声のまま、人差し指だけを動かしてホログラムキーボードを気怠げにスワイプした。
「セシリア様、いかがいたしますか!? 我が方の『超音速防衛ドローン』を一斉にデプロイし、暗黒大陸ごと物理的に消去いたしますか!?」
「シリル、だから物理的な迎撃は燃料(魔力)コストの無駄だって言ってるでしょう。あいつらは、まだ我がプラットフォームの利便性を知らないから、そんな不毛な肉体労働(侵略)にリソースを割いているのよ。……未開の市場を見つけたら、まずは『無料体験』で囲い込むのが鉄則よ」
私は、暗黒大陸の全域に流れる魔力の波長をハッキングし、彼らの領域に特設の「自動無人販売所」を一瞬で自動ビルド(建築)した。
「仕様変更(パッチ適用):暗黒大陸の全魔族を『新規無料会員』として一括登録。If『魔獣が暴走』している場合、Then『特製マナ鎮静サプリメント』を空中から無料エアドロップ(強制散布)して。……ついでに、暗黒大陸にしかない希少鉱物の『自動採掘スクリプト』をバックグラウンドで回しておいて」
パチリ。
――同刻。暗黒大陸、魔王軍の前線基地。
「ガァァァッ! 人間どもを喰らい尽く……く……? あ、あれ……?」
咆哮を上げていた巨大な魔獣たちの頭上から、セシリアのドローンが放った緑色の「マナ鎮静粒子」が優しく降り注いだ。
その瞬間、魔獣たちは「きゅ〜ん……」と可愛い鳴き声を上げ、その場にゴロゴロと横たわって丸くなって寝てしまった。長年彼らを苛んでいた「魔力の暴走」が、セシリアのサプリによって一瞬でパッチ適用(修正)されたのだ。
「な、何だと……!? 我が軍の最高兵器である魔獣たちが、一瞬で無力化されただと……!?」
四天王が驚愕に目を見開いたその瞬間、彼の目の前に青い空中ウィンドウがポップアップした。
『新規会員登録ありがとうございます。今なら暗黒大陸限定「魔力安定サブスク」が、最初の3ヶ月無料! 2回目以降は、足元に転がっている黒色魔鉱石との自動物々交換で決済可能です』
「な……! 我々が普段、使い道がなくて捨てている黒色魔鉱石を渡すだけで、この恐ろしい魔力暴走をいつでも、全自動で抑えてくれるというのか……!?」
四天王は、手元に自動生成された決済端末のUI(操作画面)の圧倒的な分かりやすさと、もたらされる劇的なメリットの前に、戦慄した。
「お、おい……! 人間を侵略している場合ではないぞ! 今すぐセシリア様のサブスクに本登録(プレミアム会員化)しろ! このシステムがあれば、我々は飢えからも魔力の暴走からも、完全に解放されるんだ!」
暗黒大陸の軍勢は、海を渡る前に、ベッドの上の令嬢の「無料キャンペーン」によって一瞬で顧客へと変えられてしまったのだった。
『チャリン♪ 暗黒大陸の新規ユーザー数が50万ユーザーを突破しました』
『通知:希少な「黒色魔鉱石」が毎秒数トン単位で自動回収され、ゴーレムのハードウェアが超進化しました』
中央サーバー神殿。
極上のベッドの上で、私は自動化ゴーレムにさらにふかふかな掛け布団を掛け直してもらいながら、満足げに微笑んだ。
私は暗黒大陸へ一歩も行っていないし、剣すら抜いていない。ただ、彼らのバグ(魔力暴走)を解決する便利なシステムを無料配布しただけだ。
「セ、セシリア様ぁぁぁっ! 大陸の脅威であった暗黒大陸を、戦闘すら行わずに『フリーミアム戦略』で一瞬にして優良顧客へと変え、さらに彼らの資源を全自動で搾取するなんて……! あなたはやはり、異世界市場開拓の冷酷なる最高経営責任者(CEO)です!!」
シリルが床を激しくのたうち回りながら、感動のあまり過呼吸で白目を剥いている。
「シリル、うるさい。音量をさらに10%下げて。……新市場の初期設定が終わったんだから、私はこれから、24時間の定期メンテナンス(至高の三度寝)に入るから」
「ハッ! 暗黒大陸の課金ログを監視しつつ、神の睡眠環境を完全保守いたします!!」
海を越えた脅威すらベッドの上から秒速で顧客に変えた私は、次はどこの市場を独占しようかと考えつつ、最高級の枕に頭を沈めて、さらに深い不労所得の微睡みの中へと落ちていくのだった。




