実地試験
ギアのガレージでは、レイモンドが作業場の中央に立ち、最新装備を身にまとっていた。
バトルスーツ。
ギアが内部配線を調整し、数人のメカニックが装甲の仕上げをしている間、レイモンドはゆっくりと自分の姿を確認した。
軍にいた頃に着ていたものとは違う。
懐かしい――
だが、違う。
ギアが作業の手を止めて顔を上げた。
「スーツの出来はいかがですか、レイモンド?」
レイモンドは腕を曲げた。
肩を動かす。
重量を確かめる。
「ああ。ハマニにいた頃に使ってたやつとほとんど同じだ」
ギアは即座に首を振った。
「正確には違います」
当然だ。
こいつはギアなのだから。
彼が作るものが、ただの“標準仕様”で終わるはずがない。
「軍用モデルには存在しない追加機能をいくつか搭載しました」
レイモンドは彼を見下ろした。
「例えば?」
ギアが笑った。
その時点で警戒するべきだった。
ギアはレイモンドの脚へ手を伸ばし、ボタンを押した。
**ピピッ!**
レイモンドの目が見開かれた。
両足の周囲にホログラム状の機構が出現する。
それらは外側へ展開し、足元に一対の光り輝くブースターを形成した。
「なんだこりゃ――?」
ギアは非常に満足そうだった。
「武装とは別に、ホログラフィック・グライダーを搭載しました。これでキランとマッハについていけます」
レイモンドはその技術を見つめた。
そして笑った。
「いいな」
かなりいい。
キランがどんな反応をするか、もう想像できた。
おそらく――怒りと裏切られた気分の中間くらい。
楽しみだ。
ギアはコンピューターへ戻った。
「では、あとは何度か訓練シミュレーションを行って――」
「俺は実戦で覚えるタイプなんだ」
ギアの指が止まった。
ゆっくり――
ものすごくゆっくり――
振り返る。
「……何ですって?」
レイモンドがグライダーを起動した。
ブースターが低く唸る。
「レイモンド」
もう遅い。
レイモンドは一気に上昇した。
「ありがとな、兄弟!」
屋根の開いた窓から飛び出し、そのまま空へ消えていった。
ギアは呆然と見送った。
言葉も出ない。
そして――
「どうして誰も私の訓練メニューをやりたがらないんですか!?」
メカニックたちは賢明にも作業を続けた。
誰も答えなかった。
その後。
シトロン・シティの狭い裏路地では――
別の男が、もっと最悪な一日を送っていた。
一人のホームレスの男が、荒れたレンガ壁へ押しつけられている。
襲っている男は、これ以上ないほど目立つ格好をしていた。
派手なネオンカラーの服。
光るアクセサリー。
そして――人を傷つけることが趣味だと言わんばかりの表情。
ストリートネームは――レインボー。
そして今――
レインボーは機嫌が悪かった。
男の頭をさらに強くレンガへ押しつける。
「どうすりゃその石頭に理解させられるんだ?」
被害者は必死にもがいた。
「ネオン・サーカスのチケットが欲しけりゃ、通行料を払え」
「頼む!」
男は必死に逃れようとした。
「金は用意する! だから離してくれ!」
レインボーはため息をついた。
まるで同情しているかのように。
あくまで――まるで。
「そいつは無理だな」
服の中へ手を入れる。
ナイフが現れた。
ただし――普通のナイフではない。
刃の縁に、鮮烈なネオンレーザーが形成された。
男の動きが止まる。
「でも運がよけりゃ……」
レインボーは刃を男の首へ近づけた。
「……すぐ殺してやるよ」
男の目に涙が浮かんだ。
レインボーは笑う。
すると突然、何かを思いついたような顔をした。
「でも今日は機嫌がいいから、選ばせてやる」
ナイフのボタンを押す。
刃の色が変わった。
青。
もう一度。
赤。
さらにもう一度。
緑。
レインボーが笑った。
「何色の刃で切られたい?」
もう一度、色を切り替えていく。
「青、赤、緑。好きなの選べ」
男の顔から血の気が引いた。
「誰か助けてくれぇぇぇ!」
レインボーが刃を振り上げる。
**バシュッ!**
レーザーがナイフを撃ち抜いた。
武器が横へ弾き飛ばされる。
レインボーがよろめいた。
「なんだこのクロックス!?」
被害者は上を見た。
誰かが浮いていた。
レイモンド。
両足の下でホログラフィック・グライダーが眩しく輝き、路地から数メートル上空に浮かんでいる。
スーツの腕からブラスターが展開されていた。
レイモンドは路地の出口を指差した。
「行け」
男に二度言う必要はなかった。
「ありがとう!」
走った。
全力で。
レインボーは体勢を立て直し、レイモンドを睨みつけた。
「このクソビックス! ぶっ殺して――」
レイモンドが動いた。
**ドガン!**
レインボーの背中がレンガ壁へ叩きつけられた。
激しく。
「ぐあっ!」
衝撃地点から亀裂が広がった。
レイモンドはそのままチンピラを壁へ押さえつける。
その時――
あるものに気づいた。
隠し持っていたブツ。
ネオン・サーカス。
レインボーの所持品の中に、光るパッチがいくつも隠されている。
キランの学校で問題になっていたものと同じ薬物。
ドクター・ラクソンの医療用品へ、なぜか紛れ込んでいたものと同じ。
レインボーもレイモンドの視線に気づいた。
一瞬で自信が消えた。
「分かった! 俺の負けだ!」
レイモンドは握る力を強めた。
「好きなだけ持ってけ! タダでいい!」
「お前のブツなんかに興味はねえ」
レイモンドの声が冷たくなる。
「どこで手に入れた?」
レインボーは即座に首を振った。
「それは言えねえ! ボスに殺され――」
レイモンドのスーツからブラスターが展開された。
銃口が――レインボーの顔の真正面で止まる。
チンピラは黙った。
レイモンドは何も言わない。
言う必要がなかった。
レインボーは武器を見る。
レイモンドを見る。
また武器を見る。
「待て!」
両手を上げた。
「話す! 全部話す!」
どうやら――
ギアの実地試験は。
かなり順調らしい。
一方その頃――
シトロン・アカデミーでは。
キランの最悪な一日が、まだ続いていた。
昼休み。
本来なら逃げ場になるはずだった。
生徒たちから離れる時間。
ゆっくり休む時間。
学校中が例の動画を見たという事実を忘れる時間。
ところが――
どこへ行っても、生徒たちはスマホを見ている。
キランが通ると笑う者。
ひそひそ話す者。
キランを直接見てからスマホへ目を戻し、即座に吹き出す者までいた。
キランは俯いた。
マッハも俯いた。
二人は無言で廊下を進んだ。
「インターネット嫌い」
「すでに何度かおっしゃっています」
「もう一回言いたい」
「了解しました」
食堂へ入る。
キランは止まった。
どのテーブルも満席。
さらに悪いことに――
ほとんどの生徒がスマホを持っている。
そして笑い声から判断する限り――
何を見ているのかは明らかだった。
キランは食堂を見渡した。
「終わった……」
マッハはまだ前向きだった。
「心配ありません、キラン。生徒は生徒ですから」
キランが彼を見る。
マッハは教職員用テーブルを示した。
「先生方なら、もっと大人らしい対応をするでしょう」
キランの表情が明るくなった。
そうだ。
大人。
プロフェッショナル。
教育者。
品位を持つ人々。
人との距離感を理解している人々。
「そうだよな」
二人は教職員用テーブルへ向かった。
そして――
キランは止まった。
先生たち全員が。
スマホを見ていた。
一人が笑っている。
別の教師は何かを巻き戻して再生している。
さらに別の教師は、隣の人へ動画を見せている。
キランの表情が崩れた。
マッハも見つめる。
「……そうでもないようです」
キランは何も言わなかった。
世の中には。
言葉では表現できない瞬間というものがある。
今がそれだった。
その時――
あるものを見つけた。
教職員用テーブルの一番端。
空席が二つ。
他の教師たちから遠く離れている。
完璧。
キランは即座に向かった。
マッハと一緒にテーブルの端へ陣取る。
孤独。
安全。
隠れられる。
少なくとも――
そう願った。
残念ながら。
すでに彼を見つけた者がいた。
少し離れたところにいた若い女性教師が、キランのほうを見ている。
ミカイラ・マッキントッシュ。
しばらく興味深そうに眺めたあと。
立ち上がった。
キランは彼女がこちらへ来るのを見た。
*やめて。*
歩いてくる。
*お願いだから来ないで。*
さらに近づく。
*もう十分苦しんだから。*
ミカイラがキランの横で止まった。
悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「調子はどう……」
キランは身構えた。
「……ダムスナット?」
キランの頭が落ちた。
「今はあんまりよくない」
ミカイラは笑い、彼の肩を軽く叩いた。
「落ち着きなさいよ、ホットロッド。冗談だから」
キランは警戒しながら顔を上げた。
「座っていい?」
「……まあ」
ミカイラは向かい側へ座った。
すると今度はマッハへ目を向ける。
「この子があなたのVent?」
マッハが即座に明るくなった。
「こんにちは。私はマッハです」
「ミカイラ・マッキントッシュよ」
「お会いできて嬉しいです」
ミカイラは笑った。
「いい子じゃない、マッハ」
キランは二人を見つめた。
素晴らしい。
知り合って約六秒。
なのにもう、自分より仲良くなっている気がする。
ミカイラが再びキランへ向いた。
「それで、ミスター不機嫌はどうしたの?」
キランは眉をひそめた。
「よく分からないのよね。街で聞く話じゃ、普段はもっと落ち着いた性格なんでしょ?」
マッハが頷いた。
「確かに、今日は普段より少しピリピリしています」
キランはマッハを睨んだ。
「面白いね」
ミカイラは待った。
キランはため息をつく。
「全部、誤解なんだ」
表情が少し真剣になる。
「世間は本当の事情を知らない」
ミカイラが身を乗り出した。
「じゃあ、本当の事情って?」
キランは迷った。
そして首を振る。
「言えない。君を危険に巻き込む可能性があるから」
「いいから話してみて」
「だから、やめたほうがいいって」
キランは拒絶を少しでも柔らかくしようとした。
「でも、聞いてくれてありがとう」
ミカイラの表情が変わった。
苛立ちが即座に顔へ出る。
「むぅぅ……」
キランは瞬きをした。
「もう、意味分かんない!」
ミカイラは両手を上げた。
「こっちは仲直りしようと思って来たの! 話だって聞いてあげようとしてるのに、あなたは何も話してくれない!」
「ミカイラ――」
「もう! それと一応言っとくけど……」
彼女は立ち上がり、トレーを掴んだ。
「危険だって説明されたあとでも相手が聞きたがってるなら、それって、その人を少しくらい信用してみてもいいってサインじゃない?」
キランは彼女を見つめた。
「でも――」
ミカイラはそのまま歩き去った。
キランは食堂の中へ消えていく彼女を見送った。
そしてゆっくりマッハへ顔を向ける。
「……今の何?」
マッハもミカイラが去った方向を見つめていた。
「私にも分かりません……」
少し間を置く。
そして笑った。
「……でも、私は彼女が気に入りました」
キランはため息をついた。
もちろん。
そうなるよね。




