ラインハルトの双子
**シトロン総合病院。**
**2537年。**
病院の待合室は、完全に満席というわけではなかった。
だが。
それに近かった。
さまざまな人々が、部屋中に並べられた椅子を埋めていた。
小声で話している者もいる。
ただ壁を見つめ、自分の名前が呼ばれるのを待っている者もいる。
外の駐車場では。
ホバークラフトが行き交っていた。
現代の乗り物と比べれば。
まだ原始的なものだった。
だが。
アメル・ラインハルトは。
そんなものを気にしていなかった。
一人で座っている。
怯えながら。
髪は乱れ。
顔へ垂れかかっていた。
化粧すらしていない。
今朝は。
身なりを整える余裕など何一つなかった。
頭にあるのは。
子供たちのことだけ。
自分の赤ちゃん。
ザイラとジャリック。
そして。
検査。
アメルは廊下の上に掲げられた表示を見た。
**遺伝科**
胃が締めつけられる。
今では。
その言葉が大嫌いだった。
何時間も前から。
頭上にずっと存在しているように感じる。
なぜ自分がここにいるのか。
無言で思い出させるように。
何かがおかしい。
分かっていた。
何も問題がないのなら。
医者がこれほど大量の検査をするはずがない。
何も問題がないのなら。
筋生検なんてしない。
そして。
何も問題がないのなら。
母親を遺伝科へ呼び出したり――
「ラインハルトさん?」
アメルが勢いよく顔を上げた。
未来的な制服を着た看護師が近くに立っている。
丁寧に微笑んだ。
「先生がお待ちです」
アメルは唾を飲み込んだ。
「……はい」
立ち上がる。
そして。
後をついていった。
数分後。
アメルは診察室に座っていた。
向かいには。
年配の遺伝学医。
周囲にはコンピューターモニターが並んでいる。
画面いっぱいに医療情報が表示されていた。
グラフ。
検査結果。
図。
アメルには。
完全には理解できないものばかりだった。
医師は。
時間を無駄にしなかった。
「検査結果が出ました。お子さんたちの遺伝情報に異常が見つかりました」
アメルの心臓が激しく鳴り始める。
医師は続けた。
「脊髄性筋萎縮症と呼ばれる進行性の疾患です」
一拍。
「SMAとも呼ばれます」
アメルは彼を見つめた。
「……二人とも?」
「はい」
即答だった。
「お二人ともです」
アメルの指が強く絡み合った。
二人とも。
片方ではない。
自分の赤ちゃんが。
二人とも。
医師はタブレットへ追加情報を表示した。
「SMAにはI型からIV型まであります。IV型が最も軽度で……」
アメルを見る。
「……I型が最も重度です」
アメルには。
次に何を言われるのか。
もう分かっていた。
聞きたくない。
「筋生検の結果から、お二人はSMA I型だと判断しました」
アメルは瞬きをした。
言葉は聞こえた。
だが。
意味が分からなかった。
まだ。
理解できなかった。
「分かりません……」
声が震える。
「それって……どういう意味なんですか?」
医師がモニターの一つへ向いた。
脊椎の図が表示される。
「歩くことができないということです」
一瞬。
アメルの呼吸が止まった。
「それから、呼吸にも困難が生じます……」
説明が続く。
「……そして徐々に身体を動かす能力が低下していきます」
アメルは。
脊椎の図を見つめた。
自分の赤ちゃん。
成長していく姿を。
何度も想像していた。
ハイハイを覚える。
立ち上がる。
初めての一歩を踏み出す。
家中を走り回る。
当然。
そうなると思っていたこと。
それが。
全部。
消えた。
たった今。
「な、何か……できることは……?」
医師の表情が柔らかくなる。
「現在、根治させる方法はありません」
アメルは俯いた。
「ですが、現代医療のおかげで、充実した人生を送ることはできます」
医師がパンフレットを差し出した。
アメルは受け取った。
表紙のタイトルが。
こちらを見つめている。
**SMAとともに生きる**
ほとんど読む気になれなかった。
医師が少しためらう。
「立ち入ったことを聞くようですが……」
アメルが目を上げる。
「お父様はいらっしゃいますか?」
彼女の表情が変わった。
「クランニヴで亡くなりました」
医師は。
聞いたことをすぐに後悔した。
「……それは、お悔やみ申し上げます」
アメルは何も言わなかった。
「お子さんたちが、どのようにこの疾患を受け継いだのか詳しく調べたかったのです。そのためには、お父様のDNAも必要でした」
アメルは再びパンフレットを見る。
夫。
もし。
彼がここにいたら――
何を言えばいいか。
分かったかもしれない。
何をすればいいか。
分かったかもしれない。
逆境に立ち向かうことは。
いつも彼のほうが得意だった。
自分は違う。
彼のようには。
なれない。
「とにかく……」
医師がパンフレットを示した。
「必要な情報は、そちらにすべて書かれています」
アメルは弱々しく頷いた。
「それから、何か質問があれば、いつでも聞いてください」
質問?
何百個もあった。
でも。
今は。
一つも思いつかなかった。
その後。
アメルは病院の外に停めた車の中で。
一人座っていた。
ダッシュボードにはパンフレット。
その隣には。
分厚い保険関係の書類。
アメルはフロントガラスの向こうを見つめた。
そして――
涙が一滴。
頬を伝った。
拭う。
また一滴。
さらに。
もう一滴。
「……ぐすっ」
肩が震えた。
止めようとした。
止まらなかった。
数分間。
アメル・ラインハルトは。
ただ座って。
泣いた。
子供たちのために。
思い描いていた。
二人の未来のために。
今ここにいない。
夫のために。
そして。
自分自身のために。
やがて――
自分の顔を見る。
目は赤い。
顔は涙で濡れている。
その姿が。
嫌だった。
「……よし」
アメルは頬を拭った。
「もう終わり」
目を閉じる。
「深呼吸」
吸う。
吐く。
もう一度。
吸う。
吐く。
少しずつ。
パニックが緩んでいった。
目を開ける。
「そう。それでいい」
車を起動した。
家には。
二人の子供が待っている。
SMAが。
二人の未来に何をもたらすとしても――
自分が向き合う。
どうにかして。
家へ戻ったアメルは。
ベビーベッドへ近づいた。
中では。
二人の赤ちゃんが休んでいた。
無邪気。
母親が。
三人の人生を永遠に変える事実を知ったばかりだなんて。
知るはずもない。
その姿を見ただけで。
また心が折れそうになった。
それでも――
アメルは笑った。
「二人とも、何してるの?」
ベビーベッドへ身を乗り出す。
ザイラを見る。
「ザイラ。弟ちゃんの面倒、ちゃんと見てた?」
赤ちゃんは。
母親を見返した。
アメルが小さく笑う。
「もう。たった三十六分しかお姉ちゃんじゃないけど……」
優しくザイラへ触れる。
「……それでもね」
今度はジャリックを見る。
「この子は弟なんだから、あなたがお世話してあげるのよ」
当然。
二人とも。
一言も理解していない。
そのほうが。
よかったのかもしれない。
アメルの笑顔が少し弱くなる。
「大変な人生になると思う」
医師の言葉を思い出す。
車椅子。
呼吸の問題。
失われていく運動機能。
二人を待っている。
すべてのこと。
「でも、何があっても……」
ベビーベッドへ手を伸ばす。
「……二人ができる限り最高の人生を送れるように、ママが頑張るから」
近くのテーブルには。
デジタル写真が置かれていた。
アメルと夫。
夫は軍服を着ている。
強く。
自信に満ち。
生きていた。
アメルは写真を見つめた。
ため息をつく。
「パパがいてくれたらな……」
声が小さくなる。
「あの人は、こういう大変なことに向き合うのがいつも上手だったから」
子供たちを見る。
「でも……」
アメルは手を伸ばし。
二人を慎重に抱き上げた。
「……そんなこと言ってても仕方ないよね」
二人の赤ちゃんを。
胸に抱く。
子供たちが母親を見返す。
恐怖は。
まだ消えていない。
きっと。
完全には消えない。
それでも。
恐怖と一緒に。
もっと強いものがあった。
愛。
「私たちなら、きっと大丈夫」
赤ちゃんのザイラが嬉しそうな声を出した。
「かっ、くぅ」
ジャリックも答える。
「がぁが」
アメルは笑った。
その瞬間だけは――
自分の言葉を。
心から信じられた。
六年後――
アメルは職場のデスクに座り。
電話を耳へ押し当てていた。
疲れ切っていた。
机には大量の書類。
周囲では同僚たちが働いている。
そしてアメルは。
また。
子供たちのために戦っていた。
「もしもし。アメル・ラインハルトと申します。子供たちの人工呼吸器について、承認をいただくにはこちらへ連絡するように言われたんですが」
相手の話を聞く。
「はい。ザイラ・ラインハルトとジャリック・ラインハルトです」
少し間が空く。
眉が下がった。
「……え?」
返ってきた答えは。
明らかに予想していたものではなかった。
「そんなはずありません」
アメルは身を乗り出した。
「昨日、別の方と話したんです。その方は問題なく承認されると言っていました」
また返事。
アメルは机の書類を動かし始めた。
「待ってください。名前を書いたものがあるので」
どこ?
確かに。
書いたはず。
小さなメモ。
どこかに。
別の書類の山を押しのける。
何冊ものファイルが。
机から滑り落ちた。
**バサッ!**
床へ散らばる。
同僚の一人が彼女を見る。
アメルは気づかない。
「少し待ってください」
必死に探す。
ない。
机という名の災害現場に。
メモは完全に消えていた。
「すみません、見つからなくて」
苛立ちが強くなる。
「でも、本当に人工呼吸器の承認が必要なんです」
相手の話を聞く。
「子供たちは呼吸が苦しくなっていて、先生からも、そろそろ人工呼吸器が必要になるかもしれないと言われているんです」
また返答。
アメルの表情が険しくなる。
「いいえ」
首を振る。
「もうそちらには連絡しました。それで、あなたのところへ回されたんです」
間。
アメルの目が見開かれる。
「でも、そんな金額、払えません!」
また答えが返ってくる。
そして。
それが限界だった。
六年間の診察。
六年間の書類。
六年間の保険手続き。
六年間の戦い。
自分の子供たちが弱っていくのを見ながら。
あっちへ回され。
こっちへ回され。
それを六年間。
アメルの中で。
何かが。
ついに切れた。
「**何もできないって、どういうことですか!?**」
オフィス全体が。
静まり返った。
アメルが固まる。
同僚たちが。
全員。
動きを止めていた。
全員。
こちらを見ている。
アメルはゆっくり椅子へ沈んだ。
「あ……」
顔が赤くなる。
「……すみません」
人々は。
少しずつ仕事へ戻っていった。
アメルは再び電話へ意識を戻した。
彼女は。
まったく知らなかった。
別の場所で――
誰かが。
自分に目をつけたことを。
監視カメラが。
今の激昂をすべて記録していた。
その映像が。
暗い部屋のコンピューターモニターに映し出されている。
一人の男が。
影の中からアメルを見ていた。
両手を顎の下で組み。
じっと観察している。
彼女の絶望。
怒り。
恐怖。
そして何より――
彼女の弱み。
サヴァントが。
わずかに笑った。
「ふむ……」
探していたものを。
ついに見つけた。




