もうあなたの指揮下じゃない
煙が廃墟の中を漂っていた。
誰も動かなかった。
キランも。
マッハも。
レイモンドも。
数秒間――
聞こえるのは炎が弾ける音だけだった。
**パチ……パチ……**
ベゼルカーの壊れた装甲の一部が瓦礫の中へ崩れ落ちる。
レイモンドはそれを見つめ続けていた。
十年間、自分を苦しめ続けてきたものが、ついに消えた。
復活しない。
適応もしない。
赤い目が突然再び光り出すこともない。
何もない。
マッハがもう一度スキャンする。
さらにもう一度。
キランが彼を見る。
「まだ死んでる?」
「完全に」
キランが息を吐いた。
「よかった」
マッハが首を傾ける。
「厳密には、最初から生きてはいませんでしたが」
キランが見つめる。
「マッハ」
「はい?」
「今くらい言わせて」
マッハが微笑む。
「もちろんです」
レイモンドはまだ残骸のそばにいた。
手には三組の認識票がぶら下がっている。
キランが近づく。
「大丈夫?」
レイモンドが静かに笑った。
「全然」
キランが笑う。
「いい答えだ」
レイモンドは認識票を見下ろした。
何年もの間――
誰かにその質問をされるたび、答えは決まっていた。
*大丈夫だ。*
あまりにも何度も言い続けたせいで、ときには自分でも信じそうになった。
だが、今は違う。
今――
疲れ切っている。
身体中が痛い。
エグゾスーツはかろうじて動いているだけ。
頭の中は、この十年間ずっと思い出さないようにしてきた記憶でいっぱいだった。
それなのに――
なぜか、少し軽くなった気がした。
レイモンドは認識票を握り締める。
「ずっと考えてたんだ……」
キランは待った。
「俺が何か違うことをしてたら……」
レイモンドがベゼルカーを見る。
「……あいつらも生きて帰れたんじゃないかって」
キランは口を挟まない。
「俺がもっと速かったら」
少し間を置く。
「もっと強かったら」
顎に力が入る。
「もっと頭がよかったら」
キランは壊れた機械を見る。
「レイモンド」
レイモンドが振り向く。
「君は、こっちの動きを全部学習する相手と戦ってたんだ」
キランの声が柔らかくなる。
「君は仲間を失望させたんじゃない」
レイモンドが目をそらす。
キランは続ける。
「君は生き残った」
レイモンドの表情が強張る。
「それが問題なんだけどな」
「違う」
キランは首を振った。
「ベゼルカーに、そう思わされてただけだ」
レイモンドが彼を見る。
キランは認識票を指した。
「十年間、ずっと持ち歩いてたんだろ」
かすかに笑う。
「誰かを忘れた人間には見えないよ」
レイモンドがまた認識票を見る。
小さな笑みが浮かんだ。
「英語教師のありがたいお言葉か?」
「もちろん」
キランが自信満々に頷く。
「時間制で料金取ってるから」
レイモンドが笑った。
マッハが近づく。
「そして、私からも一つ……」
レイモンドが彼を見る。
「……クラウド、ヘンドリックス、リヴァースは、あなたを誇りに思っていたはずです」
レイモンドが息を飲む。
「……ありがとう」
その時――
背後から声が轟いた。
「ハリソン!」
レイモンドの笑みが消える。
キランが目を閉じた。
「やっぱり来たか」
ハイタワー将軍が建設現場を大股で進んでくる。
兵士たちが後に続いた。
軍用車両が廃墟を取り囲んでいる。
ハイタワーの顔は、ベゼルカーの目と同じくらい真っ赤だった。
……ほとんど。
彼が立ち止まる。
視線が残骸へ向く。
破壊されたクレーン。
崩壊した建物。
そして――
ベゼルカー。
正確には、その残骸。
数秒間――
ハイタワーは何も言わなかった。
キランは、衝撃で言葉を失ったままでいてくれないかと少し期待した。
だが――
「何を……」
声が危険なほど静かになる。
「……した?」
キランが周囲を見る。
「どの部分の話です?」
ハイタワーがゆっくりキランへ顔を向ける。
キランは即座に、自分から口を挟んだことを後悔した。
マッハが小声で言う。
「ベゼルカーのことだと思われます」
「ああ」
キランが頷く。
「分かってる」
ハイタワーが残骸へ近づいた。
手が震えている。
恐怖ではない。
怒りだ。
「破壊したのか」
レイモンドが彼を見る。
「ああ」
ハイタワーが勢いよく振り向く。
「この機体にいくらかかったと思っている!?」
レイモンドは肩をすくめた。
「知らねえ」
ハイタワーがキランを見る。
「十億クレジット以上だ!」
キランの目が見開かれる。
「十億?」
マッハは感心した様子だった。
「かなりの金額ですね」
キランが残骸を見る。
そしてハイタワーへ戻す。
「僕たちの弁護をするなら……」
少し考える。
「……あいつ、僕たちを殺そうとしてました」
ハイタワーが睨む。
キランが気まずそうに笑う。
「何度も」
「あれは貴重な政府資産だった!」
レイモンドの目が細くなる。
「あれは今日、兵士を殺した」
ハイタワーは無視した。
「何年もの研究の結晶だったんだぞ!」
「俺の部隊を殺した!」
「何年もの開発だ!」
「民間人まで追い回した!」
ハイタワーがキランを指す。
「そしてお前!」
キランが瞬きをする。
「僕?」
「お前が連邦政府の所有物を破壊した!」
キランが見つめる。
「ちょっと待って」
ハイタワーが一歩近づく。
「お前はたった今、国家に十億クレジット以上の損失を与えた」
キランがゆっくりマッハを見る。
マッハもキランを見る。
ハイタワーは続けた。
「それで……」
ほとんど皮肉のような表情になる。
「……いったい誰が弁償する?」
キランが口を開く。
何も出てこない。
自分の車椅子を見る。
マッハを見る。
破壊された建設現場を見る。
「十億って……」
マッハが親切に補足する。
「あなたの給与では到底支払えない額です」
「ありがとう」
キランはハイタワーを見る。
「後で返事してもいいですか?」
ハイタワーの顔が険しくなる。
「ふざけているのか?」
「いいえ」
キランが少し間を置く。
「ちょっとだけ」
レイモンドが二人の間へ入った。
「もういい」
ハイタワーが彼を見る。
「これはお前には関係ない、ハリソン」
レイモンドの表情が変わった。
「あの機械に関することなら、全部俺に関係ある」
「お前には明確に命令を――」
「やめろ」
ハイタワーが止まる。
キランがレイモンドを見る。
レイモンドが一歩前へ出た。
ほんの一瞬――
また二十三歳に戻ったような気がした。
バランの砂漠に立ち。
あの機械に殺された人間より、その機械そのもののほうが重要だとハイタワーに言われていた頃。
だが、レイモンドは思い出した。
もう二十三歳ではない。
そしてハイタワーは、もう自分の将軍ではない。
もう違う。
「あんたにそんなことを言う権利はない」
ハイタワーが眉をひそめる。
「何だと?」
「あれだけのことをやった機械を目の前にして……」
レイモンドが廃墟を指す。
「……失った金が一番の悲劇みたいな顔して立ってんじゃねえ」
ハイタワーの身体が強張る。
「口の利き方に気をつけろ」
レイモンドが笑った。
「嫌だね」
近くにいた兵士たちは突然、この会話以外のあらゆるものに強い興味を示し始めた。
キランは静かにマッハの隣へ移動する。
「面白くなってきた」
マッハが頷く。
「ええ」
レイモンドは続ける。
「あんたはバランで、ベゼルカーが危険だって知ってた」
ハイタワーの顔が険しくなる。
「民間人に何をしたかも知ってた」
「あの状況は――」
「俺の仲間に何をしたかも知ってただろ!」
沈黙。
レイモンドの声が建設現場に響いた。
「あんたは全部埋めた」
一歩近づく。
「クラウド」
また一歩。
「ヘンドリックス」
さらに一歩。
「リヴァース」
ハイタワーは黙って見つめる。
「任務失敗って書類に書いて、それで終わりにした」
ハイタワーの顎に力が入る。
「私は必要なことをした」
「そうだ」
レイモンドが苦々しく笑う。
「いつもそれがあんたの答えだ」
「任務には難しい決断が伴う」
「違う」
レイモンドは首を振る。
「自分が間違った決断をしたって認めなくて済むように、“任務”を言い訳にする奴もいる」
ハイタワーの表情が冷たくなる。
「自分の立場を忘れたようだな、兵士」
レイモンドが止まった。
出た。
その言葉。
*兵士。*
かつてなら――
その言葉を聞くだけで、身体が反射的に伸びていた。
肩を引き。
顎を上げ。
「イエッサー」
でも、もう違う。
レイモンドはゆっくり損傷したヘルメットを外した。
ハイタワーをまっすぐ見る。
「俺の立場?」
声は穏やかだった。
「俺の居場所は、あんたの下じゃない」
ハイタワーが見つめる。
「俺はもう二十三歳じゃない」
レイモンドは自分自身を示した。
「どこかの砂漠で、仲間を使い捨てにするかどうかをあんたが決めるのを待ってる兵士でもない」
声が強くなる。
「それに、あんたにはもう俺を黙らせる命令もできない」
ハイタワーの目が細くなる。
レイモンドが笑った。
「俺の軍人としての時間は終わったんだ」
長い沈黙が流れた。
キランは口を挟む気になれなかった。
レイモンドがさらに近づく。
「だから、十年前に言っておくべきだったことを今言う」
ハイタワーが彼を見つめる。
レイモンドの表情は穏やかだった。
ベゼルカーが戻ってきてから初めて――
本当に穏やかだった。
「もう、あんたの命令は受けない」
ハイタワーは何も言わなかった。
レイモンドは待った。
やがてハイタワーが口を開く。
その声は静かだった。
どこか失望したように。
「失望したぞ、兵士」
レイモンドが笑う。
「よかった」
ハイタワーの表情が強張る。
レイモンドは認識票をポケットへ戻した。
「やっと正しいことをしてるってことだからな」
ハイタワーは彼を睨んだ。
そして振り返る。
「撤収する」
兵士たちはすぐに従った。
ハイタワー将軍は軍用輸送車両の一台へ消えていった。
キランは彼が聞こえないところまで離れるのを待った。
そして――
「すご……」
レイモンドが見る。
「何だ?」
キランが笑う。
「あの人に言いたいこと言ってやりたいって、会った時からずっと思ってた」
マッハが勢いよく頷く。
「私もです」
レイモンドが笑った。
「お前ら、本当に馬鹿だな」
キランが近づく。
「少しは楽になった?」
レイモンドは考えた。
本当に考えた。
そして――
「ああ」
キランが眉を上げる。
レイモンドが笑う。
「今度は本当だ」
キランも笑い返した。
「よかった」
マッハが破壊されたベゼルカーを見る。
「では……」
二人が彼を見る。
「これから、どうしますか?」
レイモンドは煙を上げる残骸を見つめた。
答えは驚くほど単純だった。
「これから?」
シトロン・シティを見る。
「家に帰る」
シトロン・アカデミーは、キランが戻ってきた時もまだ緊急封鎖中だった。
中へ入った瞬間――
「キラン!」
ミカイラが駆け寄ってきた。
キランが反応する暇もなく、彼女は腕を回して抱きしめる。
キランの目が見開かれた。
そして――
笑った。
「ただいま」
ミカイラは少しだけ身体を離し、彼を確認する。
ジャケットは破れている。
袖の一部は焦げていた。
全身埃まみれ。
髪は、ついさっき竜巻と喧嘩して負けたような状態だった。
ミカイラが見つめる。
キランが気まずそうに笑う。
「帰ってきたよ」
「うん」
彼女はもう一度、上から下まで確認する。
そして目を細めた。
「服、どうしたの?」
キランが下を見る。
「あ」
損傷を確認する。
「長い話」
ミカイラが首を振る。
「たった一回、戦いに行かせただけなのに……」
キランが笑った。
彼女はもう一度抱きしめる。
今度は――
キランもただ、その温もりを楽しんだ。
ミカイラの肩越しに、レイモンドがマッハと一緒に入ってきた。
レイモンドは二人を見る。
かすかな笑みが浮かぶ。
ポケットへ手を入れた。
指先が、三組の古い認識票へ触れる。
過去はまだそこにある。
おそらく、これからもずっと。
だが初めて――
もう自分を後ろへ引きずっているようには感じなかった。
レイモンドは前へ歩き出した。
新しい家族のもとへ。




