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第二十四話


「でも、危険じゃないの?」


琴音の言葉が錬の動揺を誘う。


「あ、ああ・・・うん・・・」


隠せる訳が無かった。

数ヶ月前に瀕死の重傷を負って生死の境を彷徨ったばかりなのだ。

湖月に最低限の安全を、命だけは何とか守れるだろう、ただそれだけで未知の恐怖

に向き合う覚悟を決めた。

本来なら逃げの一択なのにだ。


「練・・・・・」

「・・・・・分かってる、分かってるんだ」

「ならどうして・・・・」

「自分が・・・・・今の自分が・・・・・・・・・・堪らなく嫌いなんだ」


錬には誇れる過去が、自分を肯定する記憶が無い。

足が速かった、計算が得意だった、絵が上手い、クラスの委員長をした、ある種の

ゲームなら一番強い、バレンタインにチョコを貰った等々、ほんの些細な自尊心を

満足させてくれる様な出来事が皆無なのだ。


「何も・・・・・・無いんだ」


有るのは蔑まれ、嫌われ、疎外された思い出ばかり、僅かな拠り所だった祖父母は

既にこの世にはなく、唯一まともな学生生活だった高校生時代は思い出したくも無

い苦痛に塗り固められていた。


「変わりたい・・そして・・認められたい」


それは自尊心であり矜持であり、錬が錬として自らの存在を肯定する為に必要な物

誰もが普通に手に入れて来た物、初めての感情、それは今迄見下されてきた社会に

反旗を翻す物。

だが、年齢を重ねる度にその難易度は跳ね上がる。

自分を肯定するには、巨大な壁を乗り越える必要が有るのだ。

それが例え命の危険が有るとしてもだ。


「誰にも引け目を感じたくない」


これは本心だが全てでは無かった。

確かに久我や講師と称する神職の連中、生まれ育った町の人々、颯太や理沙そして

辞めた会社の上司達に対する反感もある。

だが、一番の問題は琴音の存在だ。

自分に好意を寄せてくれているのは、如何に鈍い練でも理解出来た。

問題は自分とは余りにも不釣り合いだと言う事だ。

最高学府を最高の成績で卒業し、日本で最高権力機関の中心たる政府に席を持ち、

更に言えば実家は押しも押されもしない上流階級で生粋のお嬢様だ。

挙句に見た目は映像の世界でも見劣りしない美人なのだ。


(不釣り合いにも程が有る)


これが周囲の人間の偽らざる評価で、これが一番容認出来ない。

多少矛盾しているが、琴音にだけ自分の力を示す事が出来れば他の連中の評価等

は幾らでも我慢できるのだ。


「わかったわ、聞かなかった事にする」

「ごめん・・・・・・」

「謝らないで」

「でも秋月さんに迷惑が・・・・・・」

「琴音って呼んで良いのに・・・でも大丈夫よ責任は講師の連中に取らせるから」


つまり上級の対処方法を聞いていなかった錬は逃げる事が出来ずに真っ向から戦う

羽目になったが、何とか持っていた装備で封印に成功した事にすればいい。

例え咎められても遭遇する事など無いと碌な説明もしなかった講師役の連中の責任

であると言えば良い。


「それで納得するかな・・・・」

「私が納得させるから全く問題ないわ」

「あはは・・・・・」

「任せて頂戴!」


あの久我でさえ二の足を踏む琴音との論戦にただの職員が太刀打ち出来る訳が無い

間違いなく主張が通るだろう。


「問題は浄化能力と湖月の存在なんだけど・・・・」

「ええ、秘密にした方がいいでしょうね」

「やっぱり?」

「良いように利用される未来しか見えないわ」


何も浄化の能力を欲しているのは日本だけに限った事では無いのだ。

器物に呪が宿るのは日本だけだと言われているが、土地自体が穢れている場所等は

世界中に存在するし、その呪地の力を使って呪われた者も多い。

多くの権力者や不当に財を成した者は多くの怨をその身に受け続けて、呪を弾く力

が著しく低下してしまう。

老いれば老いる程、呪は貯まり続け相手を蝕んで行く。

それを浄化する方法が有ると知られれば、その力を手に入れよう、恩恵に与ろうと

碌でもない連中が集団で集まってくる。

下手をすれば独占しようと拘束や監禁などの可能性さえ有るのだ。

迂闊に漏らすのは危険である。


「その為にも、はい、これ」


琴音に手渡されたのは小さな桐の箱と太刀が一振り。


「これは?」

「箱に入っているのは封印の護符が三十枚、そして破邪の刀よ」

《ふむ・・・・めくらましに使えるな》


実際の主力戦闘は錬の浄化能力と銀鼠湖月だが、数段劣るとはいえ護符と刀は力

を補助し、更に隠蔽する十分な助けになるだろう。

古の時代は強力な力を持った少数の個人に頼っていたが、現代は進化させた護符

などの高価な呪物を用いて平均値以上の力を持つ者を多数揃えている。

前者が切り立った岩山だとすれば、後者は広大な裾野をもつ丘陵だろう。

どちらが優れているか・・・それは呪物次第だ。


「これ・・・・いったい幾らするんだろう・・・・・・」

「所詮消耗品よ、気にする程じゃ無いわ」

「ほ、ほんとに?後で請求書が来たり・・・・」

「無い無い、絶対に無いから安心して」

「う、うん、ありがとう」

「どういたしまして」


実際は護符一枚が五十万、太刀に至っては三千万程するのだが、琴音は気にも留め

なかった。

間違って請求がきたとしても琴音は躊躇わずに支払うだろう。

彼女にとって数千万円など錬の安全と比較すれば塵芥《ちりあくた》にすぎないのだ。

もっとも、そんなことになれば秋月事務所から倍する請求が政府に届く事になる。

簡単な計算も出来ない人間が居ない事を祈るばかりだ。


「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい、あと、これは許可書ね」


手渡されたのは銃砲刀剣類登録証だ。

これが有れば、もし警察に見咎められても、罪には問われない。

さらに古物商の肩書が物を言う、商品だと。


「無事に戻ってきてね」

「あ、ああ、うん」


無事に戻れと言われて言葉が詰まりかけた。

例え湖月の補佐が得られるとしても、無傷でどうにかなる相手では無いだろう。

簡単に返事を返せなかった理由でもある。


《気の緩み一つが致命傷に成りかねん、慎重に、な》

「分かってる、ああ、分かってるさ」


ここが自分にとっての大きな転換点になると感じていた。

錬の成長は、良くも悪くも周囲の人間や環境に強要されてきた。

どうにもならない状況に追い込まれたにも関わらず、唯々諾々とそれを受け入れた。

錬の持っている能力も資質も何もかも自ら望んで手に入れた物など何もない。

だが、今回は、これからは違う。

緊張と恐怖でどうにかなりそうなのに何故か異常な程興奮してる自分に酔っていた。


《余り・・・・・良い傾向では無いのう・・・・・》


湖月の危惧を他所に、夕刻を待たずに目的地である男の家に着いたのだが・・・・


《先客が居るらしいのう》

「勘弁してくれ」


錬達の目の前には玄関から溢れだした呪詛と、特殊警棒を持った女がいた。





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