歴史を守る
RB–211が最後の一発を放った。
キランは車椅子を横へ急旋回させる。
攻撃はわずか数センチのところをかすめ、そのまま壁へ直撃した。
「逃げるぞ!」
ロボットはもう戦おうとしていなかった。
撤退している。
RB–211は博物館内を猛スピードで駆け抜け、自分が侵入してきた窓へ向かった。
マッハにはすぐに理由が分かった。
「レイモンドが操縦者の拘束に成功したのでしょう」
キランは笑った。
作戦は成功した。
マンドレイクからの指示がなくなったことで、RB–211は任務を放棄したのだ。
しかし――
だからといって、キランが逃がすわけではない。
「よし」
操作桿を握る手に力を込める。
「終わらせよう」
RB–211が加速した。
武器がチャージされる。
キランの車椅子も同時に加速態勢へ入った。
「光速で行こうぜ」
マッハが笑う。
「もちろんです」
キランの姿が消えた。
ズォォォン!
猛烈な突風が博物館内を駆け抜ける。
RB–211が急停止した。
その真正面に。
キランとマッハが突然現れる。
ロボットが武器を構えた。
遅い。
キランのプラズマキャノンが火を噴いた。
ドガァァン!
一撃がRB–211を真正面から捉えた。
金属片が部屋中へ弾け飛ぶ。
片腕が一方向へ。
脚が反対方向へ。
装甲の破片が博物館の床へ無害に転がっていく。
そして――
静寂。
キランは散乱した残骸を見つめた。
何も動かない。
展示品には一つも当たっていない。
ワルシャワの装甲も、あるべき場所にそのまま残っている。
マッハが笑った。
「お見事です、キラン!」
キランもようやく力を抜いた。
「一瞬、回路がどうにかなりそうでしたよ」
「俺もだよ」
キランは周囲を見回した。
砕けた彫刻はない。
壊れた展示ケースもない。
値段すらつけられない歴史的遺物が粉々になった形跡もない。
「ありがたいことに、何も壊れなかったな」
シトロン・シティの別の場所では――
アラン・マンドレイクが、ノイズだらけになったコンピューター画面を見つめていた。
表情が凍りつく。
RB–211からの信号が消えた。
数秒間。
ただ画面を見つめることしかできなかった。
その背後では、レイモンドがマンドレイクの両腕を背中へしっかり押さえ込んでいる。
「見てみろよ」
レイモンドがノイズだらけの画面を見る。
「どうやら、お前のRBユニットもこれで終わりみたいだな」
マンドレイクが顔を向けた。
その目には純粋な憎悪が宿っている。
「地獄に落ちろ」
レイモンドが肩を軽く叩いた。
「いや」
ニヤリと笑う。
「その前に、お前を刑務所へ連れてかなきゃならん」
マンドレイクは顔を背けた。
「まずは、盗んだ彫刻をどこに隠したか教えてもらってからな」
沈黙。
レイモンドは待った。
マンドレイクがため息をつく。
もう隠す意味もなかった。
「向こうのタンスだ」
部屋の反対側へ顎を向ける。
「左側の一番上の引き出し」
「見てみよう」
レイモンドはマンドレイクを床へ押し下げた。
「ぐっ!」
マンドレイクが膝をつく。
レイモンドは片手で彼を押さえたまま、引き出しを開けた。
ガラクタ。
大量のガラクタ。
レイモンドが中を探る。
マンドレイクは床を見つめていた。
そして――
見つけた。
盗まれた彫刻。
レイモンドが引き出しから持ち上げる。
「本当にあったな」
マンドレイクは目を閉じた。
「よし」
レイモンドが笑う。
「これでC.C.P.D.までの長~い道中が少し楽になるな」
勝負は終わった。
その後。
トリニティ博物館は警察官でいっぱいになっていた。
警官たちは散乱したRB–211の破片を回収し、証拠袋へ入れていく。
キランはその様子を眺めた。
そして。
アダムを見る。
「俺たちが来てくれて助かっただろ?」
アダムは即答した。
「いや」
キランが瞬きをする。
マッハも見つめた。
アダムは腕を組んだ。
「警察の仕事に首を突っ込むなって言っただろ」
キランの口が開いた。
「一歩間違えば、この博物館全部をぶっ壊してたかもしれないんだぞ」
「はぁ!?」
マッハは心底腹を立てた様子だった。
「我々はあなたの命を救ったんですよ!」
「関係ない!」
キランは呆然と彼を見る。
アダムは続けた。
「お前らみたいなのが俺たちの仕事をやり始めたら、みんな俺たちのことなんか完全に忘れちまうだろ!」
キランがゆっくり眉を上げた。
アダムは大げさに両手を広げる。
「そうなったら、俺たちは何なんだ?」
間。
「コーヒーとドーナツ持ってるだけのモブか?」
「アダム」
パトロールの声が遮った。
アダムが振り向く。
パトロールはキランとマッハを見る。
「彼らが助けてくれたのは事実です」
アダムが顔をしかめる。
「今回だけは見逃してもいいんじゃないですか?」
アダムは黙った。
それから目を回す。
「好きにしろ」
アダムとパトロールは歩き去っていった。
キランは二人の背中を見送る。
「相変わらず愉快な奴だな」
マッハは間髪入れず答えた。
「いつものことです」
キランは出口へ向かった。
「家に帰りたい」
もうクタクタだった。
「しばらく博物館はいいかな」
マッハもついていく。
「同感です」
二人は入口へ到着した。
「ここはあまりにも精神的負担が大きすぎます」
キランが小さく笑う。
マッハは展示物を振り返った。
「それでも……」
その表情が柔らかくなる。
「やはり、胸が躍りますね」
キランがマッハを見る。
「歴史を救うなんて、毎日できることじゃないからな」
「そのとおりです」
二人は三位一体の巨大な像の下を通り過ぎた。
ユリシーズ・アビオドゥンとワルシャワ。
アレクサンドラ・ノヴァクとジェットストリーム。
ケイン・バルカザールとナイトロ。
世界を変えた人々――
そしてVentたち。
その象徴が二人を見下ろすようにそびえ立っていた。
キランは最後にもう一度、像を見上げた。
「でも、歴史にはそのまま大人しくしててもらいたいけどな」
マッハが笑う。
「私も同感です」
そうして――
二人は博物館を後にした。
シトロン・シティの別の場所。
暗い部屋の中で、テレビが流れていた。
画面にはニュース番組。
アレックス・マドックス、来週のサミットで開会講演へ
群衆へ笑顔で手を振る男の写真が映し出された。
『続いてのニュースです。マドックス・インコーポレーテッドCEO、アレックス・マドックス氏が、来週開催されるテック・エキスポの開会講演者として、久しぶりに公の場へ姿を見せる予定です』
暗闇の中から。
何者かが画面を見ていた。
男を取り囲む部屋は。
普通の人間なら一生目にすることもないような場所だった。
机を埋め尽くす先進機器。
武器。
追跡システム。
一目では用途すら分からない機械。
一般人が所有しているはずのないほど高度な技術。
『その他の講演者として、技術顧問ウィリアム・ウォードウェル氏、ジョセフ・シャーマン市長なども登壇予定です』
一本の手が。
机へ伸びた。
中年。
白人男性。
黒いビジネススーツの袖。
その手が。
奇妙な金属製のグローブを掴んだ。
複雑な構造の中を。
無数の配線が走っている。
指が曲がった。
『数多くの講演者の中でも、世間の注目を最も集めているのは、普段ほとんど公の場に姿を見せないこの実業家でしょう』
テレビに。
再びマドックスの笑顔が映し出された。
謎の男の拳が固く握られる。
バヂッ!
テレビが爆発した。
火花が部屋中へ飛び散る。
画面の破片が床へ散乱する。
「嘘つきめ!」
消えかけたテレビの光の中へ。
男が一歩踏み出した。
ごく普通のビジネススーツにネクタイ――
ただし。
そのネクタイにさえ、複雑な配線のような模様が走っている。
両手を覆うグローブは。
技術の結晶そのもの。
そして顔を覆っているのは。
何世代も昔の人間が想像したような、古臭く無骨なロボットを思わせるヘルメットだった。
プロフェッサー・テック。
彼は。
砕け散ったアレックス・マドックスの映像を睨みつけた。
「だが、必ず奴らにも分からせてやる」
電子的な声が暗闇に響く。
グローブに覆われた拳が握り締められる。
「もうすぐ……」
プロフェッサー・テックの歪んだ声が。
さらに大きくなる。
「……全員が思い知ることになる!」




