匿名の保釈
数分後。
ウルトラヴァイオレットは、署内の取調室でテーブルに手錠で繋がれていた。
いや。
ワイルダー刑事の資料によれば――
**ヴァイオラ・アトキンソン。**
ネオンのリーダーは。
警官たちに囲まれている人間とは思えないほど。
くつろいで見えた。
ワイルダーは向かい側に座っている。
アダムとパトロールは部屋の隅に立ち。
様子を見ていた。
ワイルダーが資料を開く。
「ヴァイオラ・アトキンソン。通称ウルトラヴァイオレット」
真正面から彼女を見る。
「武器を渡したのは誰だ?」
ウルトラヴァイオレットはほとんど反応しなかった。
「どっかの男」
肩をすくめる。
「名前なんて知らねぇよ」
ワイルダーは彼女を見つめた。
その答えでは。
通らない。
彼は資料から数枚の写真を取り出した。
武器。
大量の武器。
普通のストリートギャングが持っていていいレベルを。
遥かに超えていた。
「その“どっかの男”とやらは、ずいぶん物騒な品揃えだな」
ウルトラヴァイオレットは写真を見る。
特に興味はなさそうだった。
「こんな物が出回れば、こっちは大問題なんだ」
「あら……」
ウルトラヴァイオレットは椅子へもたれた。
「そりゃ困るなぁ?」
嫌味だということは。
誰の耳にも明らかだった。
ワイルダーは冷静なまま。
「そう思ってくれると助かる」
資料を閉じる。
「俺の見立てじゃ、お前は五年から十年。しかも一日三食、クソみたいな飯付きだ」
パトロールは我慢できなかった。
「紅茶とスコーンは出ないぞ」
ウルトラヴァイオレットが彼を見る。
まだ笑っている。
アダムがようやく前へ出た。
「いいか」
ワイルダーより。
明らかに我慢が足りない声。
「あいつが言ってんのは、こっちはお前なんかどうでもいいってことだ」
ワイルダーが頷く。
「喋るなら、取引を考えてやってもいい」
ウルトラヴァイオレットはその提案を考えた。
およそ。
半秒。
「なるほどな」
ワイルダーは待った。
ようやく。
話が通じたかもしれない。
だが――
「協力してやりたいのは山々なんだけどな……」
ウルトラヴァイオレットが笑う。
「……イギリス人ってのは、仲間に背中向けねぇんだよ」
アダムの目元が引きつった。
パトロールの機械アームが硬直する。
ワイルダーはただ。
ため息をついた。
話にならない。
その時。
取調室の扉が開いた。
警官が一人入ってくる。
その表情だけで。
嫌な知らせだと分かった。
「刑事……」
ワイルダーが振り向く。
「彼女を釈放しないといけません」
沈黙。
ワイルダーが瞬きをした。
「何?」
警官は唾を飲み込んだ。
「保釈されました」
ウルトラヴァイオレットの笑みが広がった。
「へぇ……」
部屋を見回す。
「そりゃ、とんだビックスだな?」
アダムが即座に前へ出た。
「こんなの釈放できるわけないだろ!」
警官が手錠を外す中。
ウルトラヴァイオレットは立ち上がった。
「こいつはネオンのボスだぞ!」
パトロールは。
怒りで故障しそうだった。
「誰が保釈金を払った!?」
警官はためらった。
「匿名です」
最悪の答えだった。
本当に。
最悪。
アダムが一気に詰め寄る。
「そうかよ!?」
ワイルダーが即座に掴んだ。
パトロールも一緒に前へ出る。
「じゃあ俺たちも“匿名”でお前の頭引きちぎってやろうか!」
「落ち着け、ヘンリー!」
ワイルダーは二人を押さえるので精一杯だった。
「また別の日に捕まえればいい」
ウルトラヴァイオレットは廊下へ出た。
自由。
完全に自由。
肩越しに振り返る。
「じゃあな、坊やたち」
手を振る。
「寂しがんなよ?」
アダムの顔が真っ赤になった。
「このイギリス野郎――」
「やめろ」
ウルトラヴァイオレットが廊下の先へ消えると。
ワイルダーは長く息を吐いた。
匿名の保釈金。
誰かが。
彼女を外へ出したがっている。
金を持つ誰か。
影響力を持つ誰か。
そしてワイルダーには。
この事件が。
もはやネオンだけの問題ではない気がしていた。
署の外では――
ジャリックとブレイズが。
拘置区画の窓のそばに浮いていた。
ジャリックは建物を観察する。
「ここだ」
ブレイズを見る。
「窓を溶かせ」
ブレイズが笑った。
「喜んで」
小さな炎が噴き出す。
ガラスが光り始める。
オレンジ。
赤。
そして――
溶けた。
ジャリックは周囲を見る。
「誰もいない」
警官はいない。
警備員もいない。
拘置区画の外を見張っている者は。
誰一人。
ブレイズが笑う。
「アホども」
二人は中へ滑り込んだ。
背後では。
溶けたガラスが窓枠から垂れている。
廊下には。
防音セルが並んでいた。
収容者たちが二人に気づいた瞬間――
**ドン! ドン!**
手が透明な壁へ叩きつけられた。
叫ぶ者。
指差す者。
警告する者。
だが。
意味はない。
ジャリックには。
何も聞こえない。
彼は笑った。
「防音セルって最高だな」
ブレイズと一緒に。
廊下を進んでいく。
探す。
一つ。
また一つ。
そして――
ジャリックが止まった。
いた。
配達員がセルの中にいる。
ベッドに横たわっていた。
男の目が見開かれる。
ジャリックが笑う。
配達員は即座にベッドから転げ落ち。
その下へ隠れようとした。
ジャリックはゆっくりとガラスへ近づく。
「見つけた……」
その頃。
空では。
ザイラとブリザードが署の周囲を飛んでいた。
ザイラは。
弟が何をしようとしているのか知らなかった。
それが。
ものすごく不安だった。
その時――
**プルルル! プルルル!**
車椅子の警報が鳴った。
ザイラは画面を見る。
着信。
ヘルメットの操作部へ触れる。
「はい?」
即座に声が返ってきた。
冷たい。
怒っている。
聞き慣れた声。
「一体何が起きている?」
ザイラとブリザードは。
空中で止まった。
サヴァント。
ザイラは唾を飲み込んだ。
「ネオンとの取引が失敗しました」
できる限り平静を保つ。
「運転手が警察に拘束されています」
「知っている」
サヴァントの声は。
無感情だった。
「こちらの情報網から報告を受けた」
一拍。
「だから連絡した」
ザイラは。
もう嫌な予感しかしなかった。
「ジャリックはどこだ?」
彼女はためらった。
そして答える。
「運転手を処理しに行きました」
沈黙。
そして――
「止めろ!」
ザイラの目が見開かれた。
「あいつが行けば、全部台無しになる」
サヴァントの声は。
さらに冷たくなった。
「それだけは許されない」
ザイラは即座に加速した。
「させません」
ブリザードも続く。
二人は署へ向かって飛ぶ。
「失敗したらどうなるか。説明はいらないな」
ザイラの顎に力が入った。
前回の罰が。
一瞬で蘇った。
痛み。
悲鳴。
何もできなかった感覚。
「はい」
さらに加速する。
「私が片づけます」
拘置区画の中では――
ジャリックとブレイズが。
すでに標的を見つけていた。
ブレイズが。
配達員のセルへ炎を浴びせる。
ガラスが光る。
配達員はベッドの下で丸くなっていた。
「そこにいるのは分かってんだ!」
ジャリックが笑う。
「ちょっと待ってろ。すぐ入ってやるから」
「来るな!」
配達員は。
さらに奥へ潜り込もうとした。
意味はない。
ガラスが溶けた。
ブレイズが先に入る。
ジャリックも続いた。
配達員は二人を見つめる。
怯え切っていた。
「頼む……」
両手を上げる。
「何も喋らない!」
ブレイズが笑った。
「知ってる」
別のセルでは――
キランが。
何かに気づいた。
オレンジ色の光。
廊下の壁へちらちらと反射している。
透明な仕切りへ近づく。
「ねえ……」
マッハが隣へ来た。
レイモンドとダレンも。
ベンチから顔を上げる。
キランは目を細めた。
「見える?」
オレンジの光が。
さらに強くなる。
その瞬間――
拘置区画に悲鳴が響いた。
「いやあああああああ!!!」
キランが固まった。
レイモンドは即座に立ち上がる。
ダレンの顔から血の気が引く。
マッハは。
光の発生源を見つめた。
署の外では。
ザイラとブリザードも。
溶けた窓から漏れる。
同じオレンジ色の光を見ていた。
ブリザードの表情が曇る。
「まさか、あれは……」
ザイラは見つめた。
胸が沈む。
「違っていてほしい」
その時――
署内すべての警報が鳴り響いた。
**ウゥゥゥゥゥゥゥ!**
警官たちが一斉に動きを止めた。
ワイルダー刑事が拘置区画の方向へ振り向く。
アダムとパトロールは。
即座に戦闘態勢へ入った。
**ウゥゥゥゥゥゥゥ!**
アダムが扉を見る。
「なんだ!?」
ワイルダーの目が見開かれた。
「拘置区画だ!」
セルの中では――
キランが透明な壁へさらに近づいた。
煙の向こう。
ようやく。
見えた。
ジャリック。
ブレイズ。
そして。
配達員のセル。
焼け焦げ。
燃えている。
キランの胃が沈んだ。
誰が署へ侵入したのか。
すぐに分かった。
そして。
あの炎を見る限り――
誰かを助けに来たわけではない。




