兄と妹
沈黙は数秒間続いた。
誰も慌てて埋めようとはしなかった。
どうすればいいのか――
誰にもわからなかったからだ。
ジャリックは眼下の街を見つめていた。
落ち着こうとする。
呼吸を整えようとする。
倉庫のことを考えないようにする。
あの罰のことも。
ボスのことも。
キランのことも。
何もかも。
残念ながら――
うまくいかなかった。
「もういいよ」
今度の声は小さかった。
さっきまでの刺々しさも。
怒りも。
少しだけ薄れていた。
「俺がやらかした」
少し間が空く。
それから無理やり笑ってみせた。
「これで満足か?」
その笑顔で誤魔化せる相手はいなかった。
特に――
ザイラには。
「あなたが悲しんでいるのを見て、私が喜ぶわけないでしょう」
答えはすぐに返ってきた。
迷いもなく。
責めることもなく。
ただ――
本心から。
ザイラの手は、まだ弟の肩に置かれていた。
しっかりと。
優しく。
昔から変わらない仕草で。
「これからは、もっと慎重に行動しないと」
ジャリックは呻いた。
もちろん。
結局は説教になる。
いつだってそうだ。
「ボスは、次の暴走を許してくれない」
その言葉は――
ジャリックが思っていた以上に重く響いた。
なぜなら。
ザイラの言う通りだったからだ。
認めたくなかった。
それでも――
わかっていた。
「次にどうなるか、わかってるでしょう?」
記憶が一瞬で蘇った。
赤いスイッチ。
悲鳴。
苦痛に痙攣するブレイズ。
同じように苦しむブリザード。
そして――
笑っていたサヴァント。
ジャリックは目を逸らした。
「いちいち言わなくてもわかってる」
「嫌ってほどな」
珍しく――
そこに冗談は続かなかった。
街が二人の眼下をゆっくり流れていく。
道路を走る車。
日常を送る人々。
誰も知らない。
遥か上空で、こんな会話が交わされていることを。
いつものジャリックの笑顔の裏に――
恐怖が隠されていることを。
やがて――
ジャリックは息を吐いた。
ゆっくりと。
慎重に。
「できるだけ抑えるようにするよ」
ザイラは弟を見つめた。
じっと。
「本気?」
ジャリックは即座に心外そうな顔をした。
「……まあ、一応?」
考えるより先に答えが口から飛び出した。
ブレイズが吹き出した。
ブリザードは呆れ果てた顔をする。
ザイラは目を閉じた。
怒っているからではない。
まさに――
そう答えると思っていたからだ。
それ以外の答えでは。
ジャリックらしくない。
まったく。
すると――
ジャリックが彼女の肩に自分の肩を軽くぶつけた。
強くはない。
ほんの少しだけ。
慣れ親しんだ仕草。
姉弟だからこその仕草。
これまで何度となく繰り返してきたもの。
「少しくらいイカれてないとな」
彼の笑みが大きくなる。
「じゃなきゃ、どうやって姉貴をイラつかせればいいんだよ?」
「その堅物でお堅いキャラだけじゃ、俺には物足りないんだよ」
ザイラは即座に目を回した。
そして――
何の前触れもなく。
ジャリックが加速した。
背後から炎が爆発する。
ブレイズが即座に歓声を上げた。
眼下の街が一瞬で流れていく。
「それで!」
ジャリックが振り返りながら叫んだ。
声には――
いつもの勢いが戻っていた。
いつもの活気。
いつもの――
トラブルの予感。
「結局、競争するのか? しないのか?」
ザイラは彼を見つめた。
ブリザードも見つめた。
どうしてあんなに早く立ち直れるのか。
二人にはわからなかった。
あるいは――
本当に立ち直ったのかどうかさえ。
それでも――
ほんの小さな笑みが浮かんだ。
気づかないほど僅かな。
すぐに消えてしまうほど短い。
でも――
確かにそこにあった。
ほんの一瞬だけ。
ザイラは微笑んだ。
なぜなら。
何があっても――
あの罰を受けても。
危険に晒されても。
恐怖を抱えていても。
ジャリックは――
まだジャリックだった。
そして今は。
それだけで十分なのかもしれない。




