ウイルスを追え
「何か分かった?」
キランは、ノートパソコンのキーボードを猛烈な勢いで叩くアルフィーの指を見つめていた。
コンピューターからグリッチへ何本ものケーブルが伸びている。
そのグリッチのアバターは。
見ていて不安になるほど不安定なままだった。
ある瞬間は普通に見える。
だが次の瞬間――
バヂッ!
身体が歪み、デジタルノイズの塊へと崩れる。
アルフィーは画面から目を離さなかった。
「ま、まだ」
キラン、マッハ、ギア、レイモンドは近くに集まり、ディスプレイを流れていく大量のコードをどうすることもできず見守っていた。
キランには。
まるで意味が分からない。
だがアルフィーにとっては――
どうやら迷路のようなものらしい。
そして今。
その出口を探している。
「し、侵害されてるシステムは見つけた……」
アルフィーが別のコマンドを入力する。
画面に複数のコードが表示された。
いくつかの経路は緑。
だが。
ほかは――
赤。
「……でも、発生源を見つけるのが難しい」
グリッチがまた痙攣した。
キランは眉をひそめる。
プロフェッサー・テックには、本当に酷いことをされたらしい。
アルフィーはさらに画面へ顔を近づけた。
「こ、こんなの見たことないよ」
さらにコマンド。
さらにコード。
さらに増える赤い経路。
「これ作った奴、よ、よっぽど暇だったんだな……」
キランはマッハと顔を見合わせた。
あまり良い兆候には聞こえない。
そのとき――
アルフィーの表情が変わった。
指が突然止まる。
笑みが浮かんだ。
「……でも、ぼ、僕の超絶テクには敵わない!」
最後のキーを勢いよく叩いた。
カチッ!
赤い経路が消えた。
画面全体が緑に染まる。
グリッチのアバターが安定した。
ノイズはない。
痙攣もない。
意味不明な単語も出てこない。
ただ――
グリッチがいる。
アルフィーはすぐに彼へ向き直った。
「グリッチ、ちょ、調子はどう?」
グリッチは自分の手を見る。
次に身体。
そしてアルフィー。
満面の笑みが浮かんだ。
「いつものグ、グ、グリッチな僕に戻ったよ!」
全員が安堵の息を吐いた。
キランはその瞬間まで、自分がどれほど緊張していたのか気づいていなかった。
「よかった……」
マッハがグリッチへ近づく。
「完全に正常稼働しているようですね」
グリッチが頷いた。
「う、うん!」
だが。
キランの安堵はすぐに罪悪感へ変わった。
アルフィーとグリッチへ近づく。
「本当にごめん」
表情が真剣になる。
「俺とマッハが、二人を巻き込むべきじゃなかった」
グリッチは肩をすくめた。
「き、気にしなくていいよ」
アルフィーも頷く。
「ぼ、僕たちが手伝いたかったんだから」
それでも。
キランの気分は晴れなかった。
自分の問題に二人を巻き込んだせいで。
プロフェッサー・テックのウイルスにグリッチが焼かれかけた。
だがアルフィーには。
キランがいつまでも罪悪感に浸るのを許すつもりなどないらしい。
むしろ――
また笑っていた。
「それに、ウイルスを、う、上書きしてる間に……」
アルフィーがノートパソコンを皆へ向けた。
「……ど、どこから来たのか突き止められた」
キランとマッハが固まった。
「本当に!?」
アルフィーがニヤリとする。
「うん」
いくつかのコマンドを入力する。
地図が表示された。
画面上に座標が点滅する。
レイモンドもすぐに近づいた。
キランから安堵の表情が消える。
今度は。
標的ができた。
「い、いいニュースは、そんなに遠くまで行かなくていいってこと」
アルフィーが地図を指さす。
「シ、シトロン・シティのすぐ外だよ」
マッハが座標を解析した。
「バロンズ地区です」
レイモンドの表情が。
わずかに変わった。
キランは気づかなかった。
まだ。
アルフィーは信号を追い続ける。
笑みが消えた。
「し、信号は強い……」
画面上のインジケーターが弱くなっていく。
「……でも、す、すごい速さで消えてる」
キランは即座に車椅子の向きを変えた。
「なら急ごう」
レイモンドが前へ出る。
キランは彼を見る。
「一緒に来る?」
レイモンドは。
その質問自体が馬鹿げているとでも言いたげな顔をした。
「俺を置いて行く気か?」
キランが笑う。
「だよな」
数分後――
シトロン・シティの輝く摩天楼が、徐々に背後へ遠ざかっていった。
キラン、マッハ、レイモンドは空を飛び。
郊外へ向かっている。
はるか下では――
アルフィーとグリッチが必死に追いつこうとしていた。
「おーい!」
遠くから聞こえるアルフィーの声は。
かろうじて届く程度だった。
キランが下を見る。
アルフィーとグリッチは遥か後方。
キランが笑った。
「ごめん!」
そのまま進み続ける。
景色は急速に変わっていった。
巨大な未来的高層ビルが消える。
眩しい広告もなくなる。
シトロン・シティ中心部の整備された街並みは。
荒れた建物へ変わっていった。
放棄された建造物。
ひび割れた舗装路。
街角に集まる人々。
中には。
ほかに行く場所すらないように見える者もいた。
レイモンドは。
次第に口数が少なくなっていった。
キランは周囲を見渡す。
「何を探せばいい?」
「分かりません」
マッハは、グリッチがナビゲーションシステムへ送った座標を確認した。
「グリッチが私のナビゲーターへアップロードした座標によれば……」
前を見る。
「……この角を曲がった辺りのはずです」
レイモンドが頷く。
「よし」
その声には。
明らかな緊張が混じっていた。
「やることだけやって、さっさと出よう」
「そのつもり」
キランが彼を見る。
何かがおかしい。
レイモンドの顎には力が入っている。
視線は何度も周囲の街並みへ動いていた。
だが。
好奇心ではない。
知っているのだ。
この場所を。
キランは少し速度を落とした。
「何か気になる?」
レイモンドはすぐには答えなかった。
「いつもよりちょっとピリピリしてるぞ」
キランが笑う。
「お前の場合、それって相当だからな」
レイモンドは笑わなかった。
代わりに――
下を見た。
崩れかけた建物。
放置された道路。
そこで苦しい生活を送る人々。
「この場所だ」
キランの笑みが消えた。
レイモンドは数秒間。
その街を見つめ続けた。
「お前には話したことなかったけど……」
表情が硬くなる。
「……俺はここで育った」
キランが彼を見る。
レイモンドは飛び続ける。
「軍に入るためにここを出たとき……」
もう一度。
バロンズ地区へ視線を向ける。
「……二度と戻らないって誓った」
ここで何があったのか。
キランには分からない。
レイモンドも。
今まで一度も話したことがなかった。
そして。
その表情を見る限り――
キランは聞かないことにした。
「心配するな」
隣を飛び続ける。
「長居はしない」
そのとき。
マッハが突然速度を落とした。
「実際……」
キランとレイモンドが前を見る。
朽ちかけた建物の間に。
一軒のボロボロの小屋が建っていた。
何の特徴もない。
むしろ。
笑ってしまうほど普通だった。
「……到着しました」
三人は降下した。
キランは建物を見つめる。
「ここ?」
マッハはもう一度座標を確認した。
「座標上は、ここです」
キランは小屋を見る。
次に周囲の街。
そして。
また小屋。
プロフェッサー・テック――
一対のグローブだけで高度なテクノロジーを乗っ取れる男が。
どうやら。
こんな場所を拠点にしていたらしい。
「よし」
キランは入口へ近づいた。
「何があるか見てみよう」
ドアが開く。
中は――
外観とはまったく違っていた。
ほぼすべての場所が機械で埋め尽くされている。
壁から垂れ下がる配線。
テーブルの上には、組み立て途中の実験装置。
見たこともない試作機の隣で、未来的なハードドライブが低い音を立てていた。
キランは見つめる。
「うん」
慎重に中へ入る。
「ここで間違いなさそうだ」
レイモンドも続く。
マッハは周囲のすべてをスキャンした。
そして――
キランは。
机の上に置かれたものに気づいた。
ヘルメット。
プロフェッサー・テックのヘルメット。
そして隣には――
グローブ。
キランの表情が険しくなった。
奴の隠れ家を見つけた。
だが。
プロフェッサー・テック本人はいない。
背後から足音が近づいてきた。
「はぁ……」
ようやくアルフィーがグリッチと一緒に入ってきた。
息を切らしながら笑っている。
「……み、みんな速すぎ!」
グリッチも後に続く。
「い、一瞬……」
アルフィーが笑う。
「……ぼ、僕たち抜きでプロフェッサー・テックを倒しちゃうかと思ったよ」
キランは空っぽの工房を見渡した。
「大したものは見逃してないよ」
視線が。
置き去りにされたヘルメットへ戻る。
「奴はいない」
アルフィーは。
大量の配線と未来的なハードドライブに囲まれたコンピューターに気づいた。
その瞬間。
落胆はどこかへ消えた。
「残念」
近づいていく。
「でも……」
アルフィーの目が輝く。
「グ、グリッチにコンピューターを調べてもらえば……」
グリッチがニヤリと笑う。
「……何か情報を引き出せるかも」
キランが頷いた。
「いいね」
プロフェッサー・テック本人には逃げられた。
だが。
奴は。
工房そのものを置き去りにしている。
そして。
この機械のどこかに――
自分たちが本当は何者を相手にしているのか、その答えが必ず残されているはずだった。




