ウィーラーズとの出会い
数秒間、誰も口を開かなかった。
駐車場のあちこちに、アンドロイドの残骸が散らばっている。
凍りついた金属片が、太陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
生徒たちは車の陰から顔を覗かせている。
教師たちも、校舎の中から慎重に姿を現し始めた。
全員がヒーローたちを見つめていた。
だって――
ウィーラーズが突然現れた時、それ以外にどうしろというのだ?
◇ ◇ ◇
しかしキランだけは、今すぐ彼らに帰ってほしかった。
できれば――
たった今起きたことについて話し始める前に。
残念ながら、運命はそんなに優しくなかった。
◇ ◇ ◇
零花の隣に、ブリザードが現れた。
AIの周囲を大量のデータが流れていく。
ヴェントは破壊されたアンドロイドをスキャンした。
次にキラン。
そして最後に、見るも無残な姿になったテーザー装置。
長い沈黙。
キランは、その沈黙が嫌だった。
ものすごく嫌だった。
やがて、ブリザードが口を開く。
『分析完了』
キランは顔をしかめた。
来た。
アンドロイドの砕け散った残骸が、彼らの周囲に転がっていた。
◇ ◇ ◇
『対象アンドロイドの外装には、ゴム素材が使用されていました』
『そのため、電撃による攻撃は無効だったと判断されます』
『キリアン先生が実行した作戦の推定成功率――3パーセント』
近くにいた生徒が咳払いをした。
どう聞いても、笑いを誤魔化しているようにしか聞こえなかった。
◇ ◇ ◇
キランはうなだれた。
「3パーセント?」
ブリザードがホログラムの首を傾げる。
『その数値でも、やや寛大な評価かもしれません』
◇ ◇ ◇
背後のどこかで、レイモンドが吹き出した。
裏切り者。
炎司は即座に大笑いした。
「3パーセント!?」
EDFDは、人類最高峰の人材と技術を結集した組織だった。
所属するヒーローたちは都市を守り、災害に対応し、一般市民なら存在すら知らずに一生を終えるような脅威と戦っている。
「いや、最高だろ、それ!」
炎司は笑いを堪えきれない。
「本当にテーザーで攻撃したのかよ!」
「で、プランBは?」
キランは腕を組んだ。
「プランBなんてなかった」
「ああ」
「見てればわかる」
◇ ◇ ◇
零花は目を閉じた。
深く息を吸う。
そして、もう一度目を開いた。
「あなた、あんなことをするべきじゃなかった」
キランは頷いた。
「わかってる」
「大怪我をしていたかもしれない」
「わかってる」
「死んでいた可能性だってあるのよ」
「……わかってる」
◇ ◇ ◇
零花は少し黙った。
そして――
わずかに微笑んだ。
「でも……」
キランが顔を上げる。
◇ ◇ ◇
「あなたの勇気は立派だったと思う」
予想外の言葉だった。
キランは何も言えなかった。
「危険にさらされている人を見た」
「そして、あなたは行動した」
「ほとんどの人なら、その場で動けなくなっていたでしょう」
零花は、警察官と話している先ほどの女性へ視線を向けた。
「あなたが助けたから、彼女は逃げられた」
キランは瞬きをした。
そんなことを言った者は、まだ誰もいなかった。
「……本当にそう思う?」
「ええ」
ブリザードも頷いた。
『統計的に見ても、アンドロイドがキリアン先生へ注意を向けたことで、女性が脱出できる確率は大幅に上昇しています』
キランは微笑んだ。
ほんの少しだけ。
そして炎司が、その瞬間を台無しにした。
「まあ、それでもアホだけどな」
キランはため息をついた。
「……やっぱり来たか」
ブレイズが指を差した。
『待ってたぜ』
炎司は壊れたテーザー装置をキランへ投げ返した。
ボロボロの装置が、悲しげな金属音を立てて落ちる。
「もっとマシな武器を用意したほうがいいぞ」
「俺は教師なんだけど」
「だからだよ」
「本ならいっぱいあるだろ?」
キランは彼を見つめた。
「それ、どういう意味だ?」
「知らない」
炎司は肩をすくめた。
「なんかカッコよさそうだったから言った」
レイモンドが腕を組んだ。
「こいつ、喋らないほうが好きだったな」
「大抵の人がそう思ってるわ」
零花が認めた。
その瞬間、張り詰めていた空気が消えた。
全員が笑った。
キランさえも。
キランのディスプレイに、マッハのアイコンが現れる。
『キリアン先生が引き続き正常に稼働していることを確認でき、安心しました』
「ありがとな、マッハ」
『ただし、意思決定プロセスについては、さらなる評価が必要です』
キランはうめいた。
「お前まで言うのかよ」
ヒーローたちがマッハを見る。
マッハも彼らを見る。
気まずい沈黙。
やがてブレイズが口を開いた。
『おお……』
『普通に喋るヴェントだ』
マッハが瞬きをする。
『その発言に、どのように返答すべきかわかりません』
「ほら!」
ブレイズが言った。
『変な奴だ』
その時――
突然、ブリザードの表情が変わった。
瞳が明滅する。
新たなデータが表示された。
緊急警報。
位置情報。
脅威評価。
零花は即座に気づいた。
「何?」
『銀行強盗発生』
ホログラム画面が拡大する。
シトロン・シティの地図が表示された。
中心街の一角で、赤い警告マークが点滅している。
『武装した容疑者、複数』
『民間人の被害予測、上昇中』
炎司がニヤリと笑った。
「来たな」
「今度こそ本物の緊急事態だ」
キランは、姉弟が出発の準備を始める姿を見つめた。
予想していたことではあった。
ヒーローは、いつだって動き続けている。
いつだって誰かを救っている。
いつだって、どこかで必要とされている。
それでも……
なぜか、少し残念だった。
◇ ◇ ◇
空へ飛び立つ直前。
零花が振り返った。
真っ直ぐキランを見る。
「キリアン先生」
キランは瞬きをした。
「ん?」
「これからも、人を助けて」
彼女が浮かべた笑顔は、本物だった。
温かく。
優しく。
背中を押してくれるような笑顔。
「この街には、他人を思いやれる人がもっと必要だから」
一瞬、キランは何も言えなかった。
すると炎司が彼を指差した。
「あと、殺人ロボットにテーザーで挑むのはやめろよ」
「了解」
「よし」
スラスターが点火した。
ウィーラーズが空へ飛び上がる。
青と赤の光が、空を切り裂いていった。
ほんの数秒で、二人の姿は消えた。
残されたのは、徐々に薄れていく二本の軌跡だけ。
駐車場に静けさが戻った。
生徒たちは少しずつ、いつもの会話へ戻っていく。
警察は捜査を続けている。
日常が再び動き始めた。
まるで――
何も起きなかったかのように。
◇ ◇ ◇
レイモンドが、壊れたキランの車椅子を元の姿勢へ戻すのを手伝った。
「一体、何考えてたんだ?」
キランは微かに笑った。
「何も」
「だろうな」
マッハのアイコンが現れる。
『レイモンドに同意します』
「みんなレイモンドに同意するよな」
『レイモンドは大抵の場合、正しいからです』
キランは笑った。
そして――
空を見上げた。
ウィーラーズが飛び去った空。
青と赤の軌跡が、まだ微かに残っている。
◇ ◇ ◇
ヒーロー。
本物のヒーロー。
空を飛べる人間。
命を救える人間。
不可能なことさえ、簡単そうにやってのける人間。
心の奥深くから、小さな声が聞こえた。
危険な考え。
希望に満ちた考え。
そして――
あり得ない考え。
――いつか、俺もあんな風になれたら?
キランはすぐに、その考えを振り払った。
馬鹿げている。
不可能だ。
現実味なんて、まるでない。
それなのに……
霜と炎の最後の痕跡が雲の向こうへ消えていっても――
その考えだけは、
どうしてもキランの中から消えてくれなかった。




