兄弟
遠くに鉱山施設が見えてきた。
古い。
放棄されている。
長年の砂漠の砂に半ば埋もれていた。
だが、レイモンドには――
楽園にすら見えた。
「あそこだ!」
リヴァースが指さす。
「全員、中へ入れろ!」
生き残った民間人たちが走る。
動ける者が、動けない者を助けた。
親たちは子供を抱える。
負傷者同士で支え合う。
レイモンドはリヴァースとともに後方へ残った。
そして、二人と民間人たちの間を――
ベゼルカーが進んでくる。
**ズゥン。**
**ズゥン。**
レイモンドの手の中でライフルが震えていた。
恐怖ではない。
疲労だった。
弾薬はほとんど残っていない。
装甲も損傷している。
全身の筋肉が悲鳴を上げていた。
リヴァースも大差ない。
レイモンドが横目で見る。
「残弾は?」
リヴァースが確認する。
「足りない」
「爆薬は?」
「二つ」
レイモンドはベゼルカーを見る。
「最高だな」
リヴァースがかすかに笑う。
「軍に入りたいって言ったのはお前だろ」
レイモンドが睨む。
「あんたが俺を勧誘したんだろ!」
「細かいことはいい」
こんな状況なのに――
レイモンドは笑った。
短く、一度だけ。
それだけだった。
次の瞬間、ベゼルカーが加速した。
「敵襲!」
二人が発砲する。
**ダダダダダッ!**
弾丸が装甲へ命中する。
何も起きない。
レイモンドが右へ動く。
ベゼルカーは即座に向きを変えた。
レイモンドが止まる。
分かっている。
逆方向へ切り返す。
それすら先読みされた。
「リヴァース!」
「見えてる!」
機械はもう、武器に適応しているだけではなかった。
*彼ら自身*に適応している。
レイモンドが上を狙って撃つ。
ベゼルカーが頭部を守る。
リヴァースが下を撃つ。
最初の弾が届く前に、ベゼルカーは姿勢を変えた。
レイモンドの目が見開かれる。
「俺たちの攻撃パターンを覚えてる」
「なら変えろ!」
「何に!?」
「何でもいい!」
レイモンドが撃つのをやめた。
ベゼルカーがためらった。
ほんの一瞬だけ。
レイモンドは見逃さなかった。
「待て」
リヴァースが見る。
「何だ?」
レイモンドは鉱山施設の天井へ発砲した。
**ダダダッ!**
金属製の支柱が弾ける。
ベゼルカーが音の方向へ向いた。
レイモンドの目が見開かれる。
「これだ」
「何が?」
「あいつは俺たちを予測してる」
レイモンドが指さす。
「だったら、予測できないことをすればいい」
リヴァースは理解した。
残った爆薬の一つを投げる。
ベゼルカーへではない。
その背後へ。
**ドォン!**
爆発に機械が反応する。
振り返った。
レイモンドは反対方向へ走る。
「行くぞ!」
リヴァースも続いた。
初めて――
二人はベゼルカーを惑わせた。
ほんの一瞬。
だが、その一瞬で十分だった。
鉱山施設の中では――
民間人たちが古い処理区画に集まっていた。
その中に一人のレッドハット兵がいる。
若い。
レイモンドとほとんど歳も変わらない。
片腕を負傷していた。
武器はない。
レイモンドが入ると、兵士はすぐ身構えた。
レイモンドがライフルを構える。
若い男が彼を見つめた。
どちらも動かない。
やがて、レイモンドが銃を下ろした。
「出口はいくつある?」
兵士が瞬きをする。
「何?」
「出口だ」
レイモンドが施設内を指す。
「いくつある?」
兵士はためらう。
そして――
「輸送用トンネルがある」
リヴァースがレイモンドの後ろから入ってくる。
「どこにつながってる?」
「南」
「距離は?」
「三キロ」
レイモンドが首を振る。
「遠すぎる」
兵士は続ける。
「採掘用のトロッコがある」
リヴァースが見る。
「動くのか?」
「たぶん」
レイモンドは笑いそうになった。
「たぶん?」
兵士が肩をすくめる。
「ここは二十年前に放棄されたんだ」
外で――
**ズガァァン!**
施設全体が揺れる。
埃が落ちる。
子供たちが悲鳴を上げた。
レイモンドは入口を見る。
ベゼルカーが来た。
「“たぶん”で十分だ」
古い採掘用トロッコは、誰かが少し強くくしゃみをしただけで崩れそうだった。
レイモンドは見つめる。
「これが脱出用の乗り物?」
レッドハット兵が操作席へ乗り込む。
「他に案でも?」
レイモンドが入口を振り返る。
**ドォン!**
また壁が崩れた。
「ない」
家族たちが乗り込む。
リヴァースが手伝う。
レイモンドは操作盤へ向かった。
「どれくらいかかる?」
兵士が必死に操作する。
「電源セルが死んでる」
レイモンドの顔が引きつる。
「動くかもしれないって言っただろ!」
「だから“かもしれない”って!」
「動いてないじゃねえか!」
リヴァースが二人の間へ入る。
「外部電源は使えるか?」
兵士が考える。
「たぶん」
レイモンドが呻く。
「またその言葉か」
リヴァースがレイモンドの装備を指す。
「お前のスーツ」
レイモンドが自分を見る。
軍用エグゾアーマーには緊急用電源セルが搭載されている。
すぐに意味を理解した。
「それ使ったらスーツが死ぬぞ」
「たぶんな」
レイモンドはため息をつく。
「だろうな」
セルを取り外す。
接続する。
トロッコのシステムがちらついた。
**バチッ。**
何も起きない。
レイモンドが睨む。
「頼むぞ……」
照明が点灯した。
**ウィィィン。**
トロッコが起動する。
レイモンドが笑う。
「よし!」
民間人たちが歓声を上げる。
その瞬間――
**ズガシャァァァン!**
ベゼルカーが施設の入口を突き破った。
歓声は消えた。
「行け!」
レッドハット兵がトロッコを作動させる。
動き始めた。
ゆっくり。
あまりにもゆっくり。
レイモンドが見つめる。
「冗談だろ……」
少しずつ速度が上がる。
ベゼルカーがトンネルへ入ってきた。
リヴァースが撃つ。
「行け!」
レイモンドも加わる。
残った弾薬をすべて叩き込む。
それでもベゼルカーは進み続ける。
トロッコが加速する。
レイモンドは最後尾の車両へ向かって後退した。
「リヴァース!」
「今行く!」
ベゼルカーが手すりを掴んだ。
金属を引き剥がす。
そして投げる。
「伏せろ!」
レイモンドが身をかがめる。
**ギャァン!**
手すりが頭上を飛んでいった。
だが、リヴァースは避けきれなかった。
装甲へ直撃する。
**ドガッ!**
壁へ叩きつけられた。
「リヴァース!」
レイモンドが駆け寄る。
ベゼルカーが迫る。
トロッコはどんどん遠ざかっていく。
レイモンドはリヴァースを掴んだ。
「立て!」
リヴァースが呻く。
「脚が……」
レイモンドが見る。
脚部の装甲が潰れていた。
「来い」
引き起こす。
リヴァースが叫んだ。
「ぐあっ!」
「悪い」
レイモンドは肩を貸す。
「ここから出るぞ」
二人は足を引きずりながらトロッコへ向かう。
ベゼルカーとの距離が縮まる。
レイモンドはトロッコまでの距離を見る。
遠すぎる。
間に合わない。
リヴァースも分かっていた。
「レイ」
「嫌だ」
「レイモンド」
「嫌だ」
リヴァースが身体を離した。
レイモンドはまた掴む。
「やめろ」
「お前は行け」
「置いていかない」
「向こうに着いたら、民間人を守る奴が必要だ」
「レッドハットの奴がいる」
「レイモンド」
「もう兄弟を置いていかない!」
リヴァースが彼を見つめる。
背後から――
ベゼルカーが迫る。
**ズゥン。**
突然、リヴァースがレイモンドを殴った。
**ドガッ!**
レイモンドがよろめく。
「何しやがる!?」
リヴァースが胸元の装甲を掴む。
「よく聞け」
その声は震えていた。
「全員を救うなんて無理なんだ」
レイモンドの目に涙が浮かぶ。
「全員で帰るって言っただろ」
リヴァースが笑う。
「俺たちは馬鹿だった」
レイモンドは首を振る。
「違う」
「ああ」
リヴァースは弱々しく笑った。
「馬鹿だったよ」
遠ざかるトロッコを見る。
「でも、あの人たちは帰れる」
レイモンドは彼を見つめる。
リヴァースは認識票を外した。
レイモンドの手へ押し込む。
「あの人たちを帰してやれ」
レイモンドは手元を見る。
そして顔を上げる。
「嫌だ」
リヴァースが彼をトロッコの方向へ突き飛ばした。
「行け!」
レイモンドはよろめきながら追いかける。
そして振り返った。
リヴァースは一人で立っていた。
その背後にはベゼルカー。
リヴァースの装甲には二つの爆薬が残されている。
レイモンドは理解した。
顔から血の気が引く。
「やめろ……」
リヴァースが笑った。
「最初の一杯は、まだお前のおごりだからな」
「リヴァース!」
リヴァースが天井へ発砲する。
トンネルが揺れた。
レイモンドは引き返そうと走る。
「リヴァース!」
リヴァースが起爆装置を押した。
「全員で帰る」
**カチッ。**
**ズガァァァァァァァン!!!**
トンネルが消えた。
レイモンドは前方へ吹き飛ばされる。
「うわああっ!」
岩。
金属。
埃。
炎。
すべてが崩れ落ちる。
衝撃波がレイモンドを最後尾のトロッコへ叩き込んだ。
激しく身体を打ちつける。
そして――
暗闇。
「レイモンド!」
誰かが身体を揺する。
「起きろ!」
レイモンドが目を開けた。
耳鳴りがする。
レッドハット兵が覗き込んでいた。
「聞こえるか?」
レイモンドは瞬きをする。
そして思い出した。
「リヴァース……」
起き上がろうとする。
兵士が止めた。
「寝てろ」
「リヴァース!」
レイモンドは後ろを見る。
背後のトンネルは消えていた。
残っているのは、巨大な崩落した岩壁だけ。
「嫌だ……」
トロッコから降りようとする。
兵士が押さえた。
「もういない」
「嫌だ!」
レイモンドが抵抗する。
「離せ!」
「もういないんだ!」
レイモンドが止まった。
握り締めた拳の中には、認識票が残っている。
クラウド。
ヘンドリックス。
リヴァース。
三組。
レイモンドはそれを見つめた。
兄弟たち。
ほんの数時間前――
酒の話をしていた。
故郷。
エアコン。
それが今では――
残っているのはレイモンドだけ。
指が認識票を握り締める。
彼はうつむいた。
そして泣いた。
数時間後――
軍の輸送車両が到着した。
生き残った民間人たちは無事にサージン地方を脱出していた。
医療班が負傷者を治療する。
レイモンドは装甲車の後部に一人で座っていた。
肩には毛布。
損傷した装甲はすでに外されている。
その手には、まだ認識票が握られていた。
ハイタワー将軍が近づく。
レイモンドは顔を上げなかった。
「ハリソン」
反応なし。
「KB-735K35の破壊を確認した」
レイモンドは地面を見つめたまま。
ハイタワーは続ける。
「洞窟の崩落によって、数千トンの岩石の下に埋まったと見られる」
それでも反応しない。
「地域の安全を確保次第、回収作業を開始する」
ようやくレイモンドが顔を上げた。
「……回収?」
ハイタワーが止まる。
レイモンドが立ち上がった。
「あれを掘り出す気か?」
「軍の所有物だ」
レイモンドは彼を見つめる。
「仲間が死んだ」
ハイタワーの表情は変わらない。
「分かっている」
「違う」
レイモンドが一歩近づく。
「あんたには分かってない」
拳を握る。
「クラウドが死んだ」
さらに一歩。
「ヘンドリックスが死んだ」
もう一歩。
「リヴァースが死んだ」
声が震える。
「それなのに、あんたが気にしてるのはあの機械だけか」
ハイタワーの顎に力が入る。
「彼らは入隊した時点で危険を承知していた」
レイモンドは彼を見つめた。
その瞬間、彼の中で何かが変わった。
かつてハイタワーへ抱いていた敬意は――
死んだ。
「やめろ」
ハイタワーが眉をひそめる。
「何をだ?」
「あいつらの名前を二度と口にするな」
レイモンドは彼の横を通り過ぎる。
「ハリソン」
レイモンドが止まった。
「君はまだ私の指揮下にある」
レイモンドが振り返る。
恐れてはいない。
もう、何も。
「長くはない」
**現在――ギアのガレージ**
誰も口を開かなかった。
レイモンドは床を見つめている。
キランは、これほど小さく見える彼を見たことがなかった。
いつも何があっても壊れそうになかった大男が――
椅子に座り、目に涙を浮かべている。
マッハは沈黙していた。
ギアの顔からも、いつもの冗談めいた表情は完全に消えている。
キランはようやく理解した。
ベゼルカーは、ただの敵ではない。
レイモンドから家族を奪った存在だった。
「レイモンド……」
レイモンドが顔を拭う。
「昔の話だ」
キランが眉をひそめる。
レイモンドが肩をすくめる。
「もう乗り越えた」
誰も信じなかった。
キランも。
マッハも。
ギアも。
おそらく――
レイモンド自身さえ。
ギアが腕を組んだ。
「で……」
全員が彼を見る。
ギアが咳払いする。
「お前らのことは愛してる」
キランが眉を上げる。
ギアはガレージの扉を指さした。
「でも頼むから……」
破壊されたエグゾスーツを見る。
次に、ボロボロになったキランの車椅子。
そして、自分の前に積み上がった膨大な修理作業。
「……俺の店から出ていけ」
沈黙。
レイモンドが彼を見る。
そして――
笑った。
心からの笑いだった。
小さく。
疲れ切っている。
それでも、本物だった。
キランが微笑む。
マッハも。
ギアが肩をすくめる。
「何だよ?」
「本気だぞ」
キランが出口へ向かう。
「行こう、レイモンド」
レイモンドが立ち上がった。
キランが振り返る。
ほんの一瞬――
レイモンドは損傷したエグゾスーツを見つめた。
そして後を追った。
だが、ガレージを出る時――
その手がポケットへ入る。
中には、三組の古い認識票。
ずっと持っていた。
何年もの間。
そして、シトロン・シティの光の下のどこかで――
ベゼルカーはまだ生きている。
まだ適応を続けている。
まだ狩り続けている。
そして今度は――
レイモンドには、あいつが誰を狙っているのか分かっていた。




