残酷な治療
その日の夕方。
アメルは、小さな書類棚なら丸ごと埋められそうな量の書類を抱えて帰宅した。
保険書類。
医療記録。
申請書。
却下通知。
異議申立書。
今日一日。
彼女が戦い続けてきたものすべて。
アメルはアパートのドアの前で数秒間立ち尽くした。
疲れ果てていた。
打ちのめされていた。
それでも。
ようやく家に帰ってきた。
アメルはドアを開けた。
そして。
凍りついた。
手からブリーフケースが滑り落ちる。
**ドサッ!**
「そんな……!」
部屋の向こうでは。
ベビーシッターが必死にザイラとジャリックを助けようとしていた。
六歳になった二人は。
それぞれ車椅子に座っている。
安物の車椅子。
二人の状態に必要な機能など。
ほとんど備わっていない。
そして。
二人とも。
まともに呼吸ができていなかった。
ザイラが必死に息を吸う。
「はっ……はっ……」
ジャリックの呼吸は。
さらに弱かった。
「……っ……」
ベビーシッターは涙を流しながら。
アンビューバッグを二人へ交互に当てていた。
「何があったの!?」
「分かりません!」
ベビーシッターの手が震える。
「ほんの数分前まで普通だったのに、そ、それが急に……息ができなくなって……!」
アメルは二人のもとへ駆け寄った。
疲労など。
一瞬で吹き飛んだ。
まずザイラのそばへ。
次にジャリック。
二人とも苦しんでいる。
二人とも怯えている。
そしてアメルは。
これほど無力だと感じたことはなかった。
「どうして私に連絡しなかったの!?」
「分からなくて、パニックになって……!」
ベビーシッターは泣き崩れた。
「本当にごめんなさい!」
アメルは叫びたかった。
誰かを責めたかった。
誰でもいい。
でも。
そんな時間はない。
「大丈夫」
無理やり自分を落ち着かせる。
「とにかく病院へ連れていかないと」
ベビーシッターへ振り向く。
「バンを出して」
「はい!」
ベビーシッターが走っていく。
アメルは子供たちのそばに残った。
「大丈夫だから」
二人に言っているのか。
自分に言い聞かせているのか。
もう分からなかった。
「ママがいるからね」
ザイラは。
まだ必死に空気を求めている。
ジャリックは。
息を吸うことすらほとんどできていないように見えた。
アメルは彼の手を握った。
「絶対に何とかするから」
どうやって。
そんなことは分からない。
それでも。
何とかしなければならなかった。
数時間後。
ザイラとジャリックは。
シトロン総合病院の集中治療室にいた。
二人のベッドを。
未来的な呼吸補助装置が囲んでいる。
機械が低く唸る。
モニターが規則的に音を鳴らす。
アメルは二人の間に座っていた。
何時間も。
一歩も動いていないような気がした。
近くには医師が立っている。
「このままでは、長くはもちません」
アメルが顔を上げた。
その言葉は。
ハンマーで殴られたように重かった。
「一刻も早く人工呼吸器が必要です」
医師は医療機器へ目を向けた。
「ですが、処置を進めるにはお母様の同意が必要です」
アメルの目に涙が溜まる。
「保険が適用されないんです」
医師が眉をひそめた。
「それは……お気の毒です」
少しためらう。
「保険なしでは、かなりの費用になります」
「分かってます」
もちろん。
分かっていた。
何度も計算した。
何度も。
何度も。
もしかしたら。
数字が変わってくれるかもしれないと願いながら。
でも。
一度も変わらなかった。
「計算しました。でも、うちには払えません」
声が震える。
「もし払ったら……」
子供たちを見る。
「……私たち、住む家を失います」
医師はしばらく黙っていた。
そして――
「それでも、早急に治療を受けなければ、予後は非常に厳しいでしょう」
アメルは目を閉じた。
何を意味しているのか。
分かっている。
言葉にする必要すらない。
死。
子供たちが。
死ぬかもしれない。
「他に……どんな選択肢があるんですか?」
医師はためらった。
「正式には……」
周囲を見る。
「……私にできることはありません」
アメルの肩が落ちた。
すると。
医師が近づいた。
声を落とす。
「ですが、非公式なら……」
アメルが顔を上げる。
「……一つだけ、方法があるかもしれません」
希望。
ほんのわずかな。
壊れそうな。
危険な希望。
それでも。
希望には違いなかった。
「何ですか?」
医師がさらに身を寄せる。
「善意ある行いで知られている人物がいます」
アメルは注意深く聞いた。
「ですが、その代わり……」
言葉を切る。
「……代償を払う必要があります」
アメルの表情が変わった。
「お金ですか?」
「お金ではありません」
安心できるはずだった。
だが。
できなかった。
「ですが、それでも非常に大きな代償です」
「どういう意味ですか?」
医師はジャリックを見る。
そして。
ザイラを見る。
「二人を、特別なケア施設へ預けていただきます」
アメルは彼を見つめた。
「そこでは最高水準のケアを受けられます」
医師は続ける。
「そして、あなたに費用は一切かかりません」
アメルは。
耳を疑った。
無料の治療。
無料のケア。
子供たちの状態に対応できる施設。
「まるで奇跡みたい……」
だからこそ。
信用できなかった。
「どうして、もっと知られていないんですか?」
医師はすぐには答えなかった。
「どこにあるんです?」
「正確な場所は誰も知りません」
アメルの希望が。
一気に揺らいだ。
「この運営は、厳密に言えば合法ではありませんから……」
医師が声を落とす。
「……秘密厳守が原則なのです」
アメルは彼を見つめた。
違法。
秘密。
場所すら誰も知らない施設。
本能のすべてが。
断れと叫んでいた。
それから。
ザイラを見る。
ジャリックを見る。
二人とも。
そばの機械なしでは。
呼吸すらできない。
「話がうますぎます」
アメルは医師の表情を見つめた。
「それに……先生の顔を見ると、まだ何かありますよね」
医師がため息をつく。
「条件があります」
やっぱり。
アメルは身構えた。
「二人には、もう会えません」
全身から。
血の気が引いた。
「少なくとも……」
医師は続ける。
「……成人するまでは」
「何ですって?」
アメルは勢いよく立ち上がった。
「どうして!?」
「先ほど申し上げた通り、代償があります」
医師は冷静だった。
「施設の所有者は、その存在を知る人間を可能な限り少なくすることを求めています」
周囲の病院を示す。
「そのため、施設内へ入れるのは患者と職員だけです」
アメルは首を振った。
「無理です」
答えは。
即座に出た。
「そんなの無理。私は……わ、私はそんなことできません」
何年も。
この人は。
子供たちを何年も手放せと言っている。
面会なし。
様子を見ることもできない。
誕生日も。
クリスマスの朝も。
成長していく姿も。
何も。
「簡単な決断ではないことは分かっています」
医師が。
そっとアメルの手に自分の手を重ねた。
アメルは彼を見る。
「ですが、一つだけ答えてください……」
ザイラとジャリックへ視線を向ける。
「防ぐ方法があったと知りながら……」
アメルが固まる。
「……お子さんたちの死を受け入れられますか?」
沈黙。
アメルはザイラを見る。
そして。
ジャリック。
自分の子供たち。
守ると誓った。
二人。
大丈夫だと約束した。
できる限り。
最高の人生を与えると約束した。
そして今――
その約束を守るためには。
二人を手放さなければならないのかもしれない。
再び涙が溢れた。
アメルは口元を手で覆った。
正しい選択肢などなかった。
公平な選択肢すら。
存在しなかった。
ただ一つ。
二人を生かせる選択肢だけ。
そして。
誰かが。
彼女にそれを理解させるよう。
すべて仕組んでいた。
その後。
医師は病院内の別の場所にある。
暗い部屋へ入った。
中には。
ほとんど何もない。
机。
鏡。
そして暗闇の中を走り回る。
数匹のネズミ。
医師が笑った。
白衣へ手を入れる。
そして。
小さなスキャナーのような装置を取り出した。
顔へ向ける。
光線が。
顔の上を通過した。
するとゆっくり――
医師の顔が。
消え始めた。
比喩ではない。
文字通り。
彼女が信用していた。
皮膚も。
顔立ちも。
その外見そのものが。
ただの偽装だった。
顔の半分が。
効果の下へ消える。
そして。
残りも続いた。
変化が終わると――
医師は消えていた。
そこに立っていたのは。
サヴァント。
「ふう……」
鏡の中の自分を見る。
「こっちのほうがいい」
装置を下ろす。
「顔面変装装置は、いつも面倒だな」
背後の影から。
巨大な男が姿を現した。
ミスター・ウィークス。
まるで。
人類とは別の進化を遂げた生物のような巨体。
そして。
その腕に捕らえられているのは――
本物の医師。
怯え切った男が。
必死にもがいている。
サヴァントは。
ほとんど彼を気にも留めなかった。
「さて……」
ミスター・ウィークスへ振り向く。
「仕事の時間だ、ミスター・ウィークス」
ミスター・ウィークスは。
捕らえている男を見下ろした。
「医者は?」
サヴァントが止まる。
まるで。
本当に存在を忘れていたかのように。
「ふむ」
肩越しに見る。
「危うく、善良な先生のことを忘れるところだった」
本物の医師の目が見開かれた。
サヴァントは視線を逸らす。
まったく興味がない。
「消しておけ」
医師の息が止まる。
そして――
**グシャッ!**
サヴァントは。
一度も振り返らなかった。
すべて。
計画通りだった。
アメル・ラインハルトは。
自分に奇跡が差し出されたと思っている。
その奇跡を差し出した男が。
二人が出会うよりずっと前から。
自分を監視していたとも知らずに。
そして今――
ザイラとジャリックは。
もうすぐ。
彼のものになる。




