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囚われの鳥たち

代理教師は疲れ切っていた。

疲れている。

そんな程度ではない。

うんざりしている。

それでも足りない。

完全に疲弊していた。

たった四十五分の授業が、なぜか数年間にも感じられる――そんな現実を悟ってしまった人間の顔だった。

「ええ……」

授業を代わりに見てくれたことにキランが礼を言うと、代理教師はそれだけをどうにか口にした。

キランはさらに教室の中へ車椅子を進めた。

床には紙が散乱している。

なぜか定規が天井近くに引っかかっていた。

ホワイトボードには、どう見ても油性マーカーらしきもので笑顔の落書きがされている。

キランはゆっくり教室を見回した。

生徒たちも徐々に彼の存在に気づき始める。

一人。

また一人――

動きが止まった。

笑い声が消える。

飛び交っていた紙も止まる。

生徒たちは黙って自分の席へ戻っていった。

代理教師は呆然と見ていた。

キランはまだ一言も喋っていない。

マッハがキランへ少し近づいた。

「彼らはあなたを恐れているようです」

キランは微笑んだ。

「尊敬だよ」

「訂正します」

キランは教室の前方に位置取った。

「はい、注目」

一瞬で静まり返った。

代理教師の口がぽかんと開く。

キランは、あまり得意げな顔をしないよう必死に堪えた。

「代理の先生には敬意を払いなさいって、前に言ったよね?」

誰も答えない。

突然、何人もの生徒が机に強い興味を持ち始めた。

一人の生徒はドアを見ている。

おそらく、今から逃げられる可能性を計算しているのだろう。

無理だ。

キランは大げさにがっかりしたように頭を下げた。

「君たちなら、もっとちゃんとできると思ってたんだけどなあ」

教室中から呻き声が上がりかけた。

その口調を知っている。

教師なら誰でも一つは持っている。

罰を言い渡す直前に使う、あの口調だ。

キランは続けた。

「だから非常に残念なんだけど――今日の授業は、僕の教師人生で初めて、最初から最後まで居残り教室で行います」

沈黙。

そして――

大混乱。

「ええええっ!?」

「ちょっと待ってよ!」

「キリアン先生!」

「そんなのズルい!」

キランが片手を上げた。

抗議が止まった。

だいたい。

「君たち、文房具で代理の先生を襲撃したよね」

後ろの席の生徒が手を挙げた。

「厳密には、ホッチキスは当たってません」

「居残り追加」

その手がゆっくり下がった。

マッハが満足そうに頷く。

「妥当な判決です」

「ありがとう」

キランはドアのほうへ向いた。

「ほら、行くよ」

生徒たちは嫌々ながら荷物をまとめ始めた。

キランは笑った。

「行くぞ、囚人諸君」

何人もの生徒から呻き声が上がった。

正直、それだけで全部やった甲斐があった。

キランが移動を始めようとした、その時。

後ろから声が飛んできた。

「キリアン先生?」

キランは止まった。

教室の中央付近で、一人の女子生徒が手を挙げている。

ヴィエラ。

十五歳。

SNS大好き。

スマホ常用者。

そして現在、その顔に広がりつつある笑みを見る限り――

問題児。

「行く前に、一つ聞いてもいいですか?」

キランは即座に嫌な予感がした。

ものすごく嫌な予感が。

「……いいけど」

ヴィエラは立ち上がった。

スマホを取り出す。

そして画面をキランへ向けた。

「サインもらえます?」

キランは瞬きをした。

「……何?」

そして画面を見た。

キランの魂が身体から抜けた。

一瞬だけ。

ヴィエラのスマホに表示されていたのは、Filmplex。

そしてFilmplexで再生されていたのは――

キランだった。

シトロン・シティの空を飛んでいる。

ザイラと戦っている。

ジャリックと戦っている。

空中を吹き飛ばされている。

映像には、ほぼすべてが収められていた。

さらに最悪なことに――

誰かがタイトルまでつけていた。

**『ダムスナット、ブレイズ&ブリザードに挑む!』**

キランは呼吸を止めた。

医学的な意味ではない。

精神的な意味で。

マッハが画面を見る。

キランを見る。

もう一度画面を見る。

二人とも何も言わなかった。

再生回数は今も増え続けている。

数千回。

さらに増える。

まだ増える。

キランの表情がゆっくり崩れていった。

「……嘘だ」

ヴィエラのわざとらしい興奮顔が、意地悪な笑みに変わった。

「本当ですよ」

「嘘だ」

「完全に本当です」

「お願いだから、五分前に投稿されたって言って」

ヴィエラが確認した。

「昨日の夜ですね」

キランは目を閉じた。

そっちのほうが最悪だった。

遥かに最悪。

後ろの席で誰かが笑い始めた。

すると別の生徒も。

さらにもう一人。

数秒後――

教室全体が爆笑に包まれた。

「アハハハハハハ!」

キランは教室の前で固まっていた。

動かない。

完全敗北。

後ろの席から一人が叫んだ。

「おーい、ダムスナット!」

笑い声がさらに大きくなる。

キランはゆっくりマッハのほうを向いた。

「名前を変えて別の街へ引っ越すのって、どれくらい大変かな?」

マッハは少し考えた。

「中程度です」

「調べ始めて」

「了解しました」

ヴィエラはまだスマホを差し出していた。

「それで……サインは?」

キランは彼女をじっと見た。

「居残り」

笑顔が消えた。

「ええっ!?」

キランは廊下へ向き直った。

「行くぞ、囚人諸君」

今日初めて――

ほんの少しだけ。

気分が良くなった。

本当に、ほんの少しだけ。

なぜならインターネットのどこかでは――

何千人もの人間が。

キランがホイーラーズにボコボコにされる映像を見ている。

そしてどうやら――

彼の新しい名前は。

**ダムスナット。**

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