サイバー・ドラゴン
キランが東25番街に到着した頃には――
事態はさらに悪化していた。
遥かに悪く。
サイバー・ドラゴンが高層ビルの間を飛び回り、その巨大な金属製の翼が眼下の通りに影を落としていた。
その周囲では、今も音楽が鳴り響いている。
かなり離れた場所にいるキランにも、はっきりとビートが聞こえていた。
いろいろと疑問は浮かんだ。
だが今、シトロン・シティの上空で炎を吐いている巨大なドラゴンに比べれば、どれも大した問題ではなかった。
警察のホバークラフトが怪物を包囲する。
「撃て!」
レーザーが一斉にドラゴンへ飛んだ。
**シュルルッ!**
攻撃は装甲に直撃し――
弾かれた。
一発が近くのビルへ直撃。
別の一発が看板を切り裂く。
三発目は危うく地上の市民に当たりそうになった。
アダムの目が見開かれる。
「気をつけろ、バカども!」
彼とパトロールは混乱の中を駆け回り、市民たちの避難を手伝っていた。
跳ね返ったレーザーがまた一発、二人のすぐ横をかすめる。
アダムは警官たちを睨みつけた。
「ドラゴンよりお前らのほうが街を壊してるじゃねえか!」
ホバークラフトはなおも旋回を続ける。
アダムは地上を指さした。
「少しは役に立て! こいつらを安全な場所まで避難させろ!」
ようやく警官たちはサイバー・ドラゴンから離れた。
数機が着陸し、市民の避難誘導を始める。
アダムは目を回した。
「さすがシトロン警察」
パトロールが頷く。
「いつも通りですね」
その時――
サイバー・ドラゴンが二人へ振り向いた。
口が開く。
アダムの目が見開かれた。
「……スナット」
**ゴオオオオオッ!**
炎が噴き出した。
アダムとパトロールは紙一重で回避する。
ほんの一秒前まで二人がいた場所を炎が焼き尽くした。
そして――
**ブオオッ!**
紫色の残像が頭上を駆け抜ける。
キランが到着した。
マッハも隣を飛んでいる。
キランは巨大なドラゴンを見つめた。
「言わせてもらうけど……」
さらに接近する。
「今朝起きた時は、まさか今日ドラゴンと戦うことになるとは思わなかったな」
マッハが即座に訂正した。
「正確には、*サイバー*・ドラゴンだと思われます」
キランが彼を見る。
「そりゃ失礼」
ドラゴンが咆哮する。
キランのプラズマキャノンが展開された。
「どれくらいサイバーなのか、試してみようじゃないか」
発射。
**ズザァッ!**
プラズマがドラゴンへ直撃した。
**キィン!**
そして弾かれた。
キランの目が見開かれる。
マッハも呆然とする。
ドラゴンは微動だにしていなかった。
「まったく効いてない!」
サイバー・ドラゴンがゆっくりと振り向く。
巨大な両目が、まっすぐキランとマッハを捉えた。
キランは突然、自分がものすごく小さく感じた。
「……気づかれたみたいだな」
マッハは怪物を見つめる。
「間違いありません」
周囲では今も音楽が流れている。
キランは眉をひそめた。
どうしても、それが気になった。
「待てよ……」
周囲を見る。
「なんで音楽が聞こえ――?」
ドラゴンが息を吸い込んだ。
マッハの目が見開かれる。
「キラン!」
**ゴオオオオッ!**
炎の壁が二人へ襲いかかる。
「うおっ!」
キランは急旋回した。
炎が車椅子の数センチ横を通り過ぎる。
スラスターが咆哮した。
一気に上昇する。
ドラゴンも追ってきた。
キランは眼下の街を見る。
人々はまだ逃げている。
すでにいくつもの建物が損傷していた。
このままここで戦い続ければ――
誰かが傷つく。
マッハも同じ結論に達した。
「被害を防ぐため、街から誘導することを提案します」
「もうやってる!」
キランは加速した。
さらに上へ。
サイバー・ドラゴンが追跡する。
巨大な翼が激しく羽ばたいていた。
キランは肩越しに振り返る。
「でも、どうやって――」
言葉が止まった。
ドラゴンがちらついた。
キランは瞬きをする。
「……?」
片方の翼が消えた。
そして再び現れる。
胴体の一部が、古い映像のように歪んだ。
金属の鱗が消える。
全身から色が抜けていく。
マッハが速度を落とした。
「これは……?」
ドラゴンが再びちらつく。
さらに身体の一部が消えた。
音楽も途切れ始める。
キランは呆然と見つめた。
そして――
巨大な怪物は、半透明のピンク色の映像へ変わった。
物理的な装甲などない。
本物の翼もない。
炎を吐く本物の怪物ですらない。
ただの光。
キランの口が開いた。
「……ホログラム?」
数秒後――
サイバー・ドラゴンは完全に消滅した。
同時に音楽も止まった。
静寂。
キランとマッハはシトロン・シティの遥か上空でホバリングしていた。
キランは周囲を見回す。
「……いったい何だったんだ?」
近くのホテルのバルコニーでは――
「**スナット!**」
一人の若い女性が、車椅子の前に取り付けられた未来的なターンテーブルを叩いた。
彼女の名前は――
**ナオミ・ジェニングス。**
その隣には、彼女のVent――
**DJ Kre8。**
ターンテーブルから火花が散る。
ナオミは苛立った顔で機材を見つめた。
「もう……」
その時、カメラに気づく。
瞬時に表情が変わった。
苛立ちは消え。
眩しい笑顔が現れる。
彼女は即座に配信用の顔を作った。
「ごめんね、Jスクワッド! どうやらちょっとした*機材トラブル*みたい!」
ライブ配信の画面横をコメントが猛スピードで流れていく。
「いいね」の数も増え続けていた。
**84K。**
ナオミはカメラへ微笑んだ。
「というわけで、今日の配信はここまでにしようかな」
DJ Kre8がフレームへ顔を出す。
「でもこれが、25番街でドラゴンを見つける方法だぜ!」
ナオミがにやりと笑う。
DJ Kre8が続ける。
「もっと見たいヤツは、その『いいね』を**ぶっ叩け!** チャンネル登録して、もっとヤバいビートを楽しんでくれ!」
「その通り!」
ナオミがカメラを指さす。
「次はどんな**激ヤバな生き物**を見たいか、コメントで教えてね!」
「いいね」が増えていく。
**96K。**
**103K。**
**112K。**
ナオミが手を振る。
「見てくれてありがと! みんなのメイン・ビックス、ナオミJでした!」
DJ Kre8も加わる。
「そしてみんなのお気に入りVent、DJ Kre8!」
ナオミが笑った。
「じゃ、ウチら撤収!」
**カチッ。**
配信終了。
沈黙。
DJ Kre8がゆっくりと彼女を見る。
心底呆れたような顔だった。
「『ウチら撤収』?」
ナオミは額を押さえた。
「言った瞬間に後悔した」
DJ Kre8が首を振る。
ナオミは故障したターンテーブルへ視線を戻した。
「何が起きたか分かる?」
DJ Kre8が機材を調べる。
「射程の問題だな、ベイビー」
コントロールの一つを軽く叩く。
「100ヤードを超えると、こいつがバグる」
ナオミは眉をひそめた。
それはまずい。
彼女のチャンネルは、より大きく、より派手なスペクタクルを作り続けることで成り立っているのだから。
ナオミはカメラを片づけた。
「最近、週を追うごとに視聴率が落ちてるから焦ってるの」
表情が険しくなる。
「こんなミスしてたら余計に下がる」
DJ Kre8は自信を崩さない。
「焦んなって」
笑う。
「次の**激ヤバなトラック**なら、もう用意してある」
ナオミはスマホを取り出した。
ライブ配信の統計を確認する。
そして――
動きが止まった。
「待って」
目が見開かれる。
「これ見て……」
DJ Kre8が近づく。
サイバー・ドラゴン騒動の間、視聴率グラフは比較的安定していた。
だが――
突然、跳ね上がっている。
ちょうどキランとマッハがライブ配信へ映り込んだ瞬間だった。
ナオミがそこを指さす。
「それまでも数字は悪くなかった。でも、この男とVentが映った瞬間……」
グラフが急上昇している。
「……一気に別次元まで跳ね上がってる」
DJ Kre8はキランとマッハをじっと見る。
「こいつら、どっかで見たことあるんだよな」
ナオミも二人を見つめる。
そして、思い出した。
「分かった!」
指がスマホの画面を猛スピードで動く。
一本の動画が表示された。
キランとマッハ。
ザイラとジャリック・ラインハルトと戦っている。
シトロン・シティ中へ拡散された、あのバズ動画。
ナオミの興奮が高まる。
「この二人、ザイラとジャリックにボコボコにされた奴らじゃん!」
反応をスクロールしていく。
「まだみんな、この二人のこと忘れてないみたい」
DJ Kre8が考え込む。
そして――
ある考えが浮かんだ。
「こいつらとコラボできたら、ヤバくね?」
ナオミがゆっくりと彼を見る。
しばらく――
二人とも何も言わなかった。
やがて、ナオミの顔に笑みが広がっていく。
キランとマッハが偶然配信に映り込んだだけで、あれほど視聴率が跳ね上がったのなら――
もし二人が、本当に番組の一部になったら?




