ネオン・サーカス
診察室は、キランが想像していたより遥かに先進的だった。
もっとも――
ラクソン医師は、そもそも普通の医者ではない。
彼女はキランの向かいに座り、検査結果を確認していた。
その隣には、彼女のヴェント――エックスレイが浮かんでいる。
キランと同じく、ラクソン医師にも障害があった。
そしてエックスレイは、医療支援に特化して設計されたヴェントだった。
それは――
エックスレイから放たれた光線がキランの胸部を走査した瞬間、嫌でもわかった。
一瞬。
ディスプレイ上のキランの身体が、ほとんど透明になる。
骨。
臓器。
何もかも。
キランは画面に映る自分の身体を見下ろした。
「それで、先生。どう?」
ラクソン医師はスキャン結果を確認した。
「出血の兆候はありません。それに、腕も順調に治っているようですね」
よし。
非常によし。
「まだ痛みますか?」
「少しだけ」
スキャン光線が消えた。
ラクソン医師はメモを取り始める。
「痛みを一から十で表すと、どのくらいですか? 一が最も弱く、十が最も強い痛みとして」
キランは少し考えた。
「三くらいかな」
エックスレイが即座にラクソン医師へ顔を向けた。
『軽度の疼痛抑制剤を用意しましょうか?』
「お願い」
エックスレイが微笑んだ。
『はい、どうぞ!』
ヴェント内部の収納スペースから、小さなパッチが何枚か現れた。
小型。
黒色。
見るからに高度な医療機器。
それぞれの中央には、赤い点が一つ配置されている。
マッハが即座に興味を示した。
もちろんだ。
ラクソン医師はパッチを一枚取り、キランの腕に貼り付けた。
マッハはエックスレイへ近づいた。
『その収納システムは非常に便利ですね。内部には何種類の薬剤を搭載しているのですか?』
『正確には二百四十三種類です』
マッハは感心したようだった。
『素晴らしい』
『ありがとうございます』
キランは笑った。
どうやらヴェントも、人間が車のスペックを比べるように自分たちの性能を比べるらしい。
負傷した腕の周囲に赤いグリッドが浮かび上がった。
痛みが――
ゆっくりと消えていく。
キランは眉を上げた。
「さて、今はどうですか?」
ラクソン医師が尋ねる。
「楽になった」
キランは腕のパッチを見る。
「こういうのって、本当に効くんだな」
「意外と疑っている人は多いんですよ」
レイモンドは壁際に立ち、黙って話を聞いていた。
ラクソン医師が彼へ振り返る。
「自宅用に疼痛抑制剤を処方しておきます」
そして――
重要な質問。
「使い方はわかりますね?」
レイモンドは頷いた。
「ああ。衛生兵だった頃、一番最初に習ったことの一つだ」
「それなら大丈夫ですね。処方薬が用意できるまでの分として、帰る前に何枚か渡しておきます」
ラクソン医師はヴェントへ顔を向けた。
「エックスレイ、軽度の疼痛抑制剤をあと何枚か用意してくれる?」
『すぐに!』
さらに数枚のパッチが出てきた。
ただし――
そのうち一枚。
明らかにおかしい。
ものすごくおかしい。
正規の疼痛抑制剤は、洗練された医療技術の結晶だった。
だがこれは――
医療用パッチをネオンサインの中へ放り込んで引きずり回したように見える。
表面を派手な色彩が光りながら走っていた。
キランが見つめる。
ラクソン医師も見つめる。
エックスレイも見つめる。
そして。
ヴェントの表情が絶望に染まった。
『スナット! またです!』
キランの目が大きくなる。
「それって、まさか……」
ラクソン医師の顔が赤くなった。
「失礼しました」
彼女は奇妙なパッチを受け取った。
一瞬。
床が開いて自分を飲み込んでくれればいいのに――
そんな顔をしていた。
「実は最近、“ネオン・サーカス”の荷物が疼痛抑制剤の配送品に混入するという騒ぎがありまして」
キランの表情が一瞬で険しくなった。
ネオン・サーカス。
その名前なら知っている。
学校で働いている人間なら――
誰だって知っている。
ラクソン医師は続けた。
「警察は、病院職員の誰かが密かに持ち込んで患者へ売っていたと考えています」
彼女は光るパッチを持ち上げた。
「そのせいで、一部が正規の疼痛抑制剤に混ざってしまったようです」
「それは酷いな」
単なる不注意ではない。
誰かが病院を麻薬密売の拠点として利用していた。
しかも――
その密売品が、どういうわけか実際の医療用品にまで紛れ込んでしまったのだ。
エックスレイが俯いた。
『とても恥ずかしいです。私なりの感覚ではありますが……自分自身を侵害されたような気分です』
マッハの表情が柔らかくなった。
『その気持ちは心から理解できます』
キランは二人のヴェントを見た。
それからラクソン医師へ視線を戻す。
「本当に、あっという間に広まるんだな」
すぐに生徒たちのことが頭に浮かんだ。
「学校でも、持ってる生徒をしょっちゅう捕まえるよ」
ラクソン医師は溜息を吐いた。
「最近の子供たちは……」
その言葉で思い出した。
子供。
学校。
仕事。
キランはレイモンドを見る。
「そういえば、仕事に戻らないと」
レイモンドは即座に片手を上げた。
「落ち着けって。お前が戻るまで代講の先生が何とかしてくれるさ」
キランは彼を見つめた。
レイモンドは――
何もわかっていない。
「四時間目じゃなければな」
レイモンドが眉を上げた。
キランは説明しなかった。
する必要もない。
四時間目は――
違う。
あそこにいるのは生徒ではない。
**囚人だ。**
少なくとも。
誰も聞いていないところでは、キランは時々そう呼んでいた。
そして今――
その囚人たちは。
代講教師一人を残して放置されている。
あの哀れな男は――
自分に何が降りかかろうとしているのか、知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
街の反対側では。
キランの予想は――
すでに現実になっていた。
四時間目の教室は完全なる無法地帯と化していた。
紙が宙を舞う。
生徒たちが教室の端から端へ叫び合う。
あちこちから笑い声が爆発する。
「ハハハハハ!」
何かが教室を横切って飛んだ。
**バン!**
代講教師が身をかがめる。
さらに別の何かが飛んでくる。
**ガン!**
そしてもう一つ。
**ピシッ!**
教室のドアが開いた頃には――
代講教師は、まるで戦場から生還した兵士のような顔になっていた。
キランがマッハとともに静かに教室へ入ってくる。
騒ぎは――
あと一秒だけ続いた。
そして。
生徒たちが彼の存在に気づき始める。
代講教師が振り返った。
その顔に――
一瞬で安堵が広がった。
「ああ、キリアン先生。戻ってきてくれて本当によかった」
キランは教室の惨状を見渡した。
そこら中に紙。
席を離れている生徒たち。
床には――
正体を確認したくもない何か。
キランは代講教師へ視線を戻した。
「留守を守ってくれて、ありがとうございました」
そして――
男の顔を見る限り。
キランの帰還は。
一秒たりとも――
早すぎることはなかった。




