学校へ戻る
その日は――
どういうわけか、さらに酷くなった。
身体的にではない。
精神的にでもない。
社会的に。
そしてキランに言わせれば――
それが一番酷かった。
生徒たちは相変わらず見てくる。
教師たちも見てくる。
キランが誰なのか知らない人まで見てくる。
どうやら普通の車椅子で登校し、膝の上にAIの相棒を乗せていれば、注目を集めるらしい。
誰が想像しただろう?
「最悪だ」
キランは俯いた。
「これ、一生ネタにされるんじゃないか?」
マッハは慎重に質問を検討した。
『少なくともしばらくの間は』
「ありがとう、マッハ」
『私は正確な回答を心がけています』
キランは呻いた。
間違ってはいない。
だからこそ――
余計に腹が立つ。
生徒の一団が通り過ぎた。
二人は心配そうに見ていた。
一人は感心しているようだった。
もう一人は――
キランが熊と戦ったと本気で信じているらしい。
いったいどこからそんな噂が始まったのか。
キランにはまったくわからなかった。
そして――
知りたくもなかった。
廊下は先まで続いている。
人で溢れ。
騒がしく。
いつも通り。
少なくとも――
キランが見覚えのある顔を見つけるまでは。
クリストファー。
次の授業へ向かって歩いていた。
片方の肩にバックパックを掛け。
前を見ながら。
何かを考えている様子で。
自分が見られていることにはまったく気づいていない。
キランの胃がきゅっと縮んだ。
なぜなら――
今回の一件で。
この会話こそが、一番避けたかったものだったからだ。
スザンヌと話すよりも。
レイモンドと話すよりも。
ギアと話すよりも。
クリストファーは――
自分を信頼してくれていた。
なのにキランは。
約束を破ってしまった。
「おーい、クリストファー」
少年が足を止めた。
振り返る。
そして――
キランをまっすぐ見た。
その瞬間。
キランは急に自信がなくなった。
「ちょっといいか?」
クリストファーが近づいてくる。
表情は読み取れない。
怒っているわけでもない。
嬉しそうでもない。
ただ――
待っている。
キランは唾を飲み込んだ。
そして口を開いた。
「約束してたのに行けなくて、本当にごめん」
言葉は一気に飛び出した。
勇気がなくなる前に。
「ちょっと急なことが起きてさ」
「思ってたより、ずっと時間がかかっちゃったんだ」
クリストファーは黙ったまま。
ただ聞いている。
キランは続けた。
「本当に、いつもこんなことするわけじゃないんだ」
「俺は約束したことはちゃんと守るようにしてる」
それでも。
何もない。
返事も。
反応も。
表情の変化さえも。
それが――
余計にキランを不安にさせた。
「こんなこと言える立場じゃないのはわかってるけど……」
キランは首の後ろを掻いた。
「……もう一度、チャンスをもらえないかな?」
沈黙が続く。
一秒。
二秒。
三秒。
そして――
クリストファーが突然笑い出した。
「全然気にしてませんよ、キリアン先生」
クリストファーがニヤリと笑う。
「ちょっと先生をからかってただけです」
キランは瞬きをした。
一回。
二回。
三回。
「……え?」
クリストファーはさらに笑った。
「それに……」
少年はキランの顔の痣を指した。
「……俺が怒るより先に、誰かが十分すぎるくらい先生を懲らしめたみたいですし」
キランは彼を見つめた。
そして――
笑った。
半分は安心から。
もう半分は。
クリストファーの言う通りだったから。
「それで、本当は何があったんです?」
クリストファーは腕を組んだ。
「ハチじゃなかったことくらい、わかってますよ」
マッハが即座に反応した。
とても――
興味深そうに。
キランはマッハを指差した。
「ほらな?」
「だから言っただろ。誰もハチの話なんか信じてないって」
マッハは無視した。
クリストファーは静かに答えを待っている。
キランは申し訳なさそうに笑った。
「それは言えない」
少年は頷いた。
「わかりました」
緊張は一瞬で消えた。
まるで――
最初から存在していなかったかのように。
「金曜日、また会えるか?」とキランが尋ねた。
クリストファーは頷いた。
「もちろんです」
「先生と話すの、いつも楽しいですから」
「でも今度は、先生がどこかに行っちゃう前に次の授業へ行かないと」
「また後で」
「わかった」
クリストファーは立ち去ろうとした。
だが――
人混みの中へ消える直前。
足を止めた。
「あ、それとキリアン先生……」
キランが顔を上げる。
クリストファーは微笑んだ。
心からの――
本物の笑顔。
「……ありがとうございます」
そして。
そのまま廊下の人混みへ消えていった。
キランは何も言えなかった。
ほんの一瞬――
恥ずかしさも。
痣も。
壊れた車椅子も。
ホイーラーズのことも。
すべてが遠ざかっていった。
そしてキランは――
自分がなぜ教師という仕事を愛しているのか。
その理由を改めて思い出した。




