第14話 【アカウント復旧申請】元婚約者が地べたに這いつくばって泣きついてきたが、規約通りに却下してみた
「セ、セシリア……! 頼む、頼むから俺のアカウントを、ルミナス王国のシステムを元に戻してくれえええっ!!」
辺境ソラリス領のあばら屋の前。泥まみれのボロボロの衣服を身にまとい、かつての傲慢な面影を一切失ったアルヴィン王太子が、地面に額を擦り付けて号泣していた。
彼の手元にあるのは、画面が真っ赤に染まり、大きく『ACCOUNT BANNED(永久凍結)』と表示された決済端末(魔導スクロール)だ。
国家通貨は紙クズになり、経済も、医療も、民衆の信仰すらもすべて私のシステムに乗り換えられた。王宮の敷地すらドローンの発着場として差し押さえられた彼は、ついに生き残るために、自らの足でこの辺境まで這いつくばってきたのだ。
対する私はといえば――もちろん、あばら屋の奥にあるふかふかのキングサイズベッドの上から一歩も動いていない。
自動化ゴーレムに最高級の完熟メロンを一口サイズにカットして口元まで運んでもらいながら、寝返りを打って空中ウィンドウを眺める。
「アルヴィン殿下、あばら屋の前で大きな声を出さないで。サーバーの冷却ファン(魔導具)の音の邪魔よ」
スピーカーの魔導具を通して、ベッドの中から気怠げな声を届けてあげる。
「セシリア! 俺が悪かった! お前を無能呼ばわりして追放したのも、婚約を破棄したのも、すべて俺のバグ(過ち)だった! お前は世界を動かす天才だ! だからお願いだ、アカウントの凍結を解除して、俺を、ルミナス王国を救ってくれ!」
地べたで涙と鼻水にまみれて懇願する元婚約者。その哀れな姿を見ても、私の心のパラメータは1ミリも動かなかった。
「あのね、アルヴィン殿下。システムっていうのは感情で動かないからシステムなのよ」
私はメロンをパクリと口に含み、人差し指だけでホログラムキーボードを叩いて、彼のユーザーログを表示した。
「あなたのログ(行動履歴)を見てみましょうか。……追放後のシステムへの不正アクセス(騎士団の物理襲撃)、独自の経済圏への不当な介入(1000%の関税)、さらにはサードパーティ(隣国の商会や教会)を使った業務妨害。これらすべて、我がプラットフォームの『利用規約(第27条・第3項)』に明確に違反しているわ」
「り、利用規約だと……!? そんなもの、俺は読んでいない!」
「『同意してアカウントを作成』のボタンを押した時点で、全文を読んで同意したものとみなされるのよ。小さな文字で書いてある規約(仕様)を読まないのは、ユーザー側のリテラシー不足ね」
私は退屈そうにため息をつき、画面の『異議申し立て(却下)』のボタンを人差し指でタップした。
「利用規約第45条。プラットフォームの安全性を著しく脅かす不正ユーザーは、例外なく永久BANとし、一切のアカウント復旧申請を受け付けない。……はい、審査終了。申請は却下されました」
パチリ。
「そんな、嘘だろ……!? 俺は一国の王子なんだぞ! 国を、俺の生活をどうにかしてくれ!」
「残念だけど、今のルミナス王国はただの『サービス提供エリア(ソラリス・グループの敷地)』でしかないわ。あなたの王族としての特権なんて、我がシステム内では何の権限も持たない一般一般オブジェクトよ。シリル、セキュリティ(ゴミ処理)をお願い」
「ハッ!! 承知いたしました、セシリア様ァァァッ!!」
あばら屋の隅で目が血走っていたシリルが、キーボードを爆音で叩く。
次の瞬間、あばら屋の周囲に配備されていた大型の自動化防衛ゴーレムたちが起動し、不法侵入者であるアルヴィンを両脇からガシリと抱え上げた。
「クエリ実行:『有害な未確認バグ』の強制デリート(つまみ出し)!」
「離せ! 離してくれセシリア! 俺は王子だ! 王国の頂点に立つ男なんだあああああ……っ!」
悲惨な絶叫を残しながら、アルヴィン王太子はゴーレムたちによって、ソラリス領の境界線の外側(ゴミ捨て場)へと高速で射出(ポイ捨て)されていった。
かつて私をベッドから動かそうと虐げていた男は、文字通り「ただのバグ(ゴミ)」として処理されたのだ。
『通知:有害なバグオブジェクトの排除に成功しました』
『通知:ルミナス王国全域のシステム完全統合が完了しました』
画面に表示される100%の達成率を見ながら、私は満足げに高級枕に頭を沈めた。
私は最初から最後までベッドの上で横になって、メロンを食べていただけ。敵は勝手に仕様(規約)に違反して、勝手に自滅していった。
「セ、セシリア様……っ! かつてあなたを追放した王太子を、指先ひとつで、それも『利用規約の遵守』というこれ以上なく合法的で冷酷なシステム論理で叩き落とすなんて……! ああ、完璧です! カタルシスが画面から溢れ出て、私の脳のメモリがバースト(爆発)しそうです!!」
シリルが床を激しくのたうち回りながら、感動のあまり過呼吸で白目を剥いている。
「シリル、うるさい。音量をさらに20%下げて。……私はこれから、ざまぁ完了を記念して、20時間の定例システムシャットダウン(至高の二度寝)に入るから」
「ハッ! 大陸全土が完全自動で平和に回っているログを監視しつつ、神の睡眠環境を完全保守いたします!!」
自分を悩ませる「めんどくさいバグ」をすべてデバッグし終えた私は、ふかふかの掛け布団に深く深く包み込まれながら、完全なる不労所得の楽園の中で、この世で最も心地よい眠りへと落ちていくのだった。




