ボットボーイ
黒い機械液の跡が、街の中を延々と続いていた。
レイモンドは、その跡を上空から追っていた。
数ブロック進むたび。
舗道に新しい一滴が落ちている。
また一滴。
さらに一滴。
RB–211は速い。
だが。
機械液を漏らしながら逃げる壊れたロボットなんて。
追跡するのは難しくなかった。
レイモンドが笑う。
「さあ、ちびボットボーイ……」
加速する。
「お前の家を教えてくれよ」
数ブロック先では。
RB–211が狭い路地を足を引きずりながら進んでいた。
損傷した脚が。
一歩進むたびに火花を散らす。
**バチッ!**
機体がよろめく。
姿勢を戻す。
進み続ける。
システムに警告が表示された。
**下肢損傷率:38%**
**移動能力低下**
**機械液流出を検知**
RB–211は。
すべて無視した。
重要な目的は。
ただ一つ。
マンドレイクのもとへ戻る。
ロボットは。
アパートへ到着した。
背後を確認する。
何もない。
そして。
中へ入った。
数分後――
アラン・マンドレイクが。
コンピューターから顔を上げた。
アパートのドアが開く。
RB–211が入ってきた。
マンドレイクは。
すぐに損傷へ気づいた。
「お前、一体どうしたんだ!?」
RB–211が。
足を引きずりながら進む。
「偵察中に、一名の人物と遭遇しました」
マンドレイクが立ち上がる。
「誰だ?」
「不明です」
RB–211が止まる。
「高性能エクソスーツを装備していました」
マンドレイクの表情が。
険しくなった。
まずい。
非常にまずい。
「尾行されたか?」
「追跡からの離脱には成功しました」
マンドレイクが。
息を吐いた。
「よかった」
RB–211の損傷した脚の横へ。
しゃがみ込む。
機械液が。
まだ床へ滴り続けていた。
「座れ」
RB–211が従う。
マンドレイクは。
工具を手に取った。
「直してやる」
損傷した装甲板を外す。
配線。
油圧機構。
内部機械。
マンドレイクが。
首を振った。
「やった奴、ずいぶん派手に壊してくれたな」
RB–211は。
動かなかった。
「申し訳ありません」
マンドレイクの手が止まる。
「何が?」
「損傷を回避できなかったことです」
マンドレイクは。
ロボットを見つめた。
そして。
鼻で笑う。
「謝るな」
再び。
修理を始めた。
「ちゃんと帰ってきた」
それで十分だった。
少なくとも。
彼にとっては。
外では――
レイモンドが。
通りの向かい側にある建物の屋上へ。
静かに着地した。
下を見る。
機械液の跡は。
古びたアパートの前で途切れている。
「ビンゴ」
バイザーの倍率を上げる。
いくつもの窓。
いくつもの部屋。
どこにロボットがいるのか。
見ただけでは分からない。
レイモンドが眉をひそめた。
「さて……」
スキャンする。
「どの部屋だ?」
そのとき――
非常階段から。
見覚えのある黒い液体が滴り落ちた。
レイモンドの笑みが戻った。
「おいおい、簡単すぎるだろ」
建物へ向かって飛んだ。
部屋の中では。
マンドレイクがRB–211の修理を続けていた。
「よし」
最後の部品を。
しっかり締める。
「試してみろ」
RB–211が立つ。
脚を動かす。
関節を曲げる。
伸ばす。
「移動能力、87%まで回復」
マンドレイクが笑った。
「十分だ」
そのとき――
**ドン!**
マンドレイクが固まった。
RB–211の頭が。
窓へ向く。
静寂。
マンドレイクが。
ゆっくり立ち上がった。
「今のは何だ?」
RB–211の。
戦闘システムが起動する。
「不明です」
また音がした。
**ズズッ。**
マンドレイクは。
机の下へ手を伸ばした。
指が。
ブラスターを握る。
そして――
窓の外から。
逆さまになったレイモンドの顔が現れた。
「よぉ」
マンドレイクが叫んだ。
「うわあっ!」
レイモンドが。
窓ガラスを突き破る。
**ガシャァン!**
部屋の中へ着地した。
マンドレイクが。
武器を構える。
レイモンドのスーツが。
即座に彼をロックオンした。
「落ち着け」
マンドレイクが固まる。
RB–211が。
二人の間へ割って入った。
武器起動。
レイモンドが。
ロボットを見る。
「おっ」
笑った。
「俺のこと覚えてるじゃねえか」
RB–211が発砲。
**ズィン!**
レイモンドが避ける。
光弾が。
壁を撃ち抜いた。
「うん」
レイモンドが。
両腕を上げる。
「間違いなく覚えてるな」
RB–211が突進する。
レイモンドも。
正面から迎え撃った。
**ガァン!**
金属と金属がぶつかる。
衝撃で。
部屋全体が揺れた。
マンドレイクが後退する。
「RB!」
ロボットが拳を振るう。
レイモンドが防ぐ。
もう一撃。
また防ぐ。
RB–211のほうが速い。
だが。
レイモンドのエクソスーツのほうが強い。
二人は。
家具を巻き込みながら激突した。
**バァン!**
テーブルが砕ける。
**ガシャァン!**
椅子が。
部屋の反対側まで吹き飛んだ。
マンドレイクが身を屈める。
「コンピューターには気をつけろ!」
レイモンドが。
彼を見る。
「マジで言ってんのか?」
RB–211の拳が。
顔面に入った。
**ガァン!**
レイモンドがよろめく。
「よし」
顎をさする。
「今のは普通に痛かった」
RB–211が。
再び攻撃する。
レイモンドは。
その腕を掴んだ。
捻る。
そして。
ロボットを床へ叩きつけた。
**ドォン!**
RB–211は。
即座に起き上がろうとする。
レイモンドが。
装甲に覆われた片足を。
その胴体へ乗せた。
「待て」
RB–211がもがく。
マンドレイクが。
ブラスターを構えた。
「そいつから離れろ!」
レイモンドが振り向く。
マンドレイクが撃った。
**バシュッ!**
光弾が。
レイモンドの肩の装甲へ命中した。
だが。
ほとんど動かない。
マンドレイクが。
呆然とする。
レイモンドは。
ゆっくりと肩の焦げ跡を見る。
そして。
マンドレイクへ視線を戻した。
「失礼な奴だな」
マンドレイクが。
もう一度撃つ。
レイモンドが飛び込んだ。
装甲に覆われた手で。
ブラスターを掴む。
**グシャッ!**
武器が。
その手の中で潰れた。
マンドレイクの目が見開かれる。
レイモンドは。
壊れた武器を投げ捨てた。
「さて……」
RB–211を指さす。
「……お前の可愛いロボットのお友達について、話してもらおうか」
マンドレイクの表情が硬くなる。
「何の話だか分からない」
レイモンドが。
部屋を見回す。
数メートル先には。
盗まれた彫刻。
コンピューターのモニターには。
博物館の設計図。
足元には。
押さえつけられたRB–211。
レイモンドが。
マンドレイクを見る。
「お前さ……」
周囲を指す。
「*嘘つくの下手すぎるだろ*」
マンドレイクは。
何も言わなかった。
レイモンドが。
盗まれた彫刻へ近づく。
「これ、博物館のやつか?」
沈黙。
レイモンドが持ち上げる。
「ふーん」
マンドレイクを見る。
「イエスってことでいいな」
その瞬間。
RB–211が。
突然レイモンドの脚を掴んだ。
レイモンドがバランスを崩す。
「うおっ!」
ロボットが。
彼を投げ飛ばした。
**ドガァン!**
レイモンドが。
壁へ激突する。
RB–211が。
即座に立ち上がった。
マンドレイクが。
窓を指さす。
「行け!」
RB–211が。
一瞬ためらった。
「早く!」
ロボットが走る。
レイモンドが立ち直った瞬間。
RB–211は。
割れた窓から飛び出した。
「おい、またかよ!」
レイモンドも。
後を追って飛び出す。
マンドレイクが。
窓へ駆け寄った。
「RB!」
ロボットが。
道路へ向かって落下する。
スラスター起動。
そして――
**ブォン!**
一気に加速した。
レイモンドが追う。
「今度こそ逃がさねえぞ!」
追跡は。
街の空を突き抜けていった。
RB–211が。
ビルとビルの間を飛び抜ける。
レイモンドは。
ぴったり後ろにつく。
ロボットが。
後方へ射撃する。
**ズィン! ズィン!**
レイモンドが避ける。
「その程度じゃ俺は落とせねえぞ!」
RB–211が。
さらに速度を上げる。
レイモンドも。
同じだけ加速する。
そのとき。
ロボットの損傷した脚から。
火花が散った。
**バチッ!**
飛行軌道が。
わずかにずれる。
ほんの少し。
だが。
それで十分だった。
レイモンドが加速する。
手を伸ばした。
「捕まえた!」
RB–211の。
損傷した脚を掴む。
ロボットが身体を捻る。
レイモンドは離さない。
「今度は逃がさねえ!」
RB–211の腕が。
変形した。
ブレードが伸びる。
レイモンドの目が見開かれた。
「うおっ!」
**シャキン!**
刃が。
彼の装甲を切り裂いた。
レイモンドが手を離す。
RB–211は。
逃げた。
またしても。
レイモンドは。
空中で停止した。
「クソッ!」
そのとき。
下を見る。
揉み合った際に。
RB–211から何かが落ちていた。
小さなデータモジュール。
レイモンドが。
空中で受け止める。
手の中で裏返した。
「ほう……」
苛立った表情が消えた。
「どうやら、ただ逃げられただけじゃなさそうだな」
アパートでは――
マンドレイクが。
めちゃくちゃになった部屋を見つめていた。
割れた窓。
壊れた家具。
消えた彫刻。
そして。
今もコンピューター画面に表示されたままの。
博物館の設計図。
マンドレイクは。
両手を机へ叩きつけた。
「スナット!」
何もかも。
最悪だった。
警察に見つかる。
博物館は。
さらに警備を強化する。
そして。
エクソスーツを着たイカれた男に。
自宅まで知られてしまった。
マンドレイクが。
部屋を歩き回る。
考えろ。
考えろ。
考えろ。
やがて。
視線がコンピューターへ向いた。
トリニティ博物館。
黄金のVentプレート。
あと一仕事。
必要だったのは。
それだけ。
最後の大仕事。
姿を消すのに十分な金。
マンドレイクが。
歩みを止めた。
恐怖が。
ゆっくりと決意へ変わっていく。
「……いや」
諦めない。
今さら。
ここまで来て。
彼は椅子へ座った。
博物館の設計図を開く。
そして。
キーボードを叩き始めた。
むしろ――
レイモンドの邪魔が入ったことで。
予定が早まっただけだ。
待たない。
何日もかけて準備なんてしない。
できるだけ早く。
Ventプレートを盗み出す。
そして今度こそ――
誰にも。
邪魔はさせない。




