何がうまくいかないっていうんだ?
ミカイラはようやくキランを解放した。
……ほとんどは。
両手はまだキランの肩に置かれたままで、怪我がないか確認している。
キランが笑った。
「大丈夫だよ」
ミカイラは納得していないようだった。
「服はそう言ってないけど」
キランはもう一度、自分の身体を見下ろした。
シャツは破れている。
ジャケットは小さな戦争を生き延びたような有様だった。
というのも――
厳密には――
本当に戦争を生き延びたようなものだからだ。
「分かった」
キランがため息をつく。
「僕の*服*は大丈夫じゃない」
マッハが頷いた。
「正確な評価です」
ミカイラが彼を見る。
「あなたは?」
マッハが姿勢を正す。
「完全に正常稼働しています」
「よかった」
彼女はキランの後ろを見る。
少し離れたところにレイモンドが立っていた。
彼のエグゾスーツは、キランの車椅子よりひどい有様だった。
ミカイラの表情が柔らかくなる。
「レイモンド」
彼が振り向く。
「大丈夫?」
ほんの一瞬――
キランはいつもの答えが返ってくると思った。
*大丈夫だ。*
レイモンドも、そう答えかけた。
だが、止まった。
キランを見る。
マッハを見る。
ミカイラを見る。
疲れた笑みが浮かんだ。
「……少しずつな」
キランが笑った。
おそらく、この数日間でレイモンドが口にした最も正直な答えだった。
ミカイラが頷く。
「よかった」
そして――
キランへ視線を戻した。
「それで」
キランは即座に警戒した。
「それで?」
ミカイラが腕を組む。
「巨大な軍用殺人マシンを破壊したのね」
キランが頷く。
「助けてもらってね」
「それで生き残った」
「厳密には」
マッハが彼を見る。
「キラン」
「何?」
「生き残りました」
「期待値は低くしておくのが好きなんだ」
ミカイラが笑った。
キランも笑う。
緊急事態が始まって以来、初めて――
空気がいつもの感じに戻った。
ほとんど。
その時、ミカイラが廊下を見る。
生徒たちが避難区域から戻り始めていた。
教師たちが教室の間を行き来している。
緊急警報は正式に解除されていた。
「仕事に戻るみたいね」
キランが凝視する。
「マジで?」
ミカイラが肩をすくめる。
「巨大殺人ロボット程度じゃ、もう休校の理由にならないみたい」
キランがため息をつく。
「シトロン・シティの基準、おかしくなってきてない?」
レイモンドが腕を組む。
「お前、自分の意思でここで教えてるだろ」
キランが彼を見る。
「今は感情的に弱ってるはずでしょ」
レイモンドが笑う。
「もう乗り越えた」
キランが笑った。
その後――
キランは教室へ戻った。
生徒たちが徐々に席へ着いていく。
いや――
着こうとはしていた。
全員が喋っている。
スマートフォンも出ていた。
ベゼルカーとの戦闘映像は、すでにニュースで拡散されている。
キランが教壇の前へ移動する。
「はい」
誰も聞かない。
「はい!」
まだ聞かない。
キランがマッハを見る。
マッハは笑った。
キランがため息をつく。
「全員!」
教室が静かになった。
……辛うじて。
キランはクラスを見渡す。
「今日はいろいろと……」
少し考える。
「……面白いことがあったのは分かってる」
ヴィエイラが手を上げる。
キランが見つめる。
「何?」
「あのロボットと戦ってたんですか?」
キランはためらった。
「いや」
ヴィエイラがスマートフォンを掲げる。
画面には、建設現場を飛び回るキランのぼやけた姿が映っていた。
キランはそれを見つめる。
「……たぶん」
教室が一気に騒がしくなった。
あちこちから質問が飛んでくる。
「軍のロボットだったんですか?」
「先生が壊したんですか?」
「誰か死んだ?」
「先生、逮捕された?」
「なんで僕が逮捕されるの?」
ヴィエイラが肩をすくめる。
「先生、いろいろ壊すじゃないですか」
キランが口を開く。
そして閉じる。
一理ある。
「はい」
両手を上げる。
「これを記者会見にするつもりはないからね」
一人の生徒が声を上げる。
「でも先生、授業でやったこと使って戦ってましたよね!」
キランが止まった。
それには興味を引かれた。
「何?」
生徒が映像を表示する。
「あいつに追いかけさせてました」
キランが画面を見る。
別の生徒も加わる。
「それに、間違った動きを予測させてた」
さらに別の生徒。
「欺くってやつ!」
キランは生徒たちを見つめた。
そして、ゆっくり笑う。
マッハも気づいた。
「なるほど」
キランがディスプレイへ向かう。
「こういうのが……」
クラスを指す。
「……追加点を取る方法だよ」
生徒たちの関心が一気に高まった。
キランが画面を起動する。
**孫子兵法**
朝の授業内容がそのまま表示されていた。
キランはそれを見る。
そしてクラスを見る。
「僕が言ったこと、覚えてる?」
ヴィエイラが笑う。
「ズル?」
キランが目を閉じる。
「違う」
クラスが笑った。
「戦略だよ」
文字を強調する。
**強みを避ける。**
**弱点を突く。**
キランは続ける。
「ベゼルカーは僕たちより強かった」
教室が静かになる。
「ずっと強かった」
マッハが頷く。
「圧倒的に」
キランが彼を見る。
「ありがとう」
再び生徒たちを見る。
「だから、力で押し切ろうとするのは馬鹿げてた」
ヴィエイラが手を上げる。
キランがため息をつく。
「何?」
「だからズルしたんですね」
キランが彼女を指す。
「戦略!」
クラスがまた笑った。
キランも笑う。
やがて、その表情が少し真剣になる。
「大事なのは……」
画面を見る。
「……勝つっていうのは、いつも相手より強く殴ることじゃないってこと」
表示を切り替える。
最後の言葉が現れた。
**戦場を支配せよ。**
「相手が何を予想しているのか理解する」
キランは少し間を置いた。
「そして、その通りには動かない」
珍しく――
生徒全員が聞いていた。
キランが笑う。
「授業終わり」
ほぼ同時にベルが鳴った。
**キーンコーン!**
ヴィエイラが立ち上がる。
「先生、今の狙ってました?」
キランが笑う。
「戦略」
彼女は笑いながら教室を出ていった。
キランは生徒たちが出ていくのを見送った。
マッハが隣へ移動する。
「ずいぶん満足そうですね」
キランが肩をすくめる。
「ちゃんと何か学んでくれたからね」
マッハが微笑む。
「珍しい成果です」
キランが見つめる。
「なんでみんな僕の授業を馬鹿にするの?」
その夜――
レイモンドは一人、自宅に座っていた。
テレビはついていない。
音楽もない。
気を紛らわせるものは何もない。
テーブルには三組の認識票。
最初にクラウドのものを手に取る。
次にヘンドリックス。
そしてリヴァース。
何年もの間――
ずっと隠していた。
普段は引き出しの中。
時にはポケット。
時にはベッドのそば。
それでも、必ず手の届く場所にあった。
レイモンドは背もたれへ身体を預ける。
「さて」
認識票を見る。
「これで終わりみたいだな」
静寂。
かすかに笑う。
「ベゼルカーはもういない」
その言葉には妙な響きがあった。
口に出してさえ。
いない。
本当に、もういない。
レイモンドはリヴァースの認識票を親指で撫でた。
「お前らにもいてほしかったよ」
笑みが弱くなる。
「三人とも」
長い沈黙。
やがてレイモンドは立ち上がった。
窓の近くにある小さな棚へ向かう。
そこへ――
三組の認識票を丁寧に置いた。
隠さない。
引き出しの中へ埋めない。
目に見える場所へ。
レイモンドはそれを見つめた。
過去をしまい込もうとしているのではない。
ようやく、過去から逃げることなく、そこに存在させられるようになったのだ。
「全員で帰ってきたな」
声が少し震えた。
レイモンドが笑う。
「形は違っても」
そして明かりを消した。
翌朝――
キランは前日より遥かにまともな姿で学校へやってきた。
新しいシャツ。
修理された車椅子。
ギリギリに到着する悪い癖だけは相変わらず。
マッハがついてくる。
「遅刻します」
「まだ遅刻じゃない」
「ベルが鳴るまで四十二秒です」
「それならほぼ早く来たようなものだよ」
「時間とはそういうものではありません」
キランが廊下の角を曲がる。
その時――
「ねえ、ホットロッド」
キランが止まる。
ミカイラが教室のドアにもたれていた。
キランが笑う。
「おはよう」
マッハが得意げな顔で隣に浮かんでいる。
キランは無視した。
ミカイラがキランを上から下まで見る。
「今日はいい服ね」
キランが眉を上げる。
「昨日より?」
「ずっと」
キランが笑う。
「それならよかった」
ミカイラが近づく。
しばらく――
二人はただ見つめ合った。
やがてキランが眉をひそめる。
「そのバッグ、何?」
ミカイラの肩から大きなフィールドバッグが下がっていた。
「ああ」
持ち上げる。
「校外学習」
キランは思い出した。
「そうだった」
ミカイラが笑う。
「今日はクラスを連れて出かけるの」
「どこへ?」
「シトロン科学センター」
キランが感心する。
「いいね」
「うん」
ミカイラがため息をつく。
「でも、すごく疲れてる」
キランが眉をひそめる。
「寝られなかった?」
「あんまり」
彼女が笑う。
「昨日はいろいろと……」
曖昧に手を動かす。
「……大変だったから」
キランが笑った。
「ずいぶん控えめな表現だね」
「だから今夜は……」
伸びをする。
「……家に帰って十二時間くらい寝る」
キランが頷く。
「健康的だね」
「そうじゃなきゃ困る」
生徒たちが教室へ入り始める。
ミカイラが彼らを見る。
「じゃあ」
キランのほうへ身を寄せる。
「行かなきゃ」
キランが笑う。
「楽しんできて」
「そのつもり」
そこでミカイラが止まった。
いたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「昨日あんなことがあったんだから……」
生徒たちを見る。
「……今日は平和に終わると思う」
キランは即座に警戒した。
「そういうこと言わないで」
ミカイラが笑う。
「何よ?」
「この街がどういうところか知ってるでしょ」
彼女が肩をすくめる。
「ただの校外学習よ」
キランが見つめる。
「だから怖いんだよ」
ミカイラが顔を近づける。
「何がうまくいかないっていうの?」
キランの目が見開かれた。
「ダメ」
ミカイラが笑う。
「何が?」
「今ので自分に呪いかけたよ」
「大げさね」
彼女はキランへ軽くキスした。
キランが固まる。
ミカイラが笑う。
「また後でね、ホットロッド」
そして教室の中へ消えていった。
キランは廊下に取り残された。
マッハが隣に浮かぶ。
沈黙。
そして――
「キラン」
「分かってる」
マッハが教室を見る。
「極めて危険な発言でした」
キランがため息をつく。
「絶対後悔するよ」
ベルが鳴った。
**キーンコーン!**
キランが自分の教室へ向く。
「行こう」
廊下を進み始める。
マッハもついていく。
背後では――
校外学習を楽しみにするミカイラの生徒たちが歓声を上げていた。
キランがかすかに笑う。
次に何が起きるとしても――
それは明日の問題だ。
今は――
ベゼルカーはいない。
レイモンドは少しずつ立ち直っている。
シトロン・シティもまだ立っている。
そして、どういうわけか――
それだけで勝利と呼ぶには十分だった。




