予測不能
キランは建設現場へ向かって飛んだ。
レイモンドが続く。
ベゼルカーも二人を追う。
**ズゥン! ズゥン! ズゥン!**
建設途中の高層ビルが周囲の建物を見下ろすようにそびえていた。
外壁の半分はまだ取り付けられていない。
鋼鉄の梁が巨大な骨格となって空へ伸びている。
周囲には建設用クレーン。
下には大型重機が放置されていた。
キランは開け放たれた構造の中へ飛び込む。
「マッハ!」
「解析中です」
キランが後ろを見る。
ベゼルカーが仮設バリケードを突き破った。
**ズガァァン!**
「もっと速く解析して!」
「全力を尽くしています!」
レイモンドが隣を飛ぶ。
「そろそろ作戦を教えてくれないか!?」
キランは周囲を見る。
「今考えてる!」
レイモンドが凝視する。
「作戦なしでここに連れてきたのか!?」
「最初の部分は考えてた!」
「どういう意味だよ!?」
「とにかく飛び続けて!」
ベゼルカーが鋼鉄の支柱を地面から引き抜いた。
レイモンドの目が見開かれる。
「危ない!」
ベゼルカーが投げる。
**ブォン!**
キランが左へ急旋回。
レイモンドは右へ。
鋼鉄の梁が二人の間を飛んでいく。
**ガァァン!**
コンクリートの壁へ突き刺さった。
キランが見つめる。
「よし」
加速する。
「あれには絶対当たらないようにしよう」
レイモンドが睨む。
「素晴らしい戦術的助言だな!」
二人はさらに上昇する。
ベゼルカーがむき出しの二階へ跳び上がった。
次に三階。
四階。
二人を追って登ってくる。
キランがマッハを見る。
「何か分かった?」
マッハが構造図を表示する。
「建物中央部の支持構造が未完成です」
キランが笑う。
「つまり、倒せる?」
レイモンドの目が見開かれる。
「待て」
キランが見る。
レイモンドが建物を指した。
「高層ビルを丸ごとあいつの上に落とす気か?」
「未完成の高層ビルだよ」
「なるほど」
レイモンドが皮肉たっぷりに頷く。
「それなら全然問題ないな」
キランは無視した。
「できる?」
マッハがためらう。
「可能性はあります」
キランはその言葉が気に入らなかった。
「可能性?」
「ベゼルカーはサージン洞窟の崩落を生き延びています」
レイモンドの表情が暗くなる。
キランも思い出した。
数千トンもの岩石に埋められた。
それでも十年後――
生きていた。
「じゃあ、潰すだけじゃ足りない」
「その通りです」
ベゼルカーが二人と同じ階へ到達した。
赤い目が二人を捉える。
キランが後退する。
「なら、もう一つ必要だ」
ベゼルカーが突進した。
「動いて!」
レイモンドが鋼鉄の支柱の間を飛ぶ。
ベゼルカーが追う。
キランが上から攻撃する。
ベゼルカーではない。
建物を。
**バシュッ!**
プラズマが支柱へ命中。
金属が折れ曲がる。
ベゼルカーが上を見る。
キランが別の場所を撃つ。
**バシュッ!**
また一本、支柱が折れる。
機械の予測システムが点滅する。
無関係な標的が多すぎる。
動きが多すぎる。
パターンが少なすぎる。
レイモンドは隙を見逃さなかった。
ベゼルカーへ体当たりする。
**ドガッ!**
機械が端へよろめく。
「ハッ!」
レイモンドがもう一度ぶつかる。
「どうだ!?」
ベゼルカーが腕を掴んだ。
レイモンドが固まる。
「……聞かないほうがよかったな」
投げ飛ばされる。
「うわっ!」
建築資材の山へ突っ込んだ。
**ガシャァン!**
キランが顔をしかめる。
「レイモンド!」
「大丈夫だ!」
金属パイプが転がっていく。
レイモンドが這い出した。
「やっぱりこいつ嫌いだ!」
ベゼルカーが振り向く。
キランが視界を横切った。
「おーい!」
機械がキランを見る。
キランはコンクリート柱の後ろへ消えた。
ベゼルカーが追う。
キランが逆方向へ切り返す。
ベゼルカーが止まる。
背後からレイモンドが攻撃。
**ドォン!**
爆発で前へよろめいた。
キランが姿を現す。
「分かってきたね!」
レイモンドが笑う。
「お前がその車椅子で飛べるようになる前から、俺は戦ってたんだぞ!」
キランが見つめる。
「それ、三か月くらい前じゃん!」
「だからだ!」
ベゼルカーが咆哮した。
武装が起動する。
キランとレイモンドが左右へ分かれた。
エネルギー弾が建設現場を切り裂く。
**ドォン! ドォン! ドォン!**
外れるたびに別の支柱が損傷した。
マッハが気づく。
「キラン」
「何?」
「ベゼルカー自身に構造物の解体を手伝わせることが可能だと思われます」
キランが笑う。
「いい考えだ」
レイモンドにも聞こえた。
「勘弁してくれ……」
キランが横を飛び抜ける。
「支柱を撃たせよう!」
レイモンドがベゼルカーを見る。
建物を見る。
キランを見る。
「本当に悪影響しか与えない奴だな」
ベゼルカーへ向かって飛ぶ。
「おい!」
ベゼルカーが照準を合わせる。
レイモンドは巨大な支柱の真正面へ移動した。
「来い!」
ベゼルカーが発砲。
レイモンドが回避する。
**ズガァァン!**
柱が爆発した。
「一本!」
キランが笑う。
別の柱へ飛ぶ。
ベゼルカーがキランを狙う。
キランは待った。
「来い……」
武器がチャージされる。
「来い……」
マッハの表情が険しくなる。
「キラン……」
「まだ」
「キラン」
「まだ」
「今です!」
キランが加速する。
**ドォン!**
また一本、支柱が消えた。
「二本!」
レイモンドが首を振る。
「楽しみすぎだろ!」
キランが笑う。
「かもね!」
さらに支柱が倒れる。
三本。
四本。
五本。
構造全体が軋み始めた。
**ギギギギギ……**
マッハが建物をスキャンする。
「構造健全性、三十パーセントを下回りました」
レイモンドが上を見る。
高層ビル全体が傾き始めている。
「そろそろ逃げるぞ!」
キランが開けた側へ飛ぶ。
レイモンドも続く。
だが、ベゼルカーは動かなかった。
止まる。
頭部が動く。
スキャン。
建物。
損傷。
構造的不安定性。
脱出経路。
キランの目が見開かれる。
「気づき始めてる」
マッハが警戒する。
「今すぐ行動する必要があります」
ベゼルカーが出口へ向いた。
レイモンドが気づく。
「逃がすかよ!」
発砲する。
ベゼルカーの背中へ命中。
機械が振り返る。
レイモンドは即座に後悔した。
「……よし」
ゆっくり後退する。
「来い」
ベゼルカーが突進した。
レイモンドが高層ビルの中へ飛び込む。
キランが目を見開く。
「レイモンド!」
「そのまま行け!」
レイモンドはベゼルカーをさらに奥へ誘導した。
キランの胸が締めつけられる。
「奥まで行きすぎだ」
マッハも同意する。
「構造物はいつ崩壊してもおかしくありません」
キランが引き返した。
レイモンドは中央部へ到達する。
ベゼルカーも続いた。
周囲を見る。
壊れた柱。
ひび割れたコンクリート。
曲がった鋼鉄。
完璧だ。
レイモンドが笑う。
「何か思い出さないか?」
ベゼルカーが止まる。
レイモンドの笑みが消えた。
「洞窟だ」
声が静かになる。
「覚えてるか?」
ベゼルカーの目が点滅した。
「サージン」
レイモンドが固まる。
覚えている。
「クラ……ウド」
拳を握る。
「ヘンドリックス」
「黙れ」
「リヴァース」
レイモンドの呼吸が変わる。
ベゼルカーの武器が起動する。
「排除済み」
レイモンドの怒りが爆発した。
「黙れって言ってんだろ!」
すべての武器を撃ち込む。
**ドォン! ドォン! ドォン!**
ベゼルカーがよろめく。
レイモンドが突進。
殴る。
もう一度。
さらに。
さらに。
「これはクラウドの分だ!」
**ドガッ!**
「ヘンドリックス!」
**バキッ!**
「リヴァース!」
ベゼルカーが拳を掴んだ。
レイモンドの怒りが一瞬で消える。
キランに警告されたことを、そのまましてしまった。
予測可能になった。
ベゼルカーが首を傾ける。
そして――
**ドガッ!**
レイモンドが床を吹き飛んだ。
エグゾスーツが支柱へ激突する。
**ガァァン!**
ヘルメット内を警告表示が埋め尽くした。
**右脚サーボ故障。**
**武装システム損傷。**
レイモンドが立ち上がろうとする。
脚が崩れる。
「くそ……」
ベゼルカーが近づく。
レイモンドが周囲を見る。
キランはいない。
逃げ道もない。
弱々しく笑った。
「まあ……」
ベゼルカーが腕を上げる。
「……懐かしい感じだな」
その時――
**バシュッ!**
プラズマが天井へ命中した。
ベゼルカーが上を見る。
鋼鉄の梁が落下する。
**ガァァン!**
ベゼルカーの肩へ叩きつけられた。
機械がよろめく。
キランが構造物の中へ飛び込んできた。
「レイモンド!」
レイモンドが見上げる。
「何しに戻ってきた!?」
「君を助けに!」
「そのセリフ、もう使っただろ!」
「まだ正しいから!」
キランは車椅子の機械式補助アームでレイモンドのエグゾスーツの背中を掴んだ。
「マッハ!」
「最大推力!」
キランのエンジンが唸る。
レイモンドの身体が引き上げられた。
ベゼルカーが梁を投げ捨てる。
跳躍した。
その手がレイモンドへ伸びる。
レイモンドが下を見る。
指先がブーツまで数センチ。
「行け!」
キランがさらにスラスターを噴かす。
二人は建物の外へ飛び出した。
背後で――
**ギギギギギギギッ!**
建物が崩れ始める。
キランが振り返った。
「スナット……」
レイモンドの目が見開かれる。
「飛べ!」
二人が加速する。
高層ビルが崩壊した。
**ズガァァァァァァン!!!**
巨大な粉塵が建設現場を飲み込む。
地面が揺れた。
周囲の建物まで震える。
キランとレイモンドは辛うじて粉塵から逃れた。
数ブロック離れた場所でようやく停止する。
キランがレイモンドを放す。
二人とも空中に浮かんでいた。
激しく息を切らしながら。
見つめる。
粉塵の中では何も動かない。
レイモンドが見つめる。
キランも。
マッハがスキャンする。
数秒が過ぎた。
そして――
レイモンドが口を開く。
「死んだか?」
マッハはスキャンを続ける。
「動体反応は検出できません」
レイモンドが息を吐いた。
キランは吐かなかった。
何かが引っかかっていた。
「洞窟でも死ななかった」
レイモンドが見る。
キランは瓦礫を見つめる。
「なら、どうしてこれで死ぬ?」
マッハの表情が変わった。
「キラン」
「何?」
「反応を検出――」
**ズガァァン!**
瓦礫が爆発した。
巨大なコンクリート片が空へ飛ぶ。
ベゼルカーが姿を現した。
レイモンドが見つめる。
「だろうな」
機械の装甲は何か所も破壊されている。
片腕は半壊。
フェイスプレートも剥がれていた。
それでも――
生きている。
キランがため息をつく。
「本当にこいつ嫌い」
ベゼルカーが咆哮する。
その時――
損傷した身体が変化を始めた。
機械部品が動く。
装甲が再配置される。
システムが補正する。
マッハのセンサーが激しく反応した。
「構造物による損傷へ適応しています」
レイモンドが目を見開く。
「ビルに潰されたことにまで適応できるわけないだろ!」
どうやら――
できるらしい。
ベゼルカーが一歩踏み出す。
キランの頭が高速で回転する。
混乱させた。
怒らせた。
押し潰した。
それでも足りない。
レイモンドが隣に浮かぶ。
「もう手がない」
キランは周囲を見る。
何かあるはずだ。
その時――
視線が上へ向いた。
建設現場の上には――
巨大な産業用クレーンがまだ立っていた。
そこから吊り下げられているのは、構造用鋼材を持ち上げるための巨大な電磁式建設装置。
キランが見つめる。
「マッハ」
マッハも視線を追う。
目が見開かれた。
「産業用電磁石」
レイモンドが見る。
「それが?」
キランの表情が変わる。
「ベゼルカーは、結局機械だ」
マッハが即座に計算を開始する。
「磁場だけでは破壊できません」
「うん」
キランが笑う。
「でも、動きを止められるかもしれない」
レイモンドも理解した。
「どれくらい?」
マッハが計算する。
「不明です」
キランは崩壊した高層ビルを見る。
むき出しの電力導管が瓦礫の中で火花を散らしている。
破裂した地下エネルギーラインが道路の下で点滅していた。
レイモンドも視線を追う。
「……ああ」
キランが笑う。
「今度こそ作戦ができた」
ベゼルカーが突進する。
キランが向かっていく。
レイモンドの目が見開かれる。
「キラン!」
「信じて!」
キランはジグザグに飛んだ。
ベゼルカーが予測を試みる。
キランはわざと一つのパターンを繰り返した。
左。
右。
上。
左。
右。
上。
マッハが気づく。
「キラン……」
「分かってる」
ベゼルカーに学習させているのだ。
機械が適応する。
キランはもう一度繰り返す。
左。
右。
上。
ベゼルカーが次の動きを予測する。
左へ飛びかかった。
キランは右へ。
ベゼルカーが外す。
キランが笑う。
「欺くんだ」
クレーンへ向かって飛ぶ。
ベゼルカーが追う。
レイモンドが笑った。
「この狡猾なスナットめ」
キランが電磁石の下を飛び抜ける。
ベゼルカーが後を追って突進。
「今!」
レイモンドがクレーンの制御装置を撃った。
**バシュッ!**
電磁石が起動する。
**ヴォォォン!**
ベゼルカーが走ったまま止まった。
身体全体が上へ引かれる。
金属が悲鳴を上げる。
**ギギギッ!**
ベゼルカーが地面から引き剥がされた。
両腕が広がる。
磁場が巨大な身体を装置へ引き寄せる。
**ガァァン!**
激しく叩きつけられた。
キランが見つめる。
「成功した!」
ベゼルカーが暴れる。
クレーン全体が激しく揺れる。
レイモンドがキランを見る。
「次は!?」
キランがむき出しの電力ラインを指した。
「過負荷を起こす!」
マッハの表情が変わる。
「キラン、発生する放電は相当な規模になる可能性があります」
「どれくらい?」
マッハが計算する。
そして――
「極めて大規模です」
レイモンドが見つめる。
「極めてってどれくらいだ!?」
マッハが彼を見る。
「離れたほうがよいでしょう」
「それで十分だ!」
キランとレイモンドが後退する。
ベゼルカーが電磁石へ抵抗する。
クレーンが軋む。
**ギギギギギッ!**
マッハの目が見開かれる。
「磁気マウントが破損し始めています!」
キランが電力導管へ照準を合わせる。
「レイモンド!」
「準備できてる!」
二人の武器がチャージされる。
ベゼルカーが咆哮する。
「レイモンド・ハリソン!」
レイモンドが止まった。
ほんの一瞬。
ベゼルカーの赤い目が燃える。
「唯一ノ……」
レイモンドが見つめる。
「……生存者」
その表情が変わった。
十年間――
その言葉に苦しめられてきた。
唯一の生存者。
帰ってきた者。
兄弟たちが死んだのに、生き残った者。
レイモンドはゆっくり武器を上げる。
「違う」
ベゼルカーがさらに激しく抵抗する。
レイモンドの声は穏やかだった。
「俺は唯一の生存者じゃない」
キランを見る。
マッハを見る。
その向こうに広がる街を見る。
新しい家族。
レイモンドが笑った。
「俺はただ、生き続けた奴なんだ」
キランが彼を見る。
レイモンドが狙いを定める。
「もう、それを罪だと思うのはやめる」
キランが微笑む。
「準備は?」
レイモンドのキャノンがチャージされる。
「できてる」
ベゼルカーが片腕を引き剥がした。
マッハが叫ぶ。
「今です!」
キランが撃つ。
レイモンドも撃つ。
**ズバァァァッ!**
二人の攻撃がむき出しのエネルギー導管へ命中した。
ほんの一瞬――
何も起きない。
そして建設現場全体が白く染まった。
**バリバリバリ――ズガァァァァァン!!!**
電流がクレーンを駆け抜ける。
電磁石を通る。
ベゼルカーへ流れ込む。
機械が絶叫した。
**グルルルラァァァァァッ!!!**
装甲から火花が散る。
システムが過負荷を起こす。
金属が赤熱する。
身体中で警告灯が点滅した。
**適応失敗。**
**システム過負荷。**
**適応――**
**適応――**
**適応――**
レイモンドは見つめていた。
ベゼルカーの赤い目がちらつく。
一度。
二度。
そして――
消えた。
クレーンが爆発する。
キランが自分とレイモンドを包むようにシールドを展開した。
**ズガァァァン!**
衝撃波が建設現場を駆け抜ける。
瓦礫が飛ぶ。
シールドがちらついた。
キランが歯を食いしばる。
「耐えて……!」
そして――
静寂。
煙が廃墟の上を漂う。
キランがゆっくりシールドを解除した。
レイモンドは前を見つめている。
ベゼルカーは瓦礫の下に横たわっていた。
動かない。
焼け焦げている。
壊れている。
赤い目の光も消えていた。
マッハがスキャンする。
一度。
二度。
三度。
キランは待つ。
レイモンドはほとんど息さえしていない。
やがて――
マッハが微笑んだ。
「稼働中のシステムはありません」
キランの目が見開かれる。
「それって……」
マッハが頷く。
「ベゼルカーは破壊されました」
レイモンドは見つめた。
十年。
十年間の悪夢。
十年間の罪悪感。
なぜ自分だけが生き残ったのかと問い続けた十年。
終わった。
本当に終わった。
レイモンドはゆっくり降下する。
損傷したエグゾスーツの足が地面へ着いた。
ベゼルカーへ歩いていく。
キランも後を追う。
レイモンドは数メートル手前で止まった。
装甲の中へ手を入れる。
三組の認識票を取り出した。
クラウド。
ヘンドリックス。
リヴァース。
それを見下ろす。
そしてベゼルカーを見る。
長い沈黙。
キランは少し離れた場所で待った。
レイモンドが認識票を握り締める。
「やったぞ、お前ら」
声が震えた。
そして笑う。
「最初の一杯は、俺のおごりだ」




