じゃあ、知ってるんだ
アルフィーとグリッチは、すぐに作業へ取りかかった。
グリッチがコンピューターへ接続し、アルフィーの指がキーボードの上を素早く走る。
その背後では、キランとレイモンドがプロフェッサー・テックの隠れ家に散乱する奇妙な発明品を調べ続けていた。
レイモンドは辺りを見回す。
屋根からは雨漏り。
壁は今にも崩れそうだ。
それなのに――
彼が今まで見た中でも最先端と呼べるようなテクノロジーが、廃材で作ったテーブルの上に並べられていた。
「なんで、あんな奴がこんなボロ小屋を使ってるんだ?」
レイモンドは少し考え。
鼻で笑った。
「へっ。自分で答え言っちまったな」
アルフィーはタイピングを続ける。
「ぎ、技術って高いんだよ」
部屋を見回した。
「特に、い、一から何か作ろうとするとね」
レイモンドが彼を見る。
「理解できん」
アルフィーは肩をすくめた。
「誰にも分からないよ」
間。
「ぼ、僕たちが背負う十字架さ」
キランには。
二人の会話などほとんど聞こえていなかった。
別のものが目に入ったからだ。
一冊の本。
未来的な機材に囲まれて。
そこに置かれていた。
あまりにも普通で。
あまりにも場違いな本。
キランは近づいた。
そして。
胸の奥が沈んだ。
『変身』。
表紙を見つめる。
マッハはすぐに気づいた。
「キラン?」
キランは答えなかった。
本を手に取る。
この本を知っている。
少なくとも――
そう思った。
頭の中に教室が蘇る。
課題。
生徒たち。
そして。
キランがこれまで教えてきた中でも、誰よりテクノロジーに強い興味を示していた。
一人の生徒。
アラスター。
キランの表情が。
徐々に曇っていく。
いや。
偶然かもしれない。
有名な本だ。
世界中に何百万冊とあるだろう。
プロフェッサー・テックの隠れ家に一冊あったからといって。
何の証拠にもならない。
それでも――
嫌な予感を。
どうしても振り払えなかった。
「み、みんな!」
キランが振り返る。
アルフィーがコンピューターの前から手招きしていた。
「こ、これ見て!」
キランは慎重に本を自分のトレイへ置いた。
そして。
皆のもとへ向かう。
アルフィーの目は大きく見開かれていた。
「こ、ここ、情報の宝庫だよ!」
グリッチも頷く。
「せ、設計図に、日記……」
画面へ目を向ける。
「……それに、名前まである」
キランの胃が締めつけられた。
名前。
誰かが尋ねるより早く――
ピッ!
警告が表示された。
ファイル削除中
12%
アルフィーの表情が凍った。
「ま、まずい!」
キランが彼を見る。
「何だ?」
アルフィーの指が即座にキーボードを駆け始めた。
「な、何かの改ざん防止アルゴリズムが仕込まれてる」
レイモンドが見つめる。
「英語で言え」
数字が上昇する。
27%。
39%。
56%。
アルフィーがレイモンドを見る。
「つまり、急がないと……」
指の動きがさらに速くなる。
「……ぜ、全部のファイルが、え、永遠に消されるってこと!」
グリッチも必死にデータを転送する。
「で、できるだけ保存してるけど……」
71%。
84%。
「……ほ、ほとんど間に合わない」
「頼む!」
アルフィーがキーボードを激しく叩く。
96%。
そして――
100%。
ハードドライブから煙が立ち始めた。
アルフィーの目が見開かれる。
「離れて!」
全員が後退した。
コンピューターから火花が噴き出す。
キランは反射的に*『変身』をトレイへ抱え込んだ。
そして――
ドガァァァン!
ワークステーション全体が爆発した。
炎が部屋を駆け抜ける。
実験装置へ燃え移る。
配線が焼ける。
マッハがキランの隣へ急ぐ一方。
レイモンドはアルフィーを掴み、出口へ引っ張った。
わずか数秒で――
プロフェッサー・テックの隠れ家は炎に包まれた。
外では。
周囲の通りにいた人々が、燃え上がる小屋を見つめていた。
キラン、マッハ、アルフィー、グリッチ、レイモンドは安全な距離まで離れている。
黒煙が空へ昇っていく。
レイモンドは額へ手を当てた。
「完璧だ」
ため息。
「まったく、完璧だよ」
キランはグリッチを見る。
「頼むから、何か役に立つ情報を保存できたって言ってくれ」
グリッチの表情は。
まったく期待できそうになかった。
「お、遅すぎた」
キランの肩が落ちる。
「て、転送できたのは、もう……」
グリッチが少し間を置く。
「……そ、存在しない技術の設計図だけ」
全員が彼を見つめた。
そしてグリッチが付け加える。
「でも……」
キランが勢いよく顔を上げた。
「グ、グローブとヘルメットの設計図は取れた」
レイモンドが目を見開く。
「次からはそれを先に言え!」
マッハの目も大きく見開かれた。
「それは極めて重要な情報です!」
グリッチが少し縮こまる。
「ご、ご、ご、ごめん」
そのとき。
レイモンドはキランのトレイに載っている本へ気づいた。
「それは?」
キランが下を見る。
再び。
悲しげな表情が戻った。
「テックの正体が分かるかもしれない」
マッハがキランを見る。
彼には。
キランが何を考えているのか分かっていた。
キランは燃え上がる隠れ家を見つめる。
そして。
ため息をついた。
「でも……」
炎がさらに高く昇る。
「……先にこの火を消したほうがよさそうだな」
翌日――
「忘れるなよ!」
教室から出ていく生徒たちへ。
キランが声を張り上げた。
「『変身』*のレポートは明日が締め切りだからな!」
最後の数人が教室を出ていった。
ただ一人を除いて。
アラスター。
彼は自分の荷物をまとめると。
教室のドアへ向かい始めた。
マッハがキランへ近づく。
「気をつけてください、キラン」
声は小さい。
「彼がどう反応するか分かりません」
キランはアラスターを見つめた。
「確かめないと」
唾を飲み込む。
そして――
「アラスター、ちょっといいか?」
アラスターが止まった。
「はい」
キランの机へ近づく。
表情はいつもどおり。
少し困惑している程度だった。
「何です――」
キランが本を持ち上げた。
アラスターの言葉が。
途中で止まった。
目が見開かれる。
沈黙。
*『変身』*を見つめている。
キランは。
その顔に浮かぶ変化を一つ残らず見ていた。
困惑。
理解。
恐怖。
そして――
もっと冷たい何か。
アラスターがため息をついた。
「じゃあ……」
キランを真正面から見る。
「……知ってるんだ」
キランの胸が沈んだ。
それだけで。
十分な答えだった。
「今、確信した」
アラスターの雰囲気が。
完全に変わった。
キランの知る物静かな生徒は。
どこかへ消えてしまったようだった。
キランはできるだけ穏やかな声を保つ。
「どうしてこんなことをしてるのかは分からない。でも、こんなことをする必要は――」
「説教はやめろ。」
キランが止まった。
アラスターが睨みつける。
「自分の作品を盗まれたこともないくせに……」
怒りで声が震える。
「……俺に指図するな」
キランは黙って聞いた。
理解したかった。
まだ。
彼に届く方法があると信じたかった。
だが。
アラスターにはその気がなかった。
「俺に何ができるかは、もう分かってるだろ」
キランが頷く。
「ああ」
アラスターが近づく。
「なら、一度しか言わない」
キランは視線を逸らさなかった。
アラスターが顔を近づける。
「俺の邪魔をするな」
声が低くなる。
「さもないと、ただじゃ済まない」
そして。
視線がマッハへ移った。
「お前のVentもな」
キランの悲しみが。
決意へ変わった。
「お前なんか怖くない、アラスター」
一瞬――
どちらも動かなかった。
そして。
アラスターが背を向ける。
教室のドアへ向かっていく。
「怖がったほうがいい」
ドアが閉まった。
キランは黙ったままだった。
マッハが隣へ移動する。
キランは。
誰もいなくなったドアを見つめ続けた。
もう。
プロフェッサー・テックではない。
ヘルメットの奥に隠れた。
顔も知らない犯罪者ではない。
アラスターだった。
自分の生徒。
廊下で庇った少年。
励ました少年。
才能を信じた少年。
キランの頬を。
一筋の涙が伝った。
マッハは何も言わなかった。
言えることなど。
何もなかった。
キランはついに。
プロフェッサー・テックの正体を突き止めた。
そして――
真実を知ったことは、知らなかったときよりも遥かに痛かった。




