マッハの大手術
キランが最初に学んだこと。
それは――
親友がバラバラに分解されていく光景を見るというのは、想像以上に精神的によろしくない、ということだった。
「やっぱり嫌なんだけど」
ギアがタブレットから顔を上げた。
「それ、もう六回目」
「今回は本気だ」
「前の五回もそう言ってた」
キランは顔をしかめた。
工房の向こう側では、マッハが整備用プラットフォームの上に横たわっている。
シャーシからは、いくつものパネルが取り外されていた。
むき出しになった内部では、電子回路が淡い光を放っている。
機械式アームが、外科手術さながらの正確さでマッハの周囲を動き回っていた。
工具が唸る。
火花が飛ぶ。
診断用ディスプレイが周囲に浮かんでいる。
その光景は、機械の改造というより――
どう見ても開胸手術だった。
当のマッハは、意外なほど落ち着いている。
『安心してください、キラン』
『私は正常に機能しています』
その時、整備士の一人が誤ってレンチをマッハのフレームへ落とした。
ガンッ!
『痛っ!』
キランは即座にマッハを指差した。
「……何だって?」
『ほぼ正常に機能しています』
整備士は謝った。
マッハは許した。
ギリギリ。
◇ ◇ ◇
何時間もの作業が続いた。
古い部品は、新しい強化装甲へ交換された。
兵器システムが慎重に組み込まれていく。
スラスターのハウジングも大型化された。
照準モジュールがマッハの中央演算システムへ接続される。
キランは、そのすべての工程を見守っていた。
そして、そのすべての工程で心配していた。
最初の大規模なテストが行われたのは、正午少し前だった。
ギアが巨大な金属製の円筒を工房の中央へ運んできた。
キランはそれを見る。
「何だ、それ?」
「標的」
マッハの声に、即座に不安が混じった。
『なぜですか?』
ギアは笑った。
「別に」
その答えのせいで、余計に不安になった。
マッハの側面から、一門のキャノンがせり出した。
キランは瞬きをする。
「それ、前はなかったよな?」
「なかったね」
砲身が輝き始める。
エネルギーが集中していく。
工房全体が微かに振動した。
マッハのアイコンの目が大きくなる。
『待ってください』
ズォン!
眩い光線が工房を横切った。
金属製の円筒は、一瞬で溶けた。
壊れたのではない。
へこんだのでもない。
――溶けた。
標的だったものは、赤く輝く液体の塊となって床へ崩れ落ちた。
工房を沈黙が包んだ。
マッハが見つめる。
キランも見つめる。
全員が見つめる。
そしてようやく――
マッハが口を開いた。
『……今の、私がやったのですか?』
ギアがニヤリと笑った。
「そうだよ」
マッハは少し黙った。
『レーザーキャノンが好まれる理由を、少し理解できた気がします』
◇ ◇ ◇
アップグレード作業は続いた。
午後の早い時間になる頃には、マッハの姿は完全に変わっていた。
装甲は美しく輝いている。
シャーシには追加の排気口が並んでいた。
武器ポートは、洗練された装甲パネルの下へ隠されている。
後部には、新型スラスター。
以前より速そうだった。
以前より強そうだった。
以前より遥かに強力になっている。
それなのに――
どこからどう見ても、
やっぱりマッハだった。
キランは思わず笑顔になった。
「カッコよくなったな」
『ありがとうございます』
少しの沈黙。
そしてマッハが再び口を開いた。
『正直に申し上げますと……』
声が少し柔らかくなる。
『少々、興奮しています』
キランは笑った。
「本当に?」
『もちろんです』
ヴェントのアイコンが明るく輝く。
『私は何年もの間、あなたのレポート採点を手伝ってきました』
『これからは、敵対する戦闘員の撃破もお手伝いできます』
キランは笑いすぎて、本当に車椅子から落ちそうになった。
午後も遅くなる頃には、機体そのもののアップグレードはすべて完了していた。
残された作業は、あと一つ。
――戦闘プロトコル。
ギアがデータケーブルをマッハのシステムへ直接接続した。
その瞬間。
周囲のスクリーンが大量の情報で埋め尽くされた。
照準パターン。
飛行計算。
弾道解析。
脅威評価ソフトウェア。
何千。
何万。
膨大な量の新しいデータが、マッハのメモリーへ流れ込んでいく。
ヴェントが静かになった。
とても静かに。
キランは、それに気づいた。
「大丈夫か?」
沈黙。
さらに数秒。
そしてようやく――
『私は今……いろいろなことを知っています』
キランは瞬きをした。
「どんな?」
『戦闘機動』
『弾道学』
『標的優先順位の算出』
『戦場における緊急医療』
マッハは一度、間を置いた。
『さらに、戦車を無力化する方法を17種類把握しています』
全員がマッハを見つめた。
ギアだけは満足そうに頷いた。
「よし」
キランは青ざめた。
「なんでそんなこと覚えさせたんだよ!?」
◇ ◇ ◇
夕方が近づくにつれ、工房から少しずつ人がいなくなっていった。
作業員たちは機材を片づける。
工具が収納場所へ戻される。
診断用ディスプレイも次々と電源を落としていった。
アップグレードは――
ついに完了した。
今日初めて、マッハは工房の床に静かに座っていた。
整備用プラットフォームもない。
工具もない。
整備士たちもいない。
ただ、マッハだけ。
ギアが隣にしゃがみ込んだ。
「気分は?」
マッハは質問について少し考えた。
『違います』
ヴェントのデジタルアイが動く。
『以前より強い』
『より多くのことができる』
『そして――より多くの状況に対応できる』
ギアは頷いた。
「それが目的だからな」
立ち上がる。
「明日は、キランがこの装備をちゃんと使えるか試してみよう」
マッハが即座に笑った。
『おやおや』
『そこが一番難しそうですね』
キランはマッハを指差した。
「おい!」
全員が笑った。
そして――
アンドロイド襲撃事件以来、初めて。
キランは、次に何が起きても大丈夫だと思えた。
少なくとも――
本人はそう思っていた。
なぜなら明日、彼を待っているのは――
悪党よりも恐ろしいもの。
戦闘ロボットよりも恐ろしいもの。
犯罪よりも遥かに恐ろしいもの。
――訓練だった。




