第二十六話 初戦
「どうなってるんだ一体、さっきより激しいじゃないか!」
《お主の仙気に反応しておるのよ、消えたくないと、な》
呪霊にとって仙気は天敵にも等しい。
危険を感じて排除に圧力をかけて来たのだ。
その呪詛の奔流の中心地に居る高橋という名であろう男の目には、既に理性の光は
無かった。
両手で大事そうに抱えているのが呪物本体だろう。
「あれは・・・・翁の能面か?」
《間違いなく上級呪物じゃな、このまま放っておくと付喪神になりかねん、見ろ》
能面から滲み出た呪詛が男の左腕に絡みつき、昇り始めた。
皮膚の下に潜り込み蠢くさまは、嫌悪を通り越して恐怖を感じさせた。
《ああやって男を支配下に置いてから、完全に同化するつもりじゃろう》
「本物の・・・・・化け物じゃねえか」
《怯むな、今ならまだお前の方が有利じゃ》
「くそっ、信じるからな!」
《ああ、保障してやる、先ずは仙気を刀に纏わせろ》
「こう・・・・ぬぬうううううぅぅっ」
だが、これに錬は手間取った。
掴んだ仙気を何とか掌にまでは引きずって来れたが、その先が問題だった。
刀に纏わせた仙気を維持できないのだ。
振り上げようとした途端に霧散する、とにかく構えから動くと散るのだ。
《・・・・・・・・・・・・・・・・・不器用》
「うっ、煩い」
錬はどうしても仙気を纏わせる事と刀を振るう事を分けて考えてしまう。
刀を振るう事に意識を持って行かれ過ぎるのだ。
《おまけに何じゃ、そのヘッピリ腰は・・・・・・・・・・・》
もともと剣術どころかチャンバラ遊びさえした事が無い。
走る、木に登る、飛び上がる、凡そ身体能力だけなら非凡な錬もそこに技術が求め
られると、途端にポンコツになる。
特に野球やテニスなど、道具を使う物は壊滅的だった。
「仕方ないだろ、初めてなんだから」
《泣き言を吐いている暇は無い、奴が動き出したぞ》
「なんで急に・・・・」
《今なら排除できると思ったんじゃろう、馬鹿にされて居るのよ》
護るでもなく逃げるでもなく、呪詛の放出を止め、本体が直接襲って来ると言う事
錬を格下だと思ったのだ。
「・・・・・・・・くそったれめ」
《仕方ない、今回は手伝ってやる》
「頼む・・・・・」
《じゃがその間は障壁が張れん、呪詛の攻撃は自分で避けろ》
「わ、わかった」
実体を伴った呪詛を受け続ければ、外で転がっている女の子と同じ運命を辿る事に
なるのは確実だ。
《ではやるぞ、変化》
湖月の体が細く蔦の様に変化して錬の腕と刀の柄にからみついた。
まるで唐草模様の手っ甲の様だ。
「お・・・おお・・・・・・おおおおおおおおおおおおおおお」
湖月が錬の仙気をコントロールすると驚くほど滑らかに流れだした。
刀身を覆う、まるで龍の様にうねる漆黒の炎。
手からは熱を全く感じられないにも関わらず、精神だけは途轍も無い熱量を感じた。
「こ、これは」
《これがお前の仙気じゃ、さあ、呪物退治と行こうか》
「お、おう!」
今、男の周りには膨大で濃密な呪詛がまるで無数の蛇の様に蠢いている。
石つぶてとして飛ばして居た呪詛を纏め上げて直接攻撃に出たのだ。
赤黒い呪詛の蛇が猛烈な勢いで右から襲って来た。
「あっぶねえ~」
《馬鹿者!》
「へっ?ガハッ!」
いきなりの攻撃に驚いてのけ反った所に、反対側から来た呪詛が左わき腹を抉った
《目を離す奴があるか!》
「す、すまん」
《あの蛇を切落とさんと本体には辿り着けんぞ!》
「分かったけど、これが・・・・なんとも」
《お主・・・・・・・・・真面目に倒す気は有るのか?》
「当たり前だろ!」
《これでか・・・・・・・・・・・・・・・・・・センスの欠片も無いのう》
錬が幾ら刀を振るってもカスリもしない。
呪詛の攻撃を過剰に回避するあまり通り過ぎてから、やっと刀を振り下ろす有様で
何やら敵である筈の呪物から憐みの視線さえ感じる。
このままでは埒が明かない。
《仕方が無い、多少の怪我を覚悟した手を打つ》
「怪我・・・・・・秋月さんに何て言えば・・・・・・」
《そんな事は自分で考えろ》
「はあ・・・・・・わかった」
湖月は刀に纏わせていた仙気を錬の体全体に広げ、そのまま至近距離、つまりゼロ
距離でぶん殴る様に言って来た。
これなら、幾ら錬に剣術の覚えが無くとも刀を振るえば呪詛に当たる。
但し、刀に纏っていた仙気は薄く、呪詛を消滅させるのに時間が掛かる。
そして何より、ゼロ距離だと相手からの攻撃も確実に当たると言う事だ。
体に薄く広げただけの仙気では攻撃を軽減させる事は出来ても防ぐ事は出来ない。
「ふんっ!がっ!ぎっ!つっ!・・・・このクソッたれが!」
一振りする度に三発は貰っている状態だが、錬にとって体の痛みは幼い頃から慣れ
親しんだ物、多少の痛みは行動を阻害しない。
まるで子供のチャンバラごっこの様な剣技だが、効果は絶大だった。
多少の打撃を物ともせず、物凄い勢いで呪詛を消し飛ばしてゆく。
《ほう・・・これは中々》
技術は拙いものの基礎となる身体能力も、これだけ放出しても未だに枯渇する様子
を微塵も見せない仙気も、簡単に得られる物では無い。
それに加えて、苦痛に対する耐性や持久力も特筆すべき物が有る。
才能だけ、潜在能力だけなら今まで湖月が関わって来たどの術者よりも上だった。
だが、そう感じたのは湖月だけでは無く、目の前の上級呪霊も同じだった。
「なんだ?」
消滅に追い込まれつつある事に気付いた呪霊が、死にもの狂いで抵抗し始めた。




