さよなら、ママ
シトロン総合病院の外。
ザイラとジャリックは、母親のそばで待っていた。
六歳の二人はそれぞれ車椅子に座り、病院の入口を行き交う見慣れない車両を不安そうに眺めている。
二人とも。
何が起きているのか理解していなかった。
ただ一つ分かっているのは。
これからどこかへ行くということ。
ザイラは母親を見上げた。
「どこに行くの、ママ?」
アメルの胸が締めつけられた。
答えは練習してきた。
何度も。
それでも。
実際に口にするのは少しも楽にならなかった。
「あなたたちを元気にしてくれる場所よ」
無理やり笑顔を作る。
「そこには、ママより上手に二人のお世話をしてくれる人たちがいるの」
ジャリックはすぐに眉をひそめた。
「ママは一緒に来ないの?」
アメルはしゃがみ込み。
二人と目線を合わせた。
「行けないの……」
ザイラが母親を見つめる。
「どうして?」
アメルは唾を飲み込んだ。
「ママは入れてもらえないの」
一瞬――
二人とも何も言わなかった。
そして。
その意味を理解した。
ザイラの目に涙が溜まる。
「もうママに会えないの!?」
ジャリックの恐怖は。
一気にパニックへ変わった。
「ママと離れたくない!」
「行きたくない!」
「どうして行かなきゃいけないの!?」
次から次へと。
質問が飛んでくる。
アメルは答えようとした。
落ち着こうとした。
でも。
もう無理だった。
「**それしか、あなたたちの命を救う方法がないからよ!**」
沈黙。
ザイラが固まった。
ジャリックも。
アメルは。
叫んだことをすぐに後悔した。
目を閉じる。
必死に堪えていた涙が。
頬を流れた。
「ごめんね……」
声が震える。
「ママ……もう、どうしたらいいのか分からないの……」
ザイラは。
母親を見つめていた。
アメルは顔を拭った。
「あなたたちに必要な治療費を、ママには払えないの……」
二人を交互に見る。
「……でも、あなたたちを死なせるなんて絶対に嫌」
それが。
真実だった。
残酷な真実。
何年も。
保険会社と戦った。
医者と。
病院と。
書類と。
お金と。
あらゆるものと。
そして。
負けた。
アメルは顔を覆った。
「……うっ……マ、ママ一人じゃ……もう無理なの……」
ザイラとジャリックは。
互いを見た。
怒りが。
少しずつ消えていく。
二人には保険なんて分からない。
医療費も分からない。
助けてくれるはずの大人たちが。
なぜ助けてくれないのかも分からない。
ただ。
一つだけ分かった。
ママが泣いている。
それが。
何よりも怖かった。
アメルは何度か深呼吸した。
そして。
ポケットへ手を入れる。
「これ、二人に買ってきたの」
ザイラが鼻をすすった。
「なに?」
アメルは手を開いた。
そこには。
二つの未来的なロケットペンダントがあった。
それぞれが。
二つに開くようになっている。
中には――
デジタル写真。
母親。
そして。
父親。
二人がほとんど覚えていない。
父親。
アメルは一つをザイラの首にかけた。
そして。
もう一つをジャリックに。
「ずっと持っていてね」
指が。
ペンダントからなかなか離れなかった。
「それで、大人になったら……」
笑おうとする。
「……ママを探しに帰ってきて」
ザイラはペンダントを握った。
ジャリックは。
自分のものをじっと見つめている。
アメルの心が。
また崩れそうになった。
「帰ってきてくれるよね?」
声が必死になる。
「約束して」
二人を見る。
「お願い」
ザイラが頷いた。
「約束する」
ジャリックも続いた。
「約束する」
アメルは目を閉じた。
それだけでよかった。
約束。
信じられるもの。
これは本当の別れではないと。
そう思わせてくれるもの。
いつか――
二人は帰ってくる。
そのとき。
突然、黒いバンが三人の前に停まった。
アメルが立ち上がる。
ザイラとジャリックは。
怪しむように車を見た。
ドアが開く。
巨大な男が降りてきた。
ミスター・ウィークス。
ただし。
今度はファーストネームも分かった。
「こんにちは」
できる限り。
親しみやすそうな表情を作っている。
その巨体では。
かなり難しかったが。
「ハロルド・ウィークスです」
バンを示す。
「ザイラとジャリックを施設までお連れするために来ました」
アメルは男を観察した。
何か。
落ち着かなかった。
その巨体のせいかもしれない。
黒いバンのせいかもしれない。
あるいは。
今から自分の子供たちを。
見ず知らずの男へ預けようとしているからかもしれない。
「患者さんのお世話をした経験は?」
ウィークスが頷いた。
「介護の仕事を五年やっています」
アメルは。
まだ納得していない。
「実を言うと、つい二日前にも患者さんのお世話を終えたばかりなんですよ」
ザイラは。
男を上から下まで見た。
「介護する人には見えない」
ジャリックは。
もっと直接的だった。
「でっかい」
ウィークスが笑った。
「よく言われるよ」
アメルは笑わなかった。
ウィークスが時間を確認する。
そして。
同情するようにアメルを見た。
「申し訳ありませんが……」
バンを示す。
「……そろそろ出発しなければ」
アメルはザイラを見る。
次に。
ジャリック。
嫌。
まだ。
「あと少しだけ……二人と一緒にいさせてもらえますか?」
ウィークスは頷いた。
「もちろんです」
バンのほうへ戻っていく。
アメルはすぐに。
二人を抱きしめた。
ザイラも母親を抱きしめる。
ジャリックも。
アメルは。
二人を強く抱いた。
すべてを。
記憶に焼きつけようとした。
二人の腕が。
自分を抱きしめる感触。
温もり。
声。
匂い。
全部。
次にそれを感じられるまで。
何年かかるのか。
分からなかったから。
「愛してる」
ザイラが目を閉じる。
「私たちもママが大好き」
ジャリックも。
さらに強く母親を抱いた。
アメルは。
離したくなかった。
それでも。
やがて――
離さなければならなかった。
数分後。
ザイラとジャリックは。
黒いバンの後部に固定されていた。
未来的な磁気ロックが。
二人の車椅子をしっかりと床へ固定している。
後部窓の向こうには――
アメル。
一人で立っている。
手を振っている。
ザイラが手を上げた。
ジャリックも。
バンが動き始める。
母親の姿が。
小さくなる。
さらに。
小さく。
もっと。
もっと。
そして――
見えなくなった。
しばらく。
二人とも何も言わなかった。
ミスター・ウィークスは。
完全な沈黙の中で運転していた。
サングラスで目は見えない。
表情は冷たい。
まるで。
機械のようだった。
ザイラがジャリックを見る。
ジャリックも。
姉を見返した。
外で会った。
あの優しそうな介護士ではない。
ザイラが。
ついに沈黙を破った。
「あの……ウィークスさん?」
返事はない。
「着くまで、あとどれくらいですか?」
ウィークスは。
ただ前を見ている。
「私たち、もうすぐ呼吸の治療を――」
「**黙れ!**」
二人の体が跳ねた。
ウィークスが。
バックミラー越しに二人を見る。
あの親しみやすい態度は。
消えていた。
完全に。
「一度しか言わないから、よく聞け」
低い声。
脅すような声。
「質問はするな」
ザイラの目が見開かれる。
「話しかけられたときだけ喋れ」
ジャリックが男を見つめる。
「言われたことは全部やれ」
ウィークスが間を置く。
「そして、何より……」
鏡越しに。
二人と目が合った。
「……俺を怒らせるな」
二人とも。
動けなかった。
「それさえ守れば……」
ウィークスは再び前を見る。
「……必要な世話はしてもらえる」
ジャリックが眉をひそめた。
怖くても――
ジャリックは。
やっぱりジャリックだった。
「おじさん、意地悪だ」
ウィークスが。
ゆっくり笑った。
「いや」
ザイラの胃が。
冷たくなる。
「まだ何も見てないぞ」
それから。
かなりの時間が経った頃。
ザイラとジャリックは。
長い黒い廊下を進んでいた。
前を歩く。
ミスター・ウィークス。
両側の壁には。
いくつものドアが並んでいる。
窓はない。
飾りもない。
母親が聞かされていた。
特別なケア施設らしいものなど。
何一つなかった。
ザイラは。
ジャリックから離れないように進んだ。
「ここ……どこ?」
ウィークスは振り返らない。
「お前たちの新しい家だ」
ジャリックは。
通り過ぎていくドアを見る。
「あれ、全部部屋なの?」
「気にするな」
ウィークスが止まった。
「着いたぞ」
ザイラとジャリックは。
前を見る。
そこには。
不気味なドアが一つ。
ウィークスが。
手を伸ばした。
ザイラは唾を飲み込む。
「ここが……私たちの部屋?」
このとき。
二人はまだ知らなかった――
母親と交わした約束を守ることが。
今。
はるかに難しくなったことを。




