ギアの工房
翌朝は、何だか妙な感じがした。
ものすごく妙だった。
キランはレイモンドのホバーバンに乗り、窓の外をぼんやりと眺めていた。
いつもなら、マッハが隣にいる。
何かを分析したり。
予定を思い出させたり。
時々、キランを恥ずかしい目に遭わせたり。
だが今日は――
ただ静かだった。
そしてキランは、その静けさが嫌だった。
少しだけ。
いや。
正直に言えば、かなり。
◇ ◇ ◇
運転席から、レイモンドがちらりとキランを見た。
「ずいぶん静かだな」
キランは肩をすくめた。
「平気だよ」
「それ、もう三回言ったぞ」
「今も平気だ」
「マッハがいなくて寂しいんだろ」
キランは即座に窓の外へ視線を逸らした。
「そんなことない」
「絶対そうだ」
レイモンドの腹立たしいところは、大抵の場合、正しいことだった。
ホバーバンはシトロン・シティ郊外の工業地区へ入っていった。
巨大な倉庫がいくつも頭上にそびえ立っている。
ホバートラックが積み込み区域を行き交う。
機械式クレーンが巨大な輸送コンテナを次々と移動させていた。
そして、そんな巨大施設の間に――
シトロン・シティでも屈指の混沌とした建物があった。
――ギアの工房。
入口の上に掲げられた巨大な金属製看板は、文字がいくつか欠けていた。
一部分は明らかにダクトテープで固定されている。
そして別の場所からは――
煙が出ていた。
キランには、それが正常な状態だとは到底思えなかった。
「なあ」
キランが言った。
「今日この建物が爆発しても、俺は驚かないと思う」
レイモンドは頷いた。
「妥当だな」
自動ドアが開く。
その瞬間――
大量の騒音がキランを襲った。
金属を叩く音。
溶接機。
電動工具。
爆発。
小さな爆発。
なぜか、大きな爆発より小さな爆発のほうが不安になる。
「ようこそ!」
工房の奥から声が響いた。
誰なのか、キランにはすぐにわかった。
ジェラルド・キリアン。
キランの弟だ。
もっとも、本人は「弟」と呼ばれるのを嫌がるのだが。
一台のホバーバイクのシャーシの下から、ジェラルドが這い出してきた。
手袋は油まみれ。
安全ゴーグルは額の上。
尻ポケットからはレンチが一本飛び出している。
そして、どういうわけか――
本当に、どういうわけか――
髪はいつも以上にボサボサだった。
「おはよう」
ギアがニヤリと笑った。
「アップグレードの準備はできてるか?」
キランの顔に、即座に笑みが浮かんだ。
「もちろん」
◇ ◇ ◇
少し離れた場所では、マッハが高く設置された整備用プラットフォームの上にいた。
すでに数人の整備士が彼を調べている。
いくつもの装甲パネルが取り外されていた。
シャーシの周囲には、診断用ディスプレイがいくつも浮かんでいる。
ヴェントのデジタルフェイスが表示された。
『おはようございます、キラン』
自分でも驚くほど、キランは安心した。
「おはよう」
マッハのアイコンが点滅する。
『先ほどより機嫌が良くなったようですね』
「そうかもな」
『私がいなくて寂しかったのですね』
キランは即座に、返事をしたことを後悔した。
ギアが笑った。
レイモンドも笑った。
整備士の一人まで笑った。
「お前ら、全然助けになってないぞ」
マッハは満足そうだった。
『そのようですね』
ギアがホログラムの設計図を呼び出した。
巨大な立体映像が、工房の中央へ広がる。
そこには、何十もの新システムが表示されていた。
武器マウント。
追加装甲。
推進システムの強化。
飛行安定装置。
緊急対応システム。
キランは目を見開いた。
「待て」
設計図を指差す。
「これ、全部マッハに入れるのか?」
「そうだよ」
「やりすぎじゃないか?」
ギアは傷ついたような顔をした。
心の底から侮辱されたような顔だった。
「“やりすぎ”なんてものは存在しない」
レイモンドが即座に工房の一角を指差した。
一台のホバースクーターが、なぜか天井から逆さまにぶら下がっていた。
「あれは?」
ギアは黙った。
「……わかった」
「たまには、やりすぎもある」
キランは笑った。
ホログラムの設計図が回転する。
ギアはいくつかの強調表示された部品を指差した。
「プラズマキャノン」
「強化スラスター」
「照準システム」
「強化装甲」
キランは瞬きをした。
「これ全部、一晩で作ったのか?」
「いや」
ギアは笑った。
「数か月前に作った」
「……何?」
「使う理由ができるのを待ってたんだ」
キランは急に不安になった。
ものすごく不安になった。
◇ ◇ ◇
数時間後。
すべての準備が整った。
整備士たちがマッハの周囲へ集まる。
工具が次々と所定の位置へ浮かび上がった。
診断ディスプレイが一斉に点灯する。
ギアがパンッと両手を叩いた。
「よし」
「始めるぞ」
マッハは不安そうに周囲を見回した。
『優しくお願いします』
整備士の一人が、即座に装甲パネルを取り外した。
『痛っ!』
『それは優しくありません!』
工房中に笑い声が響き渡った。
キランも笑いを止められなかった。
アンドロイド襲撃事件以来、初めて――
すべてが普通に戻ったような気がした。
まあ。
少なくとも――
キリアン家にとっての「普通」には。




