第二十五話 封印と呪詛と仙気
表札には高橋と書かれた郊外の一軒家、周りは田んぼと畑だけ、確かに多少は騒い
でも迷惑は掛からないだろうが、幾ら何でも玄関の扉を破壊するのは如何なものか
のんびりとそんな事を考える程、衝撃的な光景だった。
「こんのクソッ垂れがああああああああ!」
玄関を破壊したと思われる女は、ボロボロになって機能の殆んどを失った衣服と右
手に異様に長い特殊警棒を持ったまま、再び玄関から突入していった。
「何だ・・・・これ?」
《暫し様子を見るべきじゃな、今突入するとこっちにも殴りかかりそうだ》
「それもそうだが、やはり彼女は」
《恐らく封印士じゃろう》
「ハア、参ったなあ・・・」
湖月の力を考慮すれば、迂闊な事は出来ない。
かといって練自身の力は未だ修練不足、経験不足で使い物にならない。
湖月の補助を受けて実戦経験を積む計画は根元からひっくり返った形だ。
思い悩む事数分、再び女は玄関から転がり出て来たが、今度は全身血だらけで意識
が有るのかも怪しい状態だ。
「お、おい!」
「・・・・・・・・・」
《見た目よりも軽傷の様だな、気絶しているだけだけじゃ》
「なら好都合だ、この子には一旦退場して貰おう」
《油断するで無いぞ、確実に呪霊クラスじゃろう》
「わかった」
溢れ出した呪詛の流れは、既に物理的質量を持ち始めていた。
「・・・・・・酷いな」
溢れだす呪詛で部屋の奥まで見通せない程だが、それでもその禍々しい存在を感じ
取れた。
実際の冷気を纏った敵意が錬の足元に絡みつき、魂の全てを穢そうとして来る。
《恐れるな、この程度の呪詛でお前が害されたりせん》
「あ、ああ」
《教えた通り、精神を分け意識の内側に潜り仙門を探せ》
「潜れって・・・・・」
《呪詛に晒された仙気は激しく反応しておる筈じゃ》
「分かったけど、そんな簡単に・・・・」
《儂が補助してやる、大丈夫じゃ》
「お、おう」
意識から自我だけを切り離し、自らの内面に潜る。
そう簡単に湖月に説明されてはいたが、ハッキリ言って半信半疑だった。
《仙気は一度溢れ出しておるからな、簡単に探せる筈じゃ》
「その前に自分に潜るって意味が理解出来ないんだが」
《なに、瞑想するような物じゃ》
「そんな簡単に・・・・」
だが、湖月の言は正しく意識すれば驚く程あっさりと潜れたのだが問題はそれでは
無かった
「ぐうぅ・・・・・・・・・くっ」
《集中せい!》
「つうぅぅ・・・・・・・・・・・・」
肉体的苦痛では無く精神的な苦痛が途轍もない嫌悪感を伴って襲って来る。
精神を二分する事に存在意識が異常な程の抵抗を始めたのだ。
自分の意思なのに自分では全く制御できず、自分の本体が分離した自分を異分子だ
と判断して無差別に拒否感情を撒き散らしその感情が分離した自分の存在をヤスリ
がけでもするように削り取るのだ。
早く戻れと。
《意識を保て!》
調整したくとも、精神的苦痛は錬の記憶まで掻き回して冷静になれない。
思い出したくも無いトラウマばかりが記憶の沼から顔を覗かせては引きずり込もう
と手を伸ばし、声高に叫ぶ。
お前など、取るに足らない存在だと。
価値など有りはしないのだと。
泥沼こそお前に相応しいと。
「くそっ・・・・・くそっ・・・・くそくそくそ」
切り捨てると決めた記憶などに囚われる自分が途轍もなく情けなかった。
それと同時に此処で、今、この時に決別しなければ自分はこの先死ぬまで下を向い
て自分の影だけを見て生きる事になると理解出来た。
今が分水嶺なのだと。
今までの自分の全てを正面から受け入れて尚、その記憶ごと捻じ伏せた。
永遠で一瞬の、静謐で煩雑な、矛盾した理が混ざり合い、全てを闇に染め上げ苦痛
と快感の狭間で意識が霧散し闇に溶け込んでいった。
途端にあらゆる音が消え、心が静かな湖面の様に平たくなった。
全てが厚みを持たない無機質な唯の記号に成り果て、一切の光が消え真の闇が周り
に溢れた。
あ
「温かいな・・・・・・ここが仙門か?」
纏わりつく確かな質量を保った闇が全身を優しく包み込む。
「・・・・・・これが・・・・仙気」
思うまま、望むまま、自由に形を変えて動いてくれるもう一つの腕。
誰に教わるでもなく理解出来た。
これさえ、仙気さえあれば、相手が誰だろうと、何だろうと負ける気がしない。
だが、その万能感に浸る暇も無く叱責が飛んでくる。
《馬鹿者!》
「うおっ、いきなり何だ」
《仙術の入口に立ったばかりのひよっこが、内に眠っていた仙気を感じたぐらいで
何を得意になっておる!》
「うっ」
浮ついていた自覚は有った。
人には見えないもう一つの腕を持つと言う事は、錬の感覚で言えば超能力が発動し
た事と同じ、特別な人間になれた優越感に興奮していたのは間違いない。
《仙気を自在に体外で操れるようになって、初めて半人前じゃ!》
「は、半人前・・・・」
《今は卵の殻も取れぬひよっこでしか無いわい!》
「ええぇぇぇ」
《ほれ、実践じゃ、とっとと目を覚ませ》
そう言われ、覚醒した錬の目に映ったのは湖月の障壁に滝の様に降り注ぐ呪詛の波
だった。




