ヒートアップ
キランは、ギリシャ神話について非常に重要なことを学んだ。
サイクロプスは、クソ野郎だ。
**ドガァァン!!!**
キランとマッハは、**GREEK WEEK**と大きく表示された巨大な未来型広告看板を突き破った。
金属が弾け飛ぶ。
火花が散る。
ディスプレイの破片が眼下の通りへ降り注いだ。
ほんの数秒前までのんびり話していた二人の整備作業員が悲鳴を上げる。
「うわああっ!」
キランの車椅子は瓦礫の中で激しく回転し、ようやく姿勢制御システムが作動した。
キランは頭を振る。
「痛ってぇ……」
マッハは、それ以上に苛立っているようだった。
その背後では――
**ドガァァン!!**
サイバー・サイクロプスが、広告看板の残骸を突き破った。
巨大な身体が、紙切れのように支持構造を引き裂いていく。
足場全体が激しく揺れた。
作業員の一人が足を滑らせる。
続いてもう一人も。
二人の目が見開かれた。
「助けてくれぇぇ!」
二人は落下した。
キランは即座にサイクロプスのことを忘れた。
「マッハ!」
「すでに動いています!」
キランは急降下した。
風が耳元で絶叫する。
作業員たちが地上へ向かって落ちていく。
車椅子が変形した。
機体の下からアタッチメントが飛び出し、急速に展開して幅広いクッション付きの受け皿になる。
一人目が落ちた。
**ドスン!**
続いて二人目。
**ドスン!**
二人分の体重が一気に加わり、車椅子が大きく揺れる。
キランは歯を食いしばった。
「捕まえた!」
そのまま急いで降下する。
背後では、サイバー・サイクロプスが広告看板を破壊し続けていた。
キランは歩道へ着地した。
二人の作業員は慌てて救助用パッドから降りる。
「二人とも大丈夫か?」
「ああ」
一人が巨大な怪物を見上げた。
「助かったよ」
マッハがキランの隣へ浮かぶ。
「お二人とも、可能な限りここから離れることを強くお勧めします」
作業員たちは彼を見る。
マッハがサイバー・サイクロプスを示した。
「かなり危険になりますので」
「分かった」
それ以上の説得は必要なかった。
二人は走り出す。
一人が振り返った。
「グロリアに話したら絶対驚くぞ!」
キランにはグロリアが誰なのか分からなかった。
そして聞いている暇もなかった。
サイバー・サイクロプスが咆哮する。
キランは見上げた。
「よし」
プラズマキャノンが展開される。
「第二ラウンドだ」
飛び上がった。
**ブオオッ!**
マッハも続く。
サイバー・サイクロプスが巨大な手を振り回した。
キランはその下をくぐって回避する。
そして発射。
**ピュン! ピュン! ピュン! ピュン!**
プラズマ弾が怪物の胸へ直撃する。
何も起こらない。
傷一つつかない。
キランはその周囲を旋回した。
「これで気を引けると思うか?」
マッハはサイクロプスがこちらを向くのを見た。
「そう思います」
怪物が拳を振り上げる。
キランの目が見開かれた。
「だな」
加速する。
拳が数センチ差で外れた。
その下では――
ナオミ・ジェニングスが最高に楽しんでいた。
彼女がターンテーブルを操る隣で、DJ Kre8がライブ配信を確認している。
機材から音符が溢れ出す。
サイバー・サイクロプスは、その音波と完全に同期して動いていた。
ナオミが画面を見る。
「視聴数、どんな感じ?」
DJ Kre8が確認する。
「かなりイケてる」
ナオミが笑った。
すると――
「でも落ちてきてる」
笑顔が消えた。
DJ Kre8は戦いを見る。
「もっとヒートアップさせねえとな」
ナオミは迷わなかった。
「任せて!」
スイッチを叩く。
ターンテーブルの出力が急上昇した。
音楽が大きくなる。
遥かに大きく。
サイバー・サイクロプスが動きを止めた。
キランはその正面でホバリングする。
「……なんで止まった?」
マッハのセンサーが即座に変化を検知した。
「音波が増幅されています」
キランは下を見る。
ターンテーブルの後ろでナオミがにやりと笑っている。
「……スナット」
サイバー・サイクロプスが腕を振った。
キランは回避しようとする。
遅かった。
**ドガン!**
「ぐっ!」
巨大な手が直撃した。
キランとマッハが地上へ吹き飛ばされる。
速い。
あまりにも速い。
そして――
**ズガァァァン!**
キランが道路へ激突した。
衝撃で舗装がひび割れる。
マッハも隣へ墜落した。
数秒間――
キランは動かなかった。
やがて、ゆっくりと頭を上げる。
「痛ぅ……」
サイバー・サイクロプスが近づいてくる。
一歩ごとに通りが揺れた。
**ズン。**
**ズン。**
**ズン。**
先に復帰したのはマッハだった。
キランを見る。
「私は良い戦いを途中で投げ出すタイプではありませんが……」
キランが彼を見る。
マッハは続けた。
「……撤退するべきです」
キランは反論しなかった。
それだけで、状況がどれほど悪いかは十分に分かった。
「現時点では、あの一つ目の相手を傷つける方法がありません……」
マッハはナオミを見る。
「……そして、操っている本人にも」
キランは車椅子を起こした。
身体中が痛い。
車椅子にもダメージが入っている。
それなのに、ナオミはターンテーブルの後ろで平然としていた。
マッハが続ける。
「ガレージまで戻れば、皆から何か案が出るかもしれません」
キランは顔をしかめる。
「そうだな――痛っ!」
スラスターを起動した。
「行こう」
**ブオオッ!**
キランとマッハはその場から飛び去った。
サイバー・サイクロプスは追跡を止めた。
ナオミが目を見開く。
「え?」
ビルの間へ消えていくキランを見る。
「ちょっとぉ!」
ライブ配信を確認した。
「せっかく視聴数が上がってきてたのに!」
DJ Kre8は肩を落とす。
「もうちょい粘ると思ってたんだけどな」
ため息をついた。
「残念」
ナオミは視聴者数を見る。
**26,000人が視聴中。**
悪くはない。
だが、もっといけた。
遥かに。
ナオミは即座にカメラへ向き直った。
落胆は消えた。
配信者の顔が戻ってくる。
「今日はここまで、Jスクワッド!」
眩しい笑顔を浮かべる。
「今回も激ヤバな配信と**激ヤバなビート**を見てくれてありがとー!」
コメントが画面を流れていく。
「また来週、もっと最高のコンテンツで会おうね!」
DJ Kre8も隣へ移動する。
ナオミが視聴者を指さした。
「いいねとチャンネル登録よろしく! みんなのナオミJと!」
「DJ Kre8!」
「またね!」
配信終了。
サイバー・サイクロプスも消滅した。
ナオミは暗くなった画面を見つめた。
二万六千人。
喜ぶべき数字だった。
それなのに――
キランが逃げた瞬間、何人の視聴者が離れていったのか。
彼女の頭にあるのは、それだけだった。
**ギアのガレージ**
「今度はサイクロプスだったのか?」
ギアがキランを見る。
「ああ」
キランの車椅子には、戦いでついた新しいへこみがいくつも残っていた。
「何をやっても傷一つつけられなかった」
レイモンドが腕を組む。
「その女とVentは何してたんだ?」
眉を上げる。
「指でもくるくる回してたのか?」
キランの表情が苛立つ。
「**DJだよ。**」
レイモンドが瞬きをした。
「音がうるさすぎて、まともに考えることすらできなかった」
ギアはコンピューターへ向かった。
「あいつらが撮った映像から何か分かるか見てみよう」
ナオミのチャンネルを開く。
「その前に俺の脳細胞が死ななきゃいいけどな」
マッハが肩越しに画面を見る。
「襲撃中、彼らがあれほど平然としていたことには驚かされます」
キランには理由が分かっていた。
「あいつらには、どうでもよかったんだ」
ギアが最新動画を開いた。
キランの顔が即座に映し出される。
より正確には――
サイバー・サイクロプスに完膚なきまでに叩きのめされるキランの姿。
その真下にはタイトルが表示されていた。
**『負け犬、サイバー・サイクロプスにボコボコにされる!』**
キランは無言で見つめた。
再生数が上がっていく。
**1,003,429。**
**1,007,851。**
**1,012,332。**
百万人を超えている。
キランはため息をついた。
「全部、再生数のためか」
ナオミの部屋では――
彼女とDJ Kre8が、まったく同じ数字を見つめていた。
ただし、その反応は正反対だった。
ナオミがにやりと笑う。
「これよ、これ」
スマホを手に取った。
この勝利を知らせたい相手がいた。
連絡先を選ぶ。
**B-LOCK。**
通話がつながった。
ナオミの笑みが広がる。
「よっ、B-Lock!」
背もたれに身体を預ける。
「最新のやつ見た?」
間。
笑みがさらに深くなる。
「よかった!」
ふと別のことを思いつく。
「ねえ、遊ばない?」
沈黙。
ナオミの表情が変わった。
「……そっか」
DJ Kre8が見ている。
ナオミは落胆を隠そうとした。
「分かった」
通話を切る。
「またね」
部屋が静かになった。
DJ Kre8が彼女を見る。
ナオミは必要以上に強くスマホを置いた。
「今日は無理だって」
DJ Kre8は空気を明るくしようとした。
「気にすんなって」
コンピューターを指す。
「いいコメントでも見ようぜ」
ナオミがかすかに笑う。
「そうね」
コメント欄を開く。
スクロールする。
そして止まった。
笑顔が消えた。
「待って」
DJ Kre8が近づく。
「どうした?」
ナオミはまたスクロールした。
さらに。
さらに。
困惑が、ゆっくりと恐怖へ変わっていく。
「いいコメントが……一つも見つからない」
DJ Kre8も画面を見つめる。
ナオミの声が小さくなった。
「だって……ないんだもん」
コメントは次から次へと二人を攻撃していた。
文句。
嘲笑。
もっとやれという要求。
高評価と低評価の比率は壊滅的だった。
ナオミは画面を見つめる。
「一つもない……」
表情が強張った。
「それに、この高評価と低評価の比率……!」
DJ Kre8は眉をひそめる。
「気にすんな」
自信ありげに言おうとする。
「ただのアンチだよ」
ナオミは俯いた。
「バカみたい」
そこにはもう、作り物の自信はなかった。
Jスクワッドも。
ナオミJも。
ただのナオミ。
疲れて。
苛立って。
打ちのめされていた。
「……もう、やめたほうがいいのかな」
DJ Kre8は何も言えなかった。
その時――
背後から声がした。
「再生数が欲しいのか?」
二人とも凍りついた。
ナオミがゆっくりと振り返る。
部屋の影の中に、一人の男が立っていた。
二人を見ている。
待っている。
ナオミの手が即座にターンテーブルへ伸びた。
DJ Kre8も彼女の隣へ移動する。
見知らぬ男は動かなかった。
そして、もう一度問いかける。
今度は少し違う言葉で。
「それを手に入れるためなら――どこまでやれる?」
ナオミは目を細めた。
この時の彼女は、まだ知らなかった。




